「なーんでぇーッ!?いいじゃんッ!!いいじゃん、別にぃッ!!」
すげーな、この女っ。
いや、感心している場合じゃない。
私はダーリンの携帯に手を伸ばした。
こうなったら、私が直接話しをしてやろうと思ったのだ。
しかしそれを遮る彼。
私に嫌な思いをさせたくなかったのか。
それともチトに嫌な思いをさせたくなかったのか。
何度も
『もぉしなくていいからっ。もぉしないからっ。』
と繰り返すと、半ば強引に電話を切った。
終わった…
これでやっと長かった闘いも終わった…
と…
そんなに上手く話しは終わる訳もなく。
結局、その後もまだまだ続いた。
そんなこんながあった末の、入籍当日の怪しげな服達の発見は、やっと落ち着きかけていた、私の心をかき乱すには充分すぎるほどで。
すぐに私の様子がおかしいのに気付いたダーリン。
(まぁ、気付かれるようにしていたのだが)
色々話しかけてくる。
自分の答えが定まらぬまま、後部座席から本を取り出した。
《これなに?》
『何って…本だろ。普通に読むじゃないか!!』
《そんなことは解ってるっ。これはなにっ!?》
ページのドッグイヤーの部分を指し示す。
『何って…温泉だろっ。』
一瞬、動揺したのを見逃さなかった。
《愛しの彼女とでも行くつもりだったんだっ!?》
やや…
いや、かなり嫌味な言い方をした私。
『んな訳ないだろっ!!お前と行こぉと思ってたんだってっ。』
《ふーん。聞いたことないけどっ。》
『…なっ…内緒にしておいて、驚かそぉと思ってたんだっ。』
《ふーん。つか、他の雑誌は家に持って帰る癖に、なんでこの手の雑誌だけ車にある訳っ!?》
『べ、別に意味なんてないっ!!』
まぁ良い。
これ以上話しても、水掛け論になるだけだ。
《じゃあさー。》
そう言うと、後部座席の下に隠しておいた、怪しげな服達を取り出した。
《これはなんなんだろねぇっ!?》
うっ、と絶句するダーリン。
しかし、少しでも隙を見せてはいけない、とでも思ったのか
『何ってっ。服じゃないかっ。』
すかさずそう答える。
《うーん、服だねぇっ。ご自分で買われたのかしらっ!?》
『じっ…も…貰ったんだっ!!』
今、明らかに最初【自分で買った】と言おうとしたよな。
《誰に貰ったのっ!?》
『だ…誰って…誰だっていいだろっ!!』
《良いわけない!だって、お礼言わなきゃいけないでしょぉっ!?》
『そんなもんっ、する必要ないっ!!』
そんな押し問答を暫しした後、彼は車を出発させた。
そのままそこで口論していても仕方ない、という判断…
というより、この焦れた状態から逃れたい、という心理が働いたのだろう。
帰りの道中。
私は、一切口をきかなかった。
ダーリンを見もしなかった。
そんな私に、必死に話し掛けるダーリン。
『チビは俺のカミサンになるんだろっ!?なーっ!!頼むから…頼むからどっしり構えててくれよっ!!こんなことで、いちいちおかしくなるなよっ!!』
ほー。
【こんなこと】だって?
申し訳ないが、私はその、くっだらない【こんなこと】が大事な訳で。
((こーのくそったれがぁっ#))
そう思いつつ、彼とは反対側を見ていた私の手を、いきなりガシッと掴んだダーリン。
《いーやーだ…いーたい…》
そう言っても離そうとしない。
《こぉーわーいぃ…こぉーわーいぃ…》
そう弱々しく言うと、自分の胸の前でギュッと腕を縮こまらせる。
『チ…チビっ!?おぃっ!!チビっ!?』
なんだか、えらく慌てた様子で、必死に話し掛ける。
『チビっ!?しっかりしろよっ!!チビっ!?』
どうやら彼は、私の気が触れたとでも思ったようで(苦笑;)。
((ちょぉど良いやっ。話すのもうっとぉしいし、このまま、オカシクなった振りしてやれっ。))
そう考えた私は、ますます怯えたように身を縮こまらせた。
ダーリンと決して目を合わさず、かといって、プイッとそっぽを向くでもなく、あくまでも流動的に、微妙に体をゆらゆらと揺らし、視点を定めないようにする。
私の頭の中は驚くほど冷静で、悪寒がするほど冷淡だった。
どうやったら、いまにも精神が途切れてしまいそうに見えるか…
どうやったら、より弱々しく見えるか…
そんな細かな計算を瞬時にしていた。
そんな私の策略に、あっさりと、なんの疑いもなく引っ掛かる彼。
(↑めだか馬鹿)
((あっほやん、この人っ。マジで慌ててるっ。うっけるーっ。))
そんな弱々しい小芝居をしながら、慌てふためく相手を冷静に観察していた。
女って…つくづく恐ろしい。
いや、私が、か;
しかし。
この時の私は、そうやって密かに無理難題を突きつけ、相手の反応を見ることしか考えられなかった。
特に復讐とかいうつもりではなく、本当に単純に【このまま行っちゃえっ】ということしか考えられない…
いや、というより、出来なかったと言うべきか。
現状、自分の置かれた立場で、無意識下でやってしまっていた、という感じといえばいいのか。
とはいえ。
彼は運転中。
あまりにも私を気にするので、今度は私が、事故らないかと心配で
《前…危ない…。》
思わずボソッと言うと、ハッとしたように少し運転に集中し始めた。
((落ち着いて、壊れた振りも出来やしない;))
どうにか自宅へ帰り着くと、ダーリンの必死の説得が始まった。
今度は何も邪魔するものがないので、凄まじい集中力で私に【追い込み】をかける。
アザが出来るか、と思うくらい、ガシッと私の両腕を掴み、必死で話しをする。