仕事は大変なことになっていた。
オトボケ店長が休んでいる穴埋めに、何人かの助っ人は来てくれるのだが、なんせ広いB店。
馴れぬうえに、お客さんも多いので、厨房内は大騒動。
オトボケが休んだ当日なんて、突然のことでバタバタしたせいか、ウチに来てもほとんど喋らなかったダーリン。
それはそれは、毎日死んだように疲れきっていた。
売り上げを持っていく為、毎日C店に寄らなきゃならず、自宅まで帰る体力も気力もなかった彼は、我が家にお泊まり。
それでも、死ぬほど疲れている筈なのに、お決まりのお風呂コース;
更にこの日は、お風呂のあと初めて【抜かずの…】に挑戦。
3回目で、なかなか果てることの出来ぬダーリンを昇天させてあげようと、必死だった私。
メッチャ頑張った。
仕事より、何より、頑張った(笑)。
結局、果てることが出来なかったのだが、あとで
『激しいHするなぁ…!!』
って言われてしまった;
え。
いやいや。
ただただ、ダーリンの為に頑張った訳で。
早く昇天させてあげて、早く寝させてあげなきゃ、と。
気付けばなんと、2時間も経過していた。
今度は私が死んだ。
呼吸困難にはなるは、酸欠で手足は痺れるは、で、大変だった。
(何事もホドホドに;)
で、しかし。
やっとの思いで寝たあと、昼頃お目覚め。
ゴソゴソしていたら【ご子息】もお目覚め(笑)。
(昨日あんなに頑張ったのに;)
しかも私はお客さん中。
ビニールとバスタオルを敷いて、その上で…。
(オィオィ;)
今から仕事なんですが…。
少々のことじゃ、死にそうもないダーリンであった。
そういやぁ、この頃。
チョイチョイ我が家にお泊まりしてたダーリン。
お母様に
《女でも出来たのか。》
と言われたらしい。
『まぁ…そんなよぉなもんだ。』
《下着はどぉしてるの?》
『そいつが買ってる。』
《洗濯は?》
『そいつが洗ってる。』
《…ふ~ん。》
的な会話があったらしい。
つか…【そいつ】て;
やっと一週間が終わり、休みの日。
翌日の営業のお通しを作る為に、夜、B店へ。
いくら助っ人が来るとはいえ、社員が来てくれてるわけでなく、バイトの子達だけ。
営業中の料理は任せられても、仕込みはある程度やっておかなければいけなかったのだ。
ダーリンは、手際よく次々とお通しを作ってゆく。
短時間で3品も完成。
久々のその姿は、相変わらず格好良く、惚れ直した。
翌日。
急遽、営業後にC店に集合させられた。
一週間のスタートの日で、早く帰って休みたかったのに、何事か、と思ったら…
そこで聞かされた話しは、とうていにわかには信じ難いものだった。
集合させられた訳は、未だ【病欠中】のオトボケ店長のことだった。
彼の病名が解ったと。
病名は【突発性の記憶喪失】。
なんとオトボケは、記憶喪失になっていた。
それも、この居酒屋に勤めた1年間の記憶だけがないらしい。
((え。オトボケ店長は、入社してまだ1年だったんだ…。))
そんなことに、妙に感心しながら話しを聞く。
お父さんの話しによると、この居酒屋での記憶【だけ】がない、と。
その癖、C店のお父サンのことだけは覚えていたらしい。
更に、仕事内容も、やり方も覚えている、と。
ほぅ。
この居酒屋に入社した以後のことは覚えてないけど、その居酒屋のお父さんと仕事内容だけは覚えている、と?
医学のこと…精神疾病については、全くチンプンカンプンだ…が…。
…。
…。
…。
なんだか、えらく都合が良すぎやしないだろか。
まぁ、とりあえず、暫くはPM4時からAM2時までの勤務になるらしい。
お父さんは
《アイツはな…あんなになっても、仕事だけは覚えていたんだよ…。鍋持ったら、ちゃんと振れるんだよ…。他のことみんな忘れてしまったというのに…。わしゃその姿を見たら不憫でなぁ…。皆、悪いけど、そぉいうことだから…宜しく頼むな…。》
と、涙ぐんでいた。
涙まで流すとこをみると、まるっきり嘘でもなさそうだが、やはり半信半疑というのが正直なところだった。
だって、所々覚えている、或いは所々忘れている、なら解るが、お父さんと仕事のことだけ、というのが…。
仕事のことは、1ミリも忘れてないのだ。
沢山あるレシピの、どれひとつとして忘れてないのだ。
どうにも素直に信じられぬのは、むしろ自然なことではないだろか。
そこに居た、全員が困惑していた。
とはいえ、まさかそんなことを口に出せる訳もなく。
そして。
今日呼び出されたのは、病名報告だけでなく、オトボケ店長の変則出勤にともない、異動の話しがあったからだった。
オトボケは、オババと、元通りA店。
そして…私はB店。
つまり、またダーリンと一緒に働けることになったのだ!!
もう、嬉しくて小躍りしてしま…いそうなのを、必死でおさえた(笑)。
オトボケには悪いが【記憶喪失よ、ありがとう♪】だ。
(コラコラ)
このさい、本当に記憶喪失なのかどうかなんて、どうでも良かった。
一通り話しをすると、ダーリン達一部の人(店長クラス的な人)以外は解散。
先に帰宅した。
暫くして帰ってきたダーリンは、私を見るなり、いきなりペシーッと頭を叩いた。
『ったく…。下向きながらニヤニヤしやがって!!』
とな。
あら。
やっぱバレてた。
嬉しさのあまり、しっかり顔に出ていたらしい;
そのあと一緒に入ったお風呂でも
『今も思いっきり嬉しそぉだぞ!!』
と、何度もペシペシされた。
そう言うダーリンの目尻が下がっているのは、どういう訳だろか(笑)。