なりたい私を ファッションとCITTA手帳で 叶える
手帳ライフコーディネーター
151センチスタイリスト
稲岡 恵です
「みんなに追いつかなくちゃ」
「みんなに近づかなくちゃ」
当時の私は、必死でした
母子センターの小児神経科のかかりつけ医の
「何やっても成長はこのくらいまでしか無理」という言い方は
とても悲しくて、とても悔しかった
「私が頑張ってこの子に奇跡を起こす」
と奮闘してきた理由は、この一言から
あの時の私は
「母として、立派に育てないといけない
それが本人の為になる」
と思い込んでました
そんなに必死になることはない
「もっと楽しむだけでいい」と気づいたのは
次男が支援学校高等部に進学してから
彼に必要だったのは
今できることを伸ばす「自信」
「できる」こと
「ある」ことに感謝できるようになってから
彼への見方もすっかり変わりました
ずっと健常児の友達の中で、
「できない」ことばかり味わって
みんなと一緒にできないことに劣等感を感じて
彼も私も自信をなくしてしまっていた
それは私の責任
私が「みんなと一緒」を基準に物事を見ていたから
「できないなりに、みんなに近づかなければいけない」
という思い込み
本当に馬鹿げてますよね
なんで、そんな必死に「みんなと一緒」になろうとしてきたのか
彼には彼のいいところがある
そこをもっと認めてフォーカスすべきなのに
彼の
小さい子にとても優しいところ
気が付いたら、気遣ってやってくれるところ
誰のことも悪く言わないところ
良いところいっぱいあるのに
支援学校の先生方
放課後デイサービスの先生方
相談支援員の方
先生方は彼の良いところをたくさん見つけて
常に褒めてくださいます
次男にそれをキチンと言葉にしてくださいますし
私にも言ってくださる
ハッとしました
嬉しくて涙が出ました
今まで、ずっとそれが無かったことに気づきました
私が「ない」ことばかりにフォーカスしてきたからです
小学校でも、中学校でも 先生方から
できないことを批判されることはなかったし、
精一杯フォローをしてくださったと思います
でも、
健常のお友達の著しい成長を目の当たりにして
どうしてもみんなとの差を突きつけられるばかりで 落ち込むことが多かった
わかっているはずなのに
「どうしてできないの」となってしまう
ぱっと見 普通なので,
先生方も何ができて何がわからないのか
わからなかったようです
「提出物を出すこと」すら
彼にとってはしんどかったけど
出さないといけないと必死にやらせてきました
担任も「答えを写してでもだしてください」
成績をつける為には出さないといけない
そんなしょうもないことに囚われてきたのです
怒ってでもやらせてきました
「あなたの将来のため」
「これを締め切りまでにやることは、仕事の締め切りを守ることを身につけさせるため」
私の務めだと追い込んできました
「高校に行けるのか」
「その後就職できるのか」
そこへの焦りが 一番の原因でした
支援学校に入ってからは
彼の成長を尊重し、評価し、認めてくださる
やらなくてはいけないこともなくなり、
「全ては流れにお任せしよう」と思えるようになりました
昨日の運動会で、
今までのいろいろなことが思い出され
感慨もひとしおでした
次男が私に教えてくれた事
「普通」
「みんなと一緒」
「よくできる」
そんなの関係ねぇ
母としてこれからも成長していきたいと思います
これからは 私が親としての背中を見せたい
(長男にも次男にも)
その為にできる努力をしていきます
最後までお読みいただきありがとうございました
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