前回の「共生」と「強制」に続く「思う事」であるが、ネット情報というのは、誰もが発信することが出来るが故に、その情報を自分なりに判断していかなければならない。
その意味では
「共生」ではなく「共感」か。
「強制」ではなく「強要」か。
それでも様々な情報を読む事が、自分の考え方を変えたり得心が行ったり、喜んだり悲しんだり楽しんだり怒ったり、と人生を豊かにするのは間違いないと私は思う。
その意味では「共生」なのだろう。
一方、自分の意見を「強制」する事は宗教に繋がるし、ポピュリズムに繋がる。だが、これらによっても人生を豊かにすることもある。
どちらも受け止め方で考え方が分かれる以上、その情報に触れた人次第としか言えようがない。
ただ、触れた情報が多いほど、判断材料は増える。
そうした考えが私にはあるので(非常に理屈っぽくはあるが)私は本が好きだし、ネット情報が大好きだし、美術館、博物館や様々なイベントが大好きだ。
ところで
巡回サイトの一つで発見したのが「死後はどうなるのか?」
というテーマ
死生観とでもいえようか?
私は無神論なので、「死んだらハイおしまいよ」という考えなのだが、いろいろな考えがあるんだなぁ、と単純に感じた。
だからといって、自分の考えが変わるほどではないが、それでも大変興味深い記事だった。
このように、人の意見や創作物を参考に、様々な角度から思いを馳せるのも楽しい思考作業だし、私にとっては、最高の時間の使い方なのかなぁ、と思う。
まぁ、パズルやってる時間も長いんだけどね・・・。
