人生50年あとはおまけです

人生50年あとはおまけです

成人病オールスターズのおっさんが
書き残す終活日記。
2014年8月以降も生き残っていたら
なるべく続けます

「食の安全」というのは古くから議論され、様々な意見があり、推奨とされる提案、○○は食べてはダメだという意見、経済的視点からの意見、歴史的根拠に立脚するもの、などなど意見は尽きない。また、安全とされる基準、規格など、安心して食べられるよう国家主導での対応も日々充実してきている(充実したから安全というわけではないと思うが)

 

ではなにを持って安全といえるのか?

この「安全」の定義がなされてないから、論点がぼやけてしまうのだと、私は思っている。

食といえば「美味しんぼ」

このマンガについては色々な意見あると思うが、様々な視点からの切り口が読者を飽きさせないのだと思う。究極、至高の料理に始まり珍味、郷土料理などの紹介、産地の気候、風土、伝統などの特徴、そして成育環境や国土開発に伴う環境破壊や経済視点からの添加物やパッケージ化。

色々と考えさせられることも多いので、私は読み終わると所有はせずに、処分してしまう。なので、たまによくあるのだが、一度読んだ巻をもう一度買ってしまったりも。

これも以前読んだことのある巻だった。

美味しんぼ 101 食の安全食の安全、美味しんぼ101巻の画像美味しんぼ、食の安全、著者情報食の安全に関する目次ページ

 

この巻では、「食の安全」をテーマに、添加物や農薬について深掘りしているが、なんとも後味が悪かった。

知識として知るには素晴らしい内容だが、実際に食事をとっていかなければならない人間としては、「こんな事知らなくてもよかった」と思ってしまった。

というのも安全と安心を追求すれば、ぶっちゃけコストは跳ね上がる。無農薬ならいいのか?このマンガでは土壌や餌、周りの自然環境までがリスクを持っている、と言っている。

そんなところまで農業や畜産に関わらない一般の人が知ることができるのか?まったく現実的ではない。

 

無農薬野菜とか天然ものの○○とか、自然の中で育てた○○とかあるが、どれもそれなりに高かったりする。

でもそれは本当に安全安心か??

 

要はこの問題について突き詰めてもゴールはないのだ、と私は思う。

 

ならば、自分の生活コストや資金力とのトレードオフとして納得できるラインで生活すればよいのだ。

無理する必要はないし、時には「金欠だー」と菓子パンやカップ麺生活が続くこともあろうし、「ボーナスでた!美味い物食いに行こう!」とかも楽しみの一つだ。

 

満足度の問題として捉えることができれば、それは生活のあらゆるシーンでのモチベーションとなるのではないだろうか?

 

ただ、あくまでも現在の生活レベルを維持することが前提で、無理をして借金したり、見栄を張って高いものばかり食べたり、高い食材ばかり購入したり、というのはストレスにしかならない。

 

前置きがくどくなったが、食生活が日々のモチベーションになるなら、余計な事を知る必要はない。むしろ知ってしまったがゆえに、そのことに囚われて軸がぶれる、というのはよくあることだ。TV、雑誌などの一方通行メディアがそれだと私は思っている。

だから「見るな」というのではなく、そういったショー的なもの、または多々ある情報の一つ、としてみるようにしないとその情報に振り回されかねない。

時には振り回されるのも良いとも思う。TVで紹介されるとあっというまに行列が出来たり、売り切れになったり。

こういうのも一つのエンターテイメントとして捉えられれば、良い刺激になり、モチベーションにもなるであろう。

 

要はのめりこみ過ぎないこと、だと私は思う。

 

たまに行く寿司屋や焼き肉屋も、なにかのご褒美だったり、気の置けない友人との貴重な時間を楽しむためであったり。

これが週何回も行くようではありがたみも薄れるし、経済的に普通の人では無理があろう。また、食材や調理法を気にするあまり、店員さんや親方に質問しまくったり、来店前に調べまくったり。

 

単純に食を楽しめばいいものを、考えすぎるあまり楽しめない。

安全とコストは正比例する、という原則をしっかりと認識しないとストレスはたまってしまう。

150円のコロッケに黒毛和牛を使ったり、350円のレタスサンドのレタスが無農薬であったりするはずはないし、ファミレスの日替わりランチが700円とかで提供できるのにはなんらかの安くできる仕掛けがあるはずだ、と考えて、どうするかを自分が決める。

それでも安ければいい!と考えれば食べればいいし、ヤバそうだ、と考えれば食べなければいい。

 

話をそれるが、こういった個人ごとに異なる考えに関して「自分の考えを押し付ける人」ってのが一定数いる。宗教がまさにそれだが、食生活でも意外と多い。

まぁ、適当にあいまいに対応するのが大人ってもんだが、その人にとっては、「自分の意見を何の疑念もなく押し付けようとする」ことが出来るのは、ある意味幸せなのかも知れない。

まぁ、私にとってはどうでもいいことなのですぐに忘れちゃうけど。

 

要は「満足度」だと私は思う。

 

ヒトという生き物は何事も「のめりこみ過ぎないよう」自制できる力を養いながら「満足度」の向上を求め続ける生き物だ。と私は思う。バランス感覚っていうのかな?これが崩れてしまう時、ストレスとなる。心身ともに健康、というのはとても難しい。

なら、食については満足度を優先して、ストレスをためない気持ちを持つ、というのも「安心できる生活」の一つの方法なのではないだろうか。

 

・・・なので

私はこれからも安いチェーン店で外食をし、食べたいお菓子を適度に食べ、適度な酩酊感を得るために酒を飲む。

そしてたまにはコストは高いが「美味い」といわれるものを、自慢の服で着飾って食べに行く