7ヶ月のNICU生活を経て:432gで生まれた息子が退院した日
こんにちは、Aoパパです。
2025年9月25日14時。ついに、ついにこの日がやってきました。
432gという超低出生体重で生まれ、7ヶ月間NICUで過ごしたAoが、ようやく退院することができました。
涙、涙の別れと、家族の再出発。この日の出来事を、ぜひ皆さんに伝えたいと思います。
私たちのこと⤵️
涙、涙の別れと、家族の再出発
感動の退院日:2025年9月25日14時
この日を、どれほど待ち望んでいたでしょうか。
2月に生まれてから7ヶ月。
長いようで、振り返ればあっという間だったNICU生活が、ついに終わりを迎えました。
NICUで退院の準備を進めながら、これまでお世話になった看護師さんたちとすれ違うたび、自然と涙が溢れてきました。
毎日のように面会に来ていた私たちにとって、このNICUは第二の家のような場所でした。
432gという小さな命が、3800gにまで成長しました。
ここまで24時間、7ヶ月間もAoの命と向き合ってくれた医療従事者の皆さんには、感謝してもしきれません。
本当に、本当にありがとうございました。
別れの時、看護師さんたちの温かさ
退院の日、いつもお世話になっていた看護師さんたちが次々と声をかけてくれました。
「おめでとうございます」「元気でね」「また外来で会いましょうね」という言葉一つひとつが、心に染みました。
ある看護師さんは「最初は本当に小さくて、手のひらに乗るくらいだったのに、こんなに大きくなって」と、目に涙を浮かべながら話してくれました。
夜勤で直接お別れできなかった看護師さんも、わざわざ手紙を残してくれていました。
廊下ですれ違う職員の方々も、「退院おめでとうございます」と声をかけてくれます。
NICUに入院中の子のご家族も、声はかけられませんでしたが私たちの退院を見て本当に素敵な笑顔を向けてくれました。
この病院全体でAoを見守ってくれていたんだと、改めて実感し、感謝の気持ちでいっぱいになりました。
「セルフ育休」突入!パパのミッションとチャイルドシートの洗礼
ギリギリまで働いて有給を節約
以前の記事でお伝えした通り、会社の都合で正式な育休が取れない私は、有給休暇を使った「セルフ育休」を決断しました。
少しでも有給を節約するため、退院日の午前中はギリギリまで仕事をしていました。
仕事を終えて急いで病院に向かい、妻と合流。
いよいよ退院の時間です。
*セルフ育休の話⤵️
予定通り、テイジンのHOT(在宅酸素療法)の機械を装着し、パルスオキシメーターも肩にかけての退院となりました。
私がAoを抱っこし、HOTの機械とパルスオキシメーターを肩にかけて歩く姿は、なかなかの重装備。
でも、この装備があるからこそAoは安全に家に帰れるのです。
重さなんて全く気になりませんでした。
*テイジンのHOT(在宅酸素療法)の話⤵️
チャイルドシートの衝撃的な状態
病院を出て、車に向かいます。
ここで一つ大きな問題が。
病院に向かう前に職場から家に戻って、Ao兄が乳児期に使っていたチャイルドシートを引っ張り出してきて車の後部座席に装着したのですが、これが大変なことになっていました。
久しぶりに出してみたら、埃だらけ、お菓子のクズだらけ。
しまう前にちゃんと掃除したつもりだったのですが、数年の時を経て、予想以上に汚れていました。
急いで車内で掃除をして、なんとかAoを乗せられる状態に。
こんなドタバタも、今となっては笑える思い出です。
3800gになった小さな命と、変わってしまった我が家
Aoの驚異的な成長
432gで生まれたAoが、この7ヶ月で3800gまで成長しました。
体重だけでなく、身長も伸び、顔つきもしっかりしてきました。
NICUで見ていた時は「本当に大きくなるのかな」と不安でしたが、子どもの成長する力は本当に素晴らしいです。
慢性肺疾患があるため在宅酸素が必要ですが、それでもこうして家に連れて帰ることができる。
医療の進歩と、医療従事者の皆さんの献身に、改めて感謝の気持ちが込み上げてきます。
まるで別空間になった我が家
自宅に到着し、Aoを家の中に連れ込んだ瞬間、不思議な感覚に襲われました。
5年住んでいる家なのに、Aoがいるだけで「まるで別空間」のように感じられたのです。
リビングに置かれたベビーベッド、在宅酸素の機械、パルスオキシメーター…。
これまでの生活とは明らかに違う景色が広がっていました。
でも、それは決して悪い意味ではありません。
「新しい人生が始まるんだな」というワクワクした気持ちでいっぱいでした。
押し寄せる感情の波
同時に、大きな不安も押し寄せてきました。
Aoには21トリソミー(ダウン症)、PVL(脳室周囲白質軟化症)、慢性肺疾患など、複数の医療的背景があります。
これまではNICUの医療チームが24時間体制で見守ってくれていましたが、今日からは私たち家族が主体的に向き合わなければなりません。
「ちゃんとできるだろうか」
「何かあったらすぐに対応できるだろうか」
そんな不安が頭をよぎります。
ワクワクと不安、喜びと責任感。
様々な感情が一気に押し寄せてきて、しばらく立ち尽くしてしまいました。
5歳のお兄ちゃんが教えてくれたこと
超ハイテンションで帰宅したAo兄
「大丈夫かな」と不安な気持ちでいるところに、保育園からAo兄が帰ってきました。
玄関を開けた瞬間、超ハイテンションです。
「Ao!Aoいるの?!」と大喜び!
扉を開ける前に目をつむらせ、部屋の中へ。
「いいよ」と声をかけて目をあけるAo兄…布団の上で寝ているAoを見て、「可愛い!めっちゃ可愛い!」と大興奮。
兄としての優しさと成長
Ao兄はこれまでNICUに何度か面会に行っていましたが、感染症対策で一度しか面会ができませんでした。
それなのに、まるで何ヶ月も一緒に過ごしてきたかのように、Aoにべったりデレデレしています。
「Ao、お兄ちゃんだよ。これから一緒に遊ぼうね」と優しく話しかける姿。
「パパ、Aoがうちに来てくれてよかったね!」と満面の笑みで言ってくれる姿。
5歳のAo兄が、いつの間にか「お兄ちゃん」になっていたことに気づき、また涙が溢れてきました。
子どもは親が思っている以上に、しっかりと成長しているんだなと実感しました。
Ao兄の優しさエピソード
Aoが少し泣き出した時、Ao兄は「大丈夫だよ、お兄ちゃんがいるからね」と頭を撫でてあげていました。
その姿を見て、「この子たちなら大丈夫かもしれない」と、少し不安が和らぎました。
家族4人、ここから始まるAoの物語
新たなスタートラインに立って
Aoの物語は、まだ始まったばかりです。
これから先、様々な困難や課題に直面することでしょう。
定期的な通院、療育、在宅医療的ケア、そして日々の成長を見守ること。
でも、この退院の日を新たなスタートラインとして、家族みんなで力を合わせて乗り越えていこうと決意しました。
一人じゃない。
家族がいる。
そして、これまで支えてくれた多くの人たちがいる。
その事実が、私たちに大きな力をくれます。
支えてくれたすべての人へ
7ヶ月間、本当にたくさんの方々に支えられてきました。
NICU の医師、看護師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、ソーシャルワーカー、そして事務の方々。
病院の外でも、保健師さん、訪問看護の方々、福祉制度の担当者の方々。
そして何より、この7ヶ月間、ほぼ毎日NICUに通い続け、Aoの側にいてくれたAoママ。
Ao兄の世話をしながら、Aoの面会にも行くという大変な日々を過ごしてきました。
すべての方々への感謝の気持ちを、この場を借りて伝えたいと思います。
本当にありがとうございました。
これからのAoとの生活へ
在宅酸素、定期受診、療育、服薬管理。
やることはたくさんあります。
でも、それらすべてがAoの成長を支えるために必要なことです。
Aoには障害や病気があります。
でも、それ以上に、Aoは私たちの大切な家族の一員です。
笑ったり、泣いたり、少しずつ成長していくAoと一緒に、私たち家族も成長していきたいと思います。
家族みんなで、前へ
432gで生まれたAo。
7ヶ月のNICU生活を経て、ようやく家族4人での生活が始まりました。
不安もありますが、それ以上に希望と喜びに満ちています。
これからAoがどんな成長を見せてくれるのか、家族みんなで見守っていきます。
Aoの物語は、まだ始まったばかりです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
※在宅医療的ケアについては、必ず医療機関の指導を受けてください。















