共食いをする生きものっているじゃないですか

 

でも必ずするわけじゃなくて

なにか厳しい条件の中で

 

ストレスとかが原因でしてしまうような気がします。

 

 

人間だって、共食いはしないけど

 

同じ家族の中で

ある人だけに犠牲を強いるような

 

そんなシチュエーションはあってもおかしくないはずです。

 

 

そういう環境の中で

どうしたらお互いに共食いせずに

 

お互い慈しみ合えるか

そういうところに頭を使えることが

 

人間らしさでもあると思います。

 

 

だけど、つい自分のことって

しているときはそれが正しいと思ってやっちゃうもので

 

たとえ共食いをしている

生きものだって、

言ってしまえば「生きるため」にしているわけなので

 

なんでそんなことするの!

と言われても、

答えようがないのではないでしょうか。

 

 

よって、自分自身を知ることは大切であり

 

自分の独りよがりで、実は狭い世界に

閉じこもっていて

 

助けすら求められない、

そんな生き方にはまってしまうことも

あると思うので

 

 

自分の生き方については

要チェックだと思います。

ヒナが親鳥にエサをねだるように

 

欲しいものがあれば

ピーピー泣いて、アピールする。

 

 

でも「大人」になってしまったから

我慢することがほとんど

 

 

でも、欲しいものがあったり

不満だってあって当然でしょう

 

 

それをないふりしていると

どこかでその不満の代償が必要になる。

 

つまり、こんなに我慢してんだから

いいよね、とポチポチ買ってしまったり、

 

なんか近しい人で、立場の弱い人に

自分の正しさを武器に、正論で怒ってしまったり。

 

 

それはどこかで自分の素直な不満とか

もっとこうしたい!ということを

言葉にして出さないでいるからこそ

 

どこかにたまっていくのではなかろうか。

 

そして、

そのしたいことをはっきり言う

不満もそれとなく表現できると

 

そばにいる私たちも

あ、この人はそう感じているんだな

とわかり易くなる。

 

何にも言わないで不機嫌になっちゃうのは

自分個人としては仕方ないとも思う。

 

言っても分からないことだって

世の中にはあるから。

 

でもだからこそ

素直に言える人との関係は

大切にしたいところだし

 

そういうところでは

遠慮せずに、素直な気持ちを

むしろ積極的に出すようにしたい。

先日、自分のことに大きな気づきがありました。

 

それは、

自分が相手の怒りを察して

その怒りが意味することを想定し

自分がすぐさま動く

 

ということです

 

簡単に言うと

上司が、何も言わないけど私の方を見て

キッ!と睨むような

そんな感じを出されますと

 

私自身は電気が走ったように

ビリビリ!とハッとして

何かしなきゃ!と動き出すのです。

 

その上司が怒っているということは

私んが何かしなきゃいけない!

 

と無意識に反応しているようです。

 

 

それはとても痛々しというか

なぜそこまで敏感に、

神経質になってしまたのか

と少し自分が憐れにも思いました。

 

 

でも、私には

それほど敏感な何かを察する能力があって

すごいなとも思いました。

 

 

自分の中の野生の能力が

生きるために必死になって

 

怒る親に対して、察して動く

ということをやっていたのでしょうね。

 

 

そんな自分はきっと

その敏感さで、何かを感じ取ることができる。

 

 

まずはそんなに敏感に危機感を持たなくても

いい環境に移してあげて

 

そこで根を張ることができたら

敏感な自分が感じていることを

 

世界の見え方を表現して

何か実のようなものが出すことができるかもしれない。