バレンタインデーとか

 

贈りたい相手に

 

受け取ってもらうこと

 

そのレベルが

 

「義理」であったり「本命」だったり

 

でも受け取ってくれるのが

嬉しいと考えれば

 

どちらも大切な人ではあるかもしれない

 

 

そもそも受け取ってくれない人に

あげたいと思わないかな

 

 

でも野良猫が、すずめが手渡しで

ごはんを食べてくれたら嬉しい

 

 

つまりあえてケンケンして受け取らない

野良オトコもいるとしたら

 

 

その人を好きになった方は、

受け取ってもらうことがうれしいかもしれない

 

 

しかし、、

 

「あえて」受け取らない

 

のであれば

 

あげない方が彼の望みなのか?

 

 

う~ん

 

 

でも本当は彼だっておなかが空いているはず

 

おいしいものを食べたい気持ちだって

あってもいいよね

 

 

ではなぜまったく受け取らない

ようになってしまったのか

 

 

 

 

お金ってみんな欲しい

割と多くの人が

 

ほしい

 

 

だとしたら

 

自分はもらわなくていいや!

無くても生きていけるし

 

その分ほかの人が多くもらえるだろうし

 

と、エサをねだるヒナが

親鳥にピーピーなくのをやめてしまいました

 

 

ほんとうはお金ほしー!

って思ってるけど

 

兄弟で押しのけあって

その競争に参加することをやめた

 

なんでかはわからないが

そこで上手くいかなかったのかもしれない

 

だから違う道を探した

 

「そんなの!いらないもん」

「お金をもらうことは、あまりいいことじゃない」

 

そんな価値観の中で

自分自身が親にとって「一番いい子」になろうとした

 

 

でも、ほんとうは欲しいんでしょ?

 

私「うん。」

 

負けた人のことを考えると

勝ちたくない

 

 

でも勝ちたい

 

 

みんなで勝てる方法

かんがえましょうか!笑

 

量が多いと

 

それらを消化しきる前に

新しいことが

 

どんどん入ってくる

 

でも消化するには

1年か、もっと数年かかる

 

もし食べたいものがあるからと

 

消化が終わる前に食べ続けたなら

やっぱりどこかで痛くなるだろう

 

 

なのに

「できるから」

と食べ続けてしまう

 

 

止めるのは誰なの?

 

いえ、止まらないでしょう。

 

 

あえて知らないふりをして

食べ続ける

 

 

こわれたら

 

そんなの知らない

 

だってまだ壊れてないもん

それに食べたらみんな喜ぶし

 

 

生きるために

必死なその行いを

 

止められるのは

真剣な顔をしたお父さんのかみなりかも知れない

 

 

たとえどんなに

正義によって

 

悪とみなされたとしても

 

どこかにその「悪」を

認めるときがくるとしたら

 

それは自分が悪になる時かもしれない

 

 

生まれるときはその先に

何が待っているかは知らない

 

けどそこでもがくことは

みんながしてきたことなのかもしれない

 

だとすると

苦しみの中で

 

もがくことが

悪だと言われたとしても

 

それで生き延びて

だれかを助けることがあったなら

 

その人はその悪である人生を

生きていてくれてありがとうと

 

言うこともあるのかもしれない