友達づきあいの原点って

 

家庭の中にあるとしたら、兄弟とか、お父さんが

それに当たると思います。

 

自分の中に他人というイメージがあって

その先入観をもって、新たな他人とも接していく。

 

 

となると、その先入観がどういうイメージをしているかは

どう接するか、大きな行動の基準となると思います。

 

 

 

しかし、お父さんや、兄弟の関係性でうまく行っていたことが

 

他人ともうまく行くとは限りません。

 

 

その関係性で得た先入観からの行動が、かえって新しい関係性では

ネガティブな行動としてとらえられることもあるでしょう。

 

 

私は人の幸せとして、その人自身であることを大切にしています。

 

そのような価値観の元、

親との関係性で勝ち得た先入観をもって

今はしなくても良い我慢をしていたり

他人に合わせすぎる生き方をしている人には

 

もうしなくてもいいんだよ!

もっとあなたの本当の音を聞かせてほしい!

 

と思います。

 

ただそれも一つの価値観なのですが。

私はそれが大切と感じるのです。

 

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

今日は天気も良く、ピクニック日和で稲刈り日和でしたね。

 

秋ごろの暖かい日を、小春日和と言うんですって。

 

さだまさしさんの秋桜(コスモス)が好きなのです。

その歌詞に小春日和が入っていました。

 

 

さて、今日のタイトルでは

最近はやりのナルシストのことで書いてますが

 

みなさんはナルシストと聞くと

どんな人を思い浮かべますか

 

 

 

自分のことが大好きな人

 

わたしはそんなイメージでした

 

 

今は少し違って

 

自分の世界観で見えることが

すべてその通りだと解釈してしまう人。

 

そんな感じでナルシストを想像しています。

 

 

私もかなりのナルシストでして

 

自分があの人はこうだ!と決めつけて、いい悪いのレッテルをはりつけてます。

 

 

だけど、ほんとうにその人が「こうだ!」と思った通りの人なんでしょうか。

 

実は私を愛そうとしていた人なのではないかと

最近大人になったので (`^´) ドヤッ!

そう感じています。

 

 

人の見ている世界って、みんなそれぞれで面白い。

 

毎日どんよりしている人もいれば

 

今日もいい日だなって思う人もいる。

 

 

どちらがいいとかはなく

 

その見ている世界がその人らしさであり

 

きっとその中で精いっぱい愛したくて

でもうまく行かなかったりして

 

あれこれしているんだと思います。

 

 

だからつい、こんなことを言われてしまった。

あの人は自分のことをこう思ってるんじゃないかな。

 

と信じてしまっても、

それもまた私の一つの考えであり

認めながら

 

他にも考え方は、あるかもしれない

とだれかに話してみてもいいかもしれない。

 

 

僕はかなりのナルシストなので

絶対あの人はこういう人だ!と信じてしつこ~いのです。

 

そこまで信じられる力ってすごい

 

執着すれば苦しみにもなるけど

 

愛そうとすれば、一番の理解者にもなれる。

 

 

ナルシストはなんかよくないみたいに思いがちだけど

 

大切にすればきっと強い味方になる

 

そう思います。

 

お久しぶりです

 

仕事が変わって、新たな自分と向き合う時間を過ごしておりました。

 

みなさんはいかがお過ごしでしょうか。

 

 

昨日は、彼女と豚丼を食べに行ってきました。

 

「空海」というお店です。

初めていったのですがこんがりとした香ばしさの中に豚肉のとろける

おいしさもしっかりとあるおいしい豚丼でした。

 

おそばとセットで頂きまして

満足度の高いごちそうでした。

 

 

さて、お名前が空海さんということで

 

私も知識が乏しい中、仏教のお坊さんでしたっけ。

 

 

お店はコロナ対策をしっかりされており

 

入店時の消毒から、マスクを配ることまでされております。

 

 

店内は静かでみなさん、黙食を心掛けておられました。

 

 

帰りの際には奥さんが「ご協力ありがとうございました」

と心のこもった声掛けをされていました。

 

 

私の一意見では、

今時期ここまでコロナ対策をしっかりされているのも

何か特別な思いがあるのでは?

 

そう感じたのです。

 

 

そこで私の考察は

 

現代社会において、

豚肉は人が食べるために大量に生産され

お金を出せば簡単においしい豚丼が食べられる

ある意味いい世の中になった。

 

その中で、感謝の心を忘れていたなと

豚には豚の命として、恐怖や安らぎがあったはず

彼らの命には、家族もいて、心もある。

 

それを頂いているのだということを無視していた

本来は自分がしないと食べられないことを

誰かがしてくれているんだ

 

本来は命を食べるということは

倒して息の根を止めて、さばいて

それをおいしく頂くことなんだよな

 

と改めて思うのでした。

 

貪欲にあるだけ食べてしまう自分もいる。

その中で足るを知るということは

 

まわりまわって自分の生活に

安心を与えてくれるものではないかと

思います。

 

ご意見、コメントお気軽にくださいませ。

返信はない事もありますが、ちゃんと読ませていただいております。

 

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