頑張ってるつもりなのに

報われない。

 

いやです。

働いても働いても

抜け出せない地獄のような生活。

 

ですが

頑張りようがもうない!

そうも言えるかもしれません。

 

ということは

あえて頑張らない勇気が必要なのではないでしょうか。

 

 

もっと頑張って成果の出ることに注力した方がいいのではないでしょうか。

 

そんなんあったら最初からそうしてるわ!

とうちの姉ちゃんが怒りそうですが。

 

 

ともかく、自分の頑張りが

認められないことだってあると思うんです。

 

でも頑張っているのなら

それなりの報酬はあげたいじゃないですか。

 

 

なぜそんなことが起きるのかと言えば

ズルい人がいるからじゃないですか(笑)

 

 

頑張っているのをいいことに

便乗している人が

実はいたりして。

 

 

感謝もされないのに

便乗されて…

 

なんか悔しい!

 

だとしたら自分から

背負うのはやめたいところです。

 

 

しかしながら、私もそうですがな

まあ背負いがちです。

 

だれにも頼まれていないのに

勝手に重荷を背負っている・・

 

 

昔、一休さんが言っていたそうです。

答えは自分の中にあると。

 

 

自己理解が深まると

なんでそんなことしてしまうのかも

分かるのでしょう。

 

 

みなさんにも

割に合った仕事と

感謝の報酬が与えられますように。

仕事上の付き合いなど

 

あからさまに義務ではないのだけど

なんか行かなきゃいけない気がして

 

というか休みなのに行かなきゃいけないと

自分をもやもやさせている。

 

 

だけど誰かが、

それは強制できるものではないですよね

とみんなに言ってくれたら

 

行かないですと

意思表示ができる。

 

 

自分の本当の気持ちはその時点で明らか

行きたくない

 

でもその言ってくれる人がいなかったら

私はきっと無言のフォースによって

 

義務ではない行事に、

「行かないといけない気がする」

なんてぼんやりした気持ちで

 

モヤモヤしながら

仕方なく行ってやっていたでしょう

 

 

つまり、あえて

行ってやったと書いたのは

 

行きたくないけど呼ばれたから仕方なく行ってやった

という隠された私のスタンスがあるからです。

 

 

最初、その会社の行事に参加するか

みんなで話していた時は

 

なんとなく恐れているような気持ちで

ほんとうの気持ちを言えない、と思っていたのですが

 

いざ行くときになると

仕方ないから行ってやる

という上から目線の気持ちになっているのです。

 

 

結局のところ

私自身を振り返れば

 

他人が私に強制しているわけでもなく

 

自らのある目的に沿って行動しているのだとわかります。

 

「依存するために、キライな人とうその付き合いをする」

 

大変失礼な言い方ですが、自分のしていることは

そういうことであると思えてなりません。

 

 

とはいえ、そういう人間関係がどこで出来たのかというのは

きっとここまで読んでくれたみなさんなら

お気づきのはずです。

 

小さいころの依存関係にあった人たち

つまり親との関係がそのまま残っているだけなのです。

 

立場上は親でお金や居場所の提供者であるけども

中身はむしろ依存心の強く残ったナルシストである。

 

そのような関係の中

いやいやながらも親の気持ちが満たされるように

わざと振舞っていたのです。

 

 

ある意味、大人になって、そのような関係性の人が現れるのは

成長するチャンスを設けていただいているとも言えます。

 

そこで親と同じような人間を

過去の怒りを持って断ずるのか

 

大きな愛となって導くのか

 

 

といっても一人では難しいのが実際です。

うまく逃げつつ、距離をとって

回復の場もパートナーや認めてくれる人の中でつくり

 

それでようやく向き合える

大きな食べきれない桃のようなものだと思います。

 

無理は禁物です。

からだの調子のことを考えて

 

歩こうと思い、3日もしないうちにやめた。

 

自分ではやった方がいいとわかっているのに

 

何もする気になれない。

 

 

もし無理やりやらせようとして

強制的にしたらどうなるでしょうか。

 

あなたのためなのよと

自らに納得できない習慣を強要すると

 

やっぱり心には悔しさとか怒りがうまれるのではないでしょうか。

 

 

となると

確かに歩くのはいいことだし

他にもやったほうがいいことってたくさんある。

 

 

筋トレだってしないよりはねぇ

した方がよさそうだし、

 

英会話も、できないよりはできた方がよさそう。

 

 

ちょっと待てよ

書いてて思ったけど

 

「よさそう」と思ってることばかりだ。

 

 

した方がよさそう、なことなんで無限にあるぞ。

 

掃除もした方がいいし

ピアノもした方がいい

 

 

なんじゃこりゃ

こんなの全部できるわけないじゃん。

 

 

そもそも「よさそう」だけでできたら

みんな金持ちになってそうだし

 

だんだん腹が立ってきました。

 

 

これからは自分で

これをやる、と決める

なぜなら気持いから。

 

これに尽きる。

その意気でやると決めます。

 

今までの我慢は怒りとして残っていても

 

それはそれでよかったのだ。

 

それがあるから今、自分の望んでいない生き方を打ち破れる。