仕事上の付き合いなど
あからさまに義務ではないのだけど
なんか行かなきゃいけない気がして
というか休みなのに行かなきゃいけないと
自分をもやもやさせている。
だけど誰かが、
それは強制できるものではないですよね
とみんなに言ってくれたら
行かないですと
意思表示ができる。
自分の本当の気持ちはその時点で明らか
行きたくない
でもその言ってくれる人がいなかったら
私はきっと無言のフォースによって
義務ではない行事に、
「行かないといけない気がする」
なんてぼんやりした気持ちで
モヤモヤしながら
仕方なく行ってやっていたでしょう
つまり、あえて
行ってやったと書いたのは
行きたくないけど呼ばれたから仕方なく行ってやった
という隠された私のスタンスがあるからです。
最初、その会社の行事に参加するか
みんなで話していた時は
なんとなく恐れているような気持ちで
ほんとうの気持ちを言えない、と思っていたのですが
いざ行くときになると
仕方ないから行ってやる
という上から目線の気持ちになっているのです。
結局のところ
私自身を振り返れば
他人が私に強制しているわけでもなく
自らのある目的に沿って行動しているのだとわかります。
「依存するために、キライな人とうその付き合いをする」
大変失礼な言い方ですが、自分のしていることは
そういうことであると思えてなりません。
とはいえ、そういう人間関係がどこで出来たのかというのは
きっとここまで読んでくれたみなさんなら
お気づきのはずです。
小さいころの依存関係にあった人たち
つまり親との関係がそのまま残っているだけなのです。
立場上は親でお金や居場所の提供者であるけども
中身はむしろ依存心の強く残ったナルシストである。
そのような関係の中
いやいやながらも親の気持ちが満たされるように
わざと振舞っていたのです。
ある意味、大人になって、そのような関係性の人が現れるのは
成長するチャンスを設けていただいているとも言えます。
そこで親と同じような人間を
過去の怒りを持って断ずるのか
大きな愛となって導くのか
といっても一人では難しいのが実際です。
うまく逃げつつ、距離をとって
回復の場もパートナーや認めてくれる人の中でつくり
それでようやく向き合える
大きな食べきれない桃のようなものだと思います。
無理は禁物です。