おはようございます。

 

11月2日の午前9時です。

 

なんとも言えない朝です。

天気はようくもわるくもない

 

ところで最近は

こころの流れ、というか軟らかさ

 

そして身体の柔らかさ、流れについて

感じて考えています

 

同じことをしているときでも

その気持ちによって

 

気分が乗らなかったり

ぐっと入り込んで気持ちがのることもある

 

毎日いいきぶんで

なんて言ったりもするけど

 

そのいい時ばかりじゃないのが

肝心なのかもしれない

 

 

つまり、毎日同じことをして

同じだけ興奮して、快感だ

っていうのは何か変な気がして

 

いっときは抜かなくてはいけないのだと思う

 

張りつめたものが常に緊張状態であるように

 

その対極である緩めた状態までもっていくことが難しい

 

じつはそのカギはあると思っていて

何かしらみんな求めている「承認」だったりするのかもしれない。

 

 

世の中で自分という存在が

つつまれている、存在が認められている

 

その安心感に、私たち人間は

緩むことができるのかもしれない。

 

 

最近は、床屋さんでも、少し悲しくなるような

大切にされてないと感じてしまうこともあったり

 

でもそれは世の中の流れで

お金と時間の関係性が厳しいから

 

人に割く時間もお金の払う量によったりするのかもしれなく

それはその個人やお店がどうにかできるものではなく

 

でも私たちみんなの総意みたいなところであって

仕方のないことなきもします。

 

 

そこで、お家に帰ったら。

自分を大切にできる、それこそ犬や猫でも

魚でも、仲間がいるといいなって思います。

 

友達、いますか?

 

いるにはいるんですけど、、

 

友達って言うか、、

 

なんなんですかね。

 

と逆に聞きたくなったり。

 

 

友達ってなんだろう

 

でも、定期的に会う人がいて

会うと楽しいので、友達って感じ。

 

 

だけど、友達になった瞬間ってある気がしていて

 

友達の心に触れた時?

 

核心的な心のメッセージに触れた時に

あ、友達になれたかな

と思いました。

 

 

あと、友達って言うより、仲間って思ったこともあります。

 

会社の上司に、コーヒーをつくって入れてもらった時に

なんかおいしくて、そのあとは仕事も気がのっていい感じでした。

 

 

マンガの「刃牙」でも

主人公のお父さんが親子喧嘩をした後に

おみそ汁を作ってくれていたりして

 

オトコの社会では

杯を交わすように

コーヒーを入れてくれる上司に

なにか認められたようなうれしさを感じるのかもしれない。

 

 

だから友達とか、親子とか

色んな人の繋がりがあって

 

それは不思議な儀式で手続きがなされているような気がする。

 

教科書では習わないけど

 

みんなの感覚の中に

確かにある、文化?

 

 

読んでくれた皆さんとは

 

どこか遠くの知らない人だけど

読んでくれてうれしいような恥ずかしいような

 

そんな気持ちで繋がっております。

私って、嫌われやすいんです。

 

ほんとうは仲良くなりたいのに

ほんとうは友達になりたいのに。

 

うまく行かないんです。

 

 

友達もいるけど、心のつながりがない感じ。

 

なんで!どうして!

 

僕悪い事なんてしてないのに

どうして仲間に入れてくれないの。

 

 

この時点で嫌に思われる方もいるのではないでしょうか。

 

 

このうざさの正体は

しつこい依存心です。

 

 

欲しくもない人に

ねぇなんで買ってくれないの、ねぇなんで!

 

とすがりつくような心です。

 

なんで欲しくもないのに買ってやんなきゃならないんだ!

と怒られそうです。

 

 

ですが、世間の人々は優しいので

そうは言いません。

 

そうなると、気づくこともできないんですね。

 

 

日本人は甘えと依存心にわりと寛容な方なのではと

勝手に思っています。

 

ところが、

実の私はというと、

なんで買ってくれないんだよ、ケチ。

 

と被害者意識まで持つのです。

 

甘やかされて育ったのかもしれません。

 

 

ですが、お父さんを恨んでもいました。

怒鳴ってばかりでなにも教えてくれない。

 

自分のことなんて考えてないんだと思っていました。

 

 

その憎しみが、

社会人になっても、

先輩に対してぶっきらぼうな態度をして

 

おしえてくれないのが悪い、と被害者的で

敵意をもって黙り込んでいました。

 

 

でもですよ。

そうしている自分って

なんだか好きになれない。

 

楽しくもないんです。

 

 

なんにも教えてくれないから

自分は分からないんだ

 

だから教えないあいつが悪い。

 

ずっとお父さんの恨みで生きているのです。

 

 

たしかにお父さんは子供みたいで

自分勝手で、叩いたりもする。

 

そうだったけど

今の自分がその恨みをずっともっていて

 

先輩方にも素直になれない。

 

そんな自分を客観的に見た時に

なんというか、憐れだなというか

 

その生き方から抜け出してほしいと思うのです。

 

 

恨み続けて人生の可能性を曇らせるのは

やめていただきたい。