編集長のディヴィット・スワンズビーは、ハンサムな七十歳で、私:マロリーの上司だ。十九世紀、ロンドンのスワンズビー社は、百人以上の辞書編纂者を雇い、今はレンタルスペースとなっているスクリブナリーホールと呼ばれる広間で、百科辞書をどちらが先に出版するかで、オックスフォード大学出版局としのぎを削っていた。しかし、第一次世界大戦で編集者たちは招集され、出版どころかZから始まる見出し語にもたどり着けず未完となっていた。ここでインターンを初めてから三年になるわたしの仕事は、毎日かかってくる脅迫電話にでること。なにしろ、今はディヴィットとわたししかいないのだから。ディヴィットは、未完の辞書データをデジタル化し、アップデートの上、無料でネット公開しようと目論んでいた。しかし、「マウントウィーゼル」が多数含まれていることを発見するに及んで、わたしにフェイク語を見つけ出すよう指示した。
「マウントウィーゼル」
それは、著作権を守るため、そのままコピペされるとすぐ判るように、意図的に辞書や百科事典に紛れ込ませる偽の項目のことです。
辞書に、そんな細工がされているとは知らんかったわ。
このフェイク語を大量に辞書に紛れ込ませたのが、十九世紀のスワンズビー社の編纂者:ピーター・ウィンスワースです。
それを見つけ出そうとするわたし:マロリー(現代)とウィンスワース(過去)の出来事が交互に語られます。
テーマが辞書だけに、A~Zで始まる単語が、例えば「Gは幽霊(ゴースト)のG」とか「YはイエスのY」というように、章のタイトルとして使われています。
ウィンスワースは、目立たない男なのですが、唯一の個性といってもいい舌足らずの話し方を矯正するため、会社から話し方レッスンに通わせられています。
しかし、実は障害でもなんでもなく意識的に習得した話し方が単に癖になってしまっただけであって、こちらも云わばフェイク。
そんな彼が、日々のうっぷん晴らしのため手慰みに創った存在しない言葉を、あるきっかけからデータに紛れ込ませます。
それを、現代のマロリーが、同性の恋人であるピップと一緒に探すのですが、このフェイク語、母語が日本語で英語苦手の私には難しくて、イマイチでした。
たぶん、英語が得意な人なら、ほほ~と納得&楽しめるのではと思います。
なので、物語が動き出す前半なんて投げ出したくて、この本はリタイアすべきだと思ったほどページが進みませんでした。
しかし、ウィンスワースの同期で同僚のハンサムで人気があり、プロ級のテニスプレイヤーで誰が見ても魅力的、だけど根性はまがってるテレンス・クロヴィス・フラシャムがシベリアの長期出張から帰ってくるにいたり、過去バージョンが俄然面白くなります。
パーリーピーポー:フラシャムが連れてきた婚約者:ソフィアが、ウィンスワースには、パーティが苦手な自分と同じタイプの人のように思われ、と同時に、公園でペリカンと格闘しちゃうようなちょっとエキセントリックな魅力の持ち主でもあり、たちまち恋に落ちてしまうのですが……。
誰かれ構わずカミングアウトする陽気なピップと、性的指向を開示できないマロリーの関係とともに、ウィンスワースの恋の行方も気になって、後半はそれまでの遅れを取り戻すかのように、ガンガン進めました。
ラストには、爆弾騒ぎにまで発展した脅迫電話の犯人の正体も判明し、警官の問いに「yes」と答えるマロリーにきゅんきゅんして、いけてないというか不運な出来事に見舞われ続けるウィンスワースの矜持を目にすることができます。
これは、一応幸福な終わり方と受け取ってよいのかな。
ウィンスワースのフェイク語の混じった辞書は結局、出版はもちろんネット公開もされずに終わります。
ならば、それを見つけ出すマロリーたちの労力は、無駄な時間だったかというと、そういうわけでもなく、ピップをより深く知り、愛することができたマロリーに自然なカミングアウトをもたらしました。
「怪我の功名」ですかね。
とすると、ウィンスワースは、時空を超えた恋のキューピッド、もしくは気づきを与える人だったのでしょうか?
まぁ、本人は全く自覚がないでしょうが。
それにしても、ソフィアの正体が気になります。
本当の名前を教えることに慣れてないなんて、めっちゃアヤシイやん。
いったい、誰なん
やっぱり、わたしには難しかったわ、この本。
わたしはむかしから「棒や石は骨を折るかもしれないが、言葉なら傷つかない」ということわざが嫌いだった。これって、人がお互いを知ることにも、言葉の力を理解することにも、ぜんぜん役立たない。