<塔の地・始まりの町>で私:トゥーレは、この町の人間である父さんと羽虫と呼ばれる流民の母さんの間に生まれた。変わり果てた町に帰郷した私は、広場の敷石の下に隠した思い出の品々を取り出した。薄緑色の硝子石。映画館のスタンプカード。封の切られていない煙草。そして、一枚の写真。それは、広場で催されたお祭りの日の一枚。当時、私は十三歳で、両親と共にテーブルについていた。町の有力者<伯爵>と旅から連れ帰った美貌の養女<コンテッサ>、詰めが甘く、いつもネタバレのへっぽこ<魔術師>、褐色の肌をもつ映画館の受付係<なまけ者のマリ>、黄色いパラソルをいつも離さない<パラソルの婆さん>に、博物館の警備員<怪力>、町一番の情報通<葉巻屋>、赤毛のハットラに、優等生のカイ。懐かしい人々の写真に過去の記憶が蘇る。
これは、本当に面白かったです。
気軽に面白かったというには憚られるような内容なのですが、好みど真ん中の作品でした。
ミステリィ仕立てで描かれたブラックな現実に、ファンタジーのベールをかぶせて仕上げた感じかな。
一つの町が、一つ一つは取るに足らないと思われた人々の行為が積み重なって徐々に破滅へと進んで行く様子が、その街に住む四人の目線で語られます。
第1章 始まりの町の少年が語る羽虫の物語
第2章 なまけ者のマリが語るふたつの足音の物語
第3章 鳥打ち帽の葉巻屋が語る覗き穴と叛乱の物語
第4章 窟の魔術師が語る奇跡と私たちの物語
語り手である四人は、とても魅力的で――脇を固める人々も、彼らに劣らず魅力的です。――それだけに、読んでる者にとっては、彼らの運命の過酷さに胸を抉られます。
そして、彼らによって繰り広げられる始まりの町の物語は、創り物のようでいて、実はどの時代のどこにあっても不思議ではない出来事でもあります。
それは、とても悲しいことなのですが。
彼らの語りはミスリードを誘い、物語の展開は何度も何度も覆され、緻密に張り巡らされた数々の伏線の回収に驚愕するばかりでした。
そんなストーリィ展開に添えて、差し出されるメッセージが、これまた胸が痛くなるようなものばかりなのです。
これは、私たちの黒歴史であり、また、いまも世界のどこかで起こっりつつある出来事によく似ていて、その理不尽さに私たちは声をあげるべきなのに、何かおかしいと薄々感じつつも見て見ぬふりだったり、その行き着く先が予測できるのに、まさかそんなことは起きるわけがないと無理に楽天的を装ったりと、積極的な悪意なしに傍観しているリアルな世界と重なって、鳥肌が立ちました。
ただただスゴイ作品読んでもたというのが正直な感想です。
これを、「イチオシ」にせずして、どうするんやと。
重くて、暗くて、痛くて……。
だからこそ、ラストに掲げられた魔術師の願いが胸にせまってきます。
同じ過ちを繰り返さないように。
頑なな憎しみの芽を育てないように。
【おまけ】
例によって、私の頭の外付けメモリーとして、忘れたくない言葉を、φ(..)メモメモ。
見出しのカラーは、ピックアップした章を表しています。
←この部分が、引用です。
独裁者
「僕にわかっているのは、僕がなにをしても世界は変わらないってことだけ」
「当然だ。おまえは独裁者ではないからな」
ドクサイシャとは、<その行為がたちまち世界を変える。欲すれば叶う。最もいびつで欲深い奇跡の体現者>
世界を変えられないことが、これほど喜ばしく、尚且つ切ないものだなんて。
「お前の行為によって世界が変わることはない。なにかすることで、おまえ自身が変わることはあってもな」
記憶
記憶は嘘をつく。
いえ、犯人は脳なんですけどね。
記憶なんてものは永久に増築を続ける家のようなものだ。見るたびに形を変えるくせに、覚えのある窓枠や屋根の先端が妙な具合にくっついている。元の姿を思い出そうとしているうちに、さっきまであった扉が消えてしまったり。だから自分が覚えていることが正しいとは限らないし、うっかりすると騙されることだってある。
仕返しをされる恐怖
やれやれ、それで先制攻撃かい。
やられるまえに、やってしまえと。
生存競争
悲しすぎる極限状態。
人から奪えなければ死ぬ。たぶん、奪えない者から死んでいく。
緊急事態
さてさて、ここは、この国は大丈夫かい。
「この町はとっくにひっくり返っている。みんなが気づいていないだけでな。この町だけではない。たいていの町はひっくり返っているか、そうなりつつある」
貧乏くじを引かないためのレース
忖度やん。
リアル過ぎる。
上の者の言いつけにいち早く従い、さらにその心の内をすみずみまで押し量って言外の要求にも応え、その貢献の度合いを競い合う。要は他の者よりも喜んでもらえるか否かに将来がかかっているわけだから、この種のレースになんらかのルールを期待するのは賢明ではない。上から味わわされた屈辱は下の者へ。踏みつけにする塩梅にはまだ個々の裁量、つまり自由が残されている。
修繕
まだ間に合う?
かもしれない。
「靴も雨傘も町も人間も、時間には勝てない。でも、たいていのものはドカンと壊れたりはしないんだ。少しずつ、傷んでだめになっていく。まあいいやって放っておくと、ある日突然、ぶっ壊れているのに気づいて驚くはめになる。そうなる前にちょくちょく手をかけてやる。ゴムや針金や留め具なんかを使っていい具合に修繕してやる。そうやって長持ちさせるのが俺の仕事だ。誰も手にかけてやらなかったら、どんなものでもびっくりするほど早くだめになるからな」
書物
私は彼にとって書物は水や食物と同じように生きていくのに必要不可欠なのだと感じたものだった。
≒
私も一緒。
愚か者
うばい合えば足らぬ、わけ合えばあまる。
なのに。。。
強大な力の独占は災い以外のなにものも生まない。だが人間は富も力も分け合うことを嫌い、可能な限り仲間内で独占しようとする。なかでも最も恐ろしいのは、力を持った悪人ではなく、力を握った愚か者たちだ。
私
しなやかに、強かに。
私は、私であることを、やめない
尊厳
巡り廻って、己が身のため。
世界は繋がっているのさ。
他者の尊厳のために闘わないということは、自分の尊厳をも手放していくことよ。
選択と結果
失くした物は、理性、良心、責任、……。
だが、戦争は結果にしか過ぎない。夥しい死は、無数の人々の選択の結果、あるいは選択を放棄した結果、または選択と思わずに同調した結果なのだ。