初夏の夕べ、私は恋人に誘われ、ある公園へと出かけました。そこは、浅草の六区にも似て、より怪異で殺伐とした場所でした。世界中の奇蹟という奇蹟のすべてが集まり、珍しい見世物小屋が軒を連ねたその公園の池の汀に、若い美しい魔術師が小屋を出しているといいます。彼の女の私を試すような言葉を受け、その魔術師の小屋へと足を踏み入れた私たちは……。
良くも悪くも、アヤシイ谷崎潤一郎。
「乙女の本棚」シリーズの一冊です。
豪華絢爛な漢熟語を散りばめ、駆使し、心惑わす妖しくも美しい背景描写。
私と彼の女に付いて読者が「魔術の王国」へと、まんまと誘われてしまっても誰が咎められましょう。
彼の女、もしかして……。
この上ない性悪女?
そんな疑問を頭の片隅に据えながら、私が如何なる難儀にあうのかと、少々期待しながら読み進みます。
サドやった?と自分に抱く、あらぬ疑いを訝しみつつ、ページを捲ると……。
そこにあったのは、美に魅せられ意気地なしと化した薄情な私と、一途な彼の女の迷惑なほど真っ直ぐなプライドで武装されたでした。
恐っ!
これは、やはり谷崎。
というような物語ですので、いかにも優しそうで気弱に見えるメガネ男子の「私」と、中性的ではあるけれど迫力には欠ける、これまた線の細い魔術師の姿は、現代風と言えなくもないのですが、やはり力負けしているようで残念でした。
谷崎は、「乙女の本棚」には重すぎるのかも。。。
そして、残ったのが、ささやかな疑問。
この物語を語っているのは、私です。
いわば告白です。
私が魔術師と出会うことになった経緯から驚きの結末?までを語っているのですが、語る私と運命を共にした彼の女はどうなったのでしょう。
そして、そもそも私は、今でも魔術師の元にいるのでしょうか。
それとも。。。
無粋とは知りつつも、どうにも気になって仕方がないのございます。
私はあなたの美貌や魔法に惑わされて、此処へ来たのではありません。私は私の恋人を取り戻しに来たのです。