クラバート プロイスラー | 青子の本棚

青子の本棚

「すぐれた作家は、高いところに小さな窓をもつその世界をわたしたちが覗きみることができるように、物語を書いてくれる。そういう作品は読者が背伸びしつつ中を覗くことを可能にしてくれる椅子のようなものだ。」  藤本和子
  ☆椅子にのぼって世界を覗こう。

オトフリート=プロイスラー, ヘルベルト=ホルツィング, 中村 浩三
クラバート


「おれにはわからない、」と、クラバートは叫んだ。「自分たちの手でしなくてはならないことが、なんでも魔法でできるのに、いったいぜんたいどうしてまだ働く必要があるのか。」


14歳の少年クラバートはある夜、奇妙な夢のお告げを見る。夢の勧めるとおり水車場で片目の親方について見習職人となり働きはじめる。しかし、ここでは週に一度職人たちはからすに姿をかえて親方から魔法を習っていた。十一人の仲間と共に、クラバートも魔法を習い始める。毎年復活祭には秘密団の儀式を終え、親方と次の一年を服従する契約を交わす。そして、なぜか一年に一人の職人が死んでゆく。しかし、ほどなく職人は補充され常に十二人の職人たちが、水車場で働いていた。クラバートは復活祭でソロを歌う少女に恋をして……。



クラバートが水車場で働く三年が、次々と謎を解きながら進んでいきます。
時おり、日常生活の間に挿まれる「クラバートの夢」が重要な意味を含んでいて、夢の形を取りながらクラバートの身におこる現実を示唆する構成がみごとです。

一年目のクラバートを陰になり日向になり助けてくれる職人頭のトンダや、トンダ亡き後同じように新米の見習を密かに助けるミヒャル、そして、親方に密告するリュシュコーやできの悪いまぬけのユーロー。
個性豊かな職人仲間の描写もとてもステキです。

そして、そんな仲間たちとの交流や、復活祭の楽しい語らいなども描かれているのに、読後頭に残っているのは暗くて重い灰色の雲のたれこめた空のイメージです。
寒くて厳しいドイツの冬のイメージがそうさせるのでしょうか。
でも、なぜか懐かしい思いがするのも確か。





この先、内容に触れていますので、これから読もうとされる方は要注意!

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三年目、トンダやミヒャルを思わせる成長を遂げたクラバートに、危険が及びます。
親方との対決が迫ってきたのです。
クラバートの命を助けるのは、少女の真の愛。
うわーっ、メルヒェンのお約束だー。
彼女がからすに姿を変えた職人たちの中から、クラバートを正しく選び出せば、二人は生き残り自由を得るというのです。
その代わりに親方が死ななければなりません。
そして、またクラバートが勝ったとき、それは他の職人たちも魔法を失うことになるのです。
それが、いままで親方と戦おうとする者がいなかった理由の一つでもあるのです。
自分たちの利益を手放したくなかった職人たちの欲を、親方に利用されていたのです。
クラバートをなんとか篭絡しようと必死になる親方は、引退をほのめかし水車場をクラバートに譲ると提案してきます。
そして、クラバートの代わりに密告屋のリュシュコーを殺そうとまで言いだします。
密告屋も、利用はされても結局信用はされないのです。
しかし、クラバートがうんと言わないことを知ると、今度はクラバートの魔法を封鎖し、日々の仕事に使えないようにしてしまいます。
クラバートは、普通の人間のように汗をかいて手にマメをつくって働かなければならなくなります。
でも、これが普通の人の生活なんですよね。
楽こいちゃイカンってことですわ。

そして、親方の企みはクラバートの夢にまで及び、魔法をなくしてしまったのちの普通の人間の生活を――辛くて苦しく惨めな生活のイリュージョンを彼の夢の中に送り込みます。
恐怖の中で日々を過ごしながらも、悪夢と戦うクラバート。
戦っているのはクラバートですが、そこには亡くなったトンダやミヒャルがしっかり彼を支えています。
彼らが身体を張って伝えてくれた、「勇気」や「誠実さ」や「友情」や「自由」や「意志の力」がクラバートの中にきちんと受け継がれています。
そして、あのまぬけなユーローが、思いがけない素顔を見せてくれます。
「人生には、おれたちの思いもおよばないことがいろいろおこるものだ。が、それを俺たちは切りぬけていかなくちゃいけないんだ。」というトンダの言葉を思い浮かべて、こういう切りぬけ方も時には必要なのかなと思いました。
けれども、根本的な解決には繋がらないんですよね、この方法では。

考えてみれば、親方もその上にいる大親分の存在に脅えるかわいそうな人にすぎません。
みんなそれぞれ我が身かわいさで、いろんなことに目をつぶらざるを得なくて、ミヒャルのように身を挺して「卑劣な行い(>報復)」を止める勇気を持っていなかったのでしょう。
ただ、現実問題として、力の足りない者が「勇気」だけで「悪しき出来事」を止められず犠牲になること予見しながら、すべての人に「戦え」と勧めるにも問題は残るのでしょうが。
オハリーさんが、ナチスドイツを連想されたというのが良く解りました。
人はみんな、それぞれ「ちょっと勇気の足りない」生まれながらの魔法使いなのかもしれません。
でも、そのちょっと足りない勇気が世界を恐ろしいものに変えてしまう可能性を秘めているのが恐いです。




「苦労して修得しなければならない種類の魔法がある。それが魔法典に書いてある魔法だ、記号につぐ記号、呪文につぐ呪文で修得してゆく。――それからもうひとつ、心の奥底からはぐくまれる魔法がある。愛する人にたいする心配からうまれる魔法だ。なかなか理解しがたいことだってことはおれにもわかる。でも、おまえはそれを信頼すべきだよ、クラバート。」




ときわ姫 > いろいろな方の感想を読むと、読んだ時に気がつかなかったことを教えてもらえてすごく良いと思います。
力の足りないものが勇気だけで戦う事が出来るのか?それは難しい問いです。クラバートも敗れて犠牲になるだけだったかもしれなかったのですから。だから頭を引っ込めて、災難が通り過ぎるのを待つのがかしこいのだという考え方だってあるし、そういう処世術の方が多くの人がやっていることです。もし自分だったらと思うと、とても対決する自信がありません。彼女はなんでそんなことが出来たのでしょう。クラバートに勝手に好きになられて、いわば巻き込まれたのに何であんな事が出来たのか、今さらながら不思議になりました。 (2004/12/15 17:45)
青子 > ときわ姫さん、レスありがとうございます。
ほんとにあの娘さんは強い人ですね。クラバートが彼女を巻き込む権利があるのかと自らに問う場面がありますが、彼女はきっぱりと「わたしの好きな人です。」なんて言ってくれます。これは愛の魔法ですね。
たぶん、各自が小さな勇気で邪悪な者に立ち向かっていける初期の時点があったんだと思います。そのときに、雑草をつむようにきっちり悪を潰していたなら、沢山の犠牲を出さずにすんだのではないでしょうか。
児童書ですが、大人にも読み応えがある作品だと思いました。 (2004/12/15 19:52)
オハリー > こんにちは。娘さんの存在は、もともとの伝承では母親ということでしたので、作者はある種の希望を込めて同世代の女の子としたのかな、と思います。人生において、これだけつよく自分を信じてくれる人に出会うのは、やはり難しいですから…母親なら、ある意味「母の愛」で当然なところを赤の他人の村娘としたところに、この本の作者の愛情(恋愛)や希望に対する強い"意志"を感じました。
あと、いま思うとユーローはけっして悪人ではないにせよ、クラバートがいなければたぶんずっと「のろまなユーロー」のままだったんですよね…勝手に自分の才能に見切りをつけて人生を諦めてしまってる、みたいな。なんか窓際族みたいですね。 (2004/12/15 23:10)
北原杏子 > 本当におもしろそう~! 青子さんの感想(前半部分だけですが)読んで、ますます読みたくなりました。ただいま図書館本の波に呑まれかけてて、読むのはクリスマス以降になってしまいそうなんですが。何とか頑張りたいです。 (2004/12/15 23:43)
青子 > オハリーさん、北原杏子さん、レスありがとうございます。

オハリーさん>確かに、「母の愛」以上の血のつながりのない他人から受ける愛と考えると、これはもう究極の愛ですね。私もその存在を信じたいという作者の希望を感じます。
そして、ユーロー。窓際族ですか。そう言われてみれば必殺仕事人みたいですね。まぬけのふりして実は‥‥っていう人、結構私好みなんですが、彼の方法ではごく狭い世界での救済に留まってしまって、トリックスターのように既存の世界を壊したあとの再構築ができないですものね。でも、クラバートと出会うことによって、お互いがお互いを補えあい親方という悪を倒すことができてよかったと思います。

北原杏子さん>ラストシーンは大晦日なので、ぴったりですよ。私も、完読するまで他の人の感想を見ないようにしてました。読まれたらいろいろお話しましょう。感想UP楽しみに待っていますね。 (2004/12/16 19:12)
あしか > 私もみなさんの感想を楽しみたくなった(から、だと、おもうのですが・・・)読み始めちゃったんですよ・・・。自分でもそういうことになるとは思ってなかったんですけれど。来たら、一見「え?これ?もっと分厚いのかと思ってた。児童書なんだ。」と思ったんですが、読んだらこれが、なんと始めの1ページ読むのに一日かかったんですよ・・・( ̄- ̄)。なのでまだ牛売りに行く所です。 (2004/12/18 12:35)
たばぞう > 青子さんの「楽こいちゃイカン」てところがとってもよかったです。最近NEETとか就職怖いの本を読んだからかしら?。読み終わったところですが、ダークな雰囲気のなかに起こる恐怖も楽しみも、それぞれの逸話が面白く、心に残る1冊になりました。てなわけであしかさん、牛売りから進みましたか?。 (2004/12/18 16:18)
青子 > あしかさん、たばぞうさん、いらっしゃいませ。

あしかさん>暗いですものね、この本。頑張って進んでみてください。いずれ、馬も売りに行くことになりますから。

たばぞうさん>「楽こいちゃイカン」は、まあ自分自身にも要ってるようなもので、やっぱりちょっと魔法なんか使えたらいいだろなーっていうのが本音です。行く手は決して楽しいことばかりではないかもしれないけど、それでも前進あるのみみたいな、新しい年を迎える冬にぴったりの物語ですね。 (2004/12/18 17:06)
あしか > 私の憧れの職業はなんと言ってもダントツで「魔法使い」でしたので、こんなお誘い修行はいそいそと行ってしまうことでしょう。でも、考えたら、毎年年末には恐ろしい思いをしなくちゃいけないし、いいことないですね。あ、「杜氏春」に似てませんか?声を出したら仙人にはなれなくて、声を出さなかったら「親のことを見捨てるようなやつ」と見なされてその場で殺されるはずだったんでしょ?(じゃあ、どうすれば成れたんだろうって小さい頃から疑問に思っていました。)で、たばぞうさんお気に入りの「楽こいてちゃいかん。」に繋がるわけで。みんな、勇気のちょっと足りない魔法使いという言い回しもなかなかですよ! (2004/12/21 00:53)
トントン > なんとか今月の1冊に間に合いました!みなさんの感想を読んでいると新たな発見があり楽しいですね。
「自分たちの利益を手放したくなかった職人たちの欲を、親方に利用されていた」というのはなるほど~と思いました。クラバートは親方に取引を持ちかけられた時、揺れ動きながらも思いとどまったところはすごいです。この強さはどこから来てるのかと思って。トンダやミヒャルの敵討ちをしようという思い、ユーローの助けに報いたいという思い、少女への愛が合わさった力なんでしょうね。読んでよかったです。
(2004/12/21 15:02)
青子 > あしかさん、トントンさん、完読おめでとうございます。

あしかさん>再びいらっしゃいませ。
私は、幼い頃はお姫様になって楽したいと思っておりました。あしかさんのような魔法使いに助けられて。。。
「杜氏春」 私も連想しました~。夢で馬に変身するところも、楽しようと思う心も似てますね。
みんなが少しずつ勇気を出し合えば、何とかなることってかなりあるのじゃないかと思います。でも、現実の利害関係はなかなか難しくて、クラバートがやってくるのを待っていたりするんでしょうね。

トントンさん>ささやかな利益のために、犠牲にされた人がいたことを思うと、それぞれの立場を思いながらもやっぱりイカンよ! と思ってしまいます。職人たちみんなもきっと同じように感じてたんじゃないかと思います。でも、その一歩がなかなか踏み出せなくて、だからよけいにクラバートがすごいな~と思います。「欲」こいちゃイカンです。 (2004/12/21 18:22)