前回は、労働生産性の向上議論の中で、巷でよく(わかったように)言われるものの多くは、付加価値額の定義がわかっていない的外れなものである事。
と共に、そういう的外れな議論はさておくとしても、
労働人口(生産人口=消費人口)が減少する国においては、労働人口(生産人口=消費人口)の減少を補うような生産性の向上なるものが果たして現実的に可能なのか?
という疑問を示したのですが、結論から申しますと、
その国の主たる産業が国際的な「価格競争」に巻き込まれるようなものの場合、労働生産性の向上でその国の付加価値額を維持するのは極めて難しいのではないでしょうか?
といいますのも、価格競争に巻き込まれるような産業は要は過剰設備でいずれ淘汰されざるを得ないし、又そういった産業に携わる労働者の賃金は国際的に均衡化せざるをえないにも拘らず「付加価値の少なからぬ部分は人件費」だからです。
~戦後の日本では、団塊世代と団塊ジュニアのおかげで、著しい生産年齢人口増加の波が押し寄せてきました。そのため、生産年齢人口の頭数に連動して売れるような商品、たとえば普通の車だの住宅だの電気製品だのの需要が非常に高まり、それらを供給する生産力が、本来定常的に考えて必要な量以上に発達してしまったのです。それがGDPを本来の日本の実力以上のペースで押し上げてきました。それゆえに、生産年齢人口減少のステージになってみれば、本来の実力に見合ったところまで生産力もGDPも落ちていかざるを得ない。経済学の普通の想定を超えた急速な成長があった以上、今度は経済学の普通の想定を超えた縮小があってもおかしくないわけです。ということで今起きているのは景気循環上の不景気だけではありません。それに上乗せで、人口ボーナスによって想定以上に膨れ上がった特定産業の生産力が、人口オーナスの下でも維持可能なレベルにまで回帰していくという過程が、同時進行しているのです。~(藻谷浩介著「デフレの正体」より)
平たく言いますと、産業構造自体を変える(言葉で言うのは簡単ですが、現実的には気が遠くなるほど大変!)しかなさそうです。
■三面等価式の呪縛
巷で景気(経済)が語られる際には、大体において「GDP」(国内総生産)という尺度での議論になりがちなのですが、このGDPの定義においてマクロ経済学では三面等価の原則というものがあります。
三面等価の原則とは、一国における経済活動の規模は、生産、支出、分配の三つの面から把握できこれらは等しくなる、という原則のことです。
国内で生産された財やサービスは必ず何かの用途に利用され生産と同額の支出が行われる。生産で生まれた付加価値は、全て誰かに帰属しているので、賃金や企業所得などに分配される。このため国内総生産 (GDP) は、企業などの生産活動の側から見ても、家計の消費支出や企業の設備投資などの支出側から見ても同額になる。従って国内総生産と国内総支出 (GDE) は等しくなる。
というものです。
さて、「常に正しい」この三面等価の原則についても、「デフレの正体」~経済は人口の波で動く~の著者、藻谷浩介氏は日本の現状に照らして以下のポイントをつつきます。
「残念ながら、日本経済の現場にはもっと俗っぽい現実があります。
生産年齢人口=消費人口の減少→供給能力過剰→在庫積みあがりと価格競争激化→在庫の時価の低下(在庫が腐る)という現実です。その結果発生した消費者余剰は、高齢者が老後に備えて確保する極めて固定性の高い貯蓄(=将来の医療福祉負担の先買いという一種のデリバティブ購入)というかたちで「埋蔵金」化してしまい、経済社会に循環してきません。腐った在庫は最終的には叩き売られて企業の収益を下げています。そういう現実を、「常に正しい」三面等価式ではどう説明するのでしょうか。
製造業や小売業、不動産業などの場合、「在庫の増加」自体は「支出」の構成要素の一つである「投資」の一種として説明されます。つまり、「在庫が積みあがっていること」は、「在庫投資が増えた」(つまり生産した企業自体が自分で支出して余剰品を買い取った)ということで前向きに処理されるのです。ということは、売れようが売れまいが在庫を積み増しながら生産を続ければ、GDPは増え続けるわけです。ですが、その在庫を処分せざるを得なくなって評価損が発生したら?生産の中における在庫投資がマイナスとなり、支出の中における在庫が減少し、分配の中における営業余剰が減少するので、GDPも減るのではないでしょうか。
はたまた「三面等価というのは発生ベースの話しであって、その後に起きる在庫処分などは知ったことではない」ということであれば、この式は「常に正しい」どころか、時価会計の時代にはそぐわない、実質的に意味が無いものになってしまいます。」
日本で今起こっている100年どころか2000年来はじめての生産年齢人口の減少という引き潮は、実は生産に携わる人口の減少という側面よりもむしろ、生産に携わる人口即ち、その結果所得という購買力を得、消費する人口の減少ということを意味します。
一般的な自動車や家電製品や衣料品等の生産力自体は機械化、技術革新によってその向上は容易であり、世界的に見れば過剰生産能力です。
又労働者の頭数も世界的に見れば余っています。今や世界の労働者は、グローバル化する経済のなかにあって、ある時は直接、またある時は製品の貿易を通じて間接的に他の世界の労働者と競争させられており、同一の労働に対する世界の賃金は方向として均等化に向かいます。
経済学の言う均衡は地球規模では成り立つかもしれませんが、狭い国境の中では成り立ちそうにありません。
