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シンガポール通信

Uniquely Singapore
with Global View

前回は、労働生産性の向上議論の中で、巷でよく(わかったように)言われるものの多くは、付加価値額の定義がわかっていない的外れなものである事。


と共に、そういう的外れな議論はさておくとしても、
労働人口(生産人口=消費人口)が減少する国においては、労働人口(生産人口=消費人口)の減少を補うような生産性の向上なるものが果たして現実的に可能なのか?

という疑問を示したのですが、結論から申しますと、
その国の主たる産業が国際的な「価格競争」に巻き込まれるようなものの場合、労働生産性の向上でその国の付加価値額を維持するのは極めて難しいのではないでしょうか?


といいますのも、価格競争に巻き込まれるような産業は要は過剰設備でいずれ淘汰されざるを得ないし、又そういった産業に携わる労働者の賃金は国際的に均衡化せざるをえないにも拘らず「付加価値の少なからぬ部分は人件費」だからです。


~戦後の日本では、団塊世代と団塊ジュニアのおかげで、著しい生産年齢人口増加の波が押し寄せてきました。そのため、生産年齢人口の頭数に連動して売れるような商品、たとえば普通の車だの住宅だの電気製品だのの需要が非常に高まり、それらを供給する生産力が、本来定常的に考えて必要な量以上に発達してしまったのです。それがGDPを本来の日本の実力以上のペースで押し上げてきました。それゆえに、生産年齢人口減少のステージになってみれば、本来の実力に見合ったところまで生産力もGDPも落ちていかざるを得ない。経済学の普通の想定を超えた急速な成長があった以上、今度は経済学の普通の想定を超えた縮小があってもおかしくないわけです。ということで今起きているのは景気循環上の不景気だけではありません。それに上乗せで、人口ボーナスによって想定以上に膨れ上がった特定産業の生産力が、人口オーナスの下でも維持可能なレベルにまで回帰していくという過程が、同時進行しているのです。~(藻谷浩介著「デフレの正体」より)


平たく言いますと、産業構造自体を変える(言葉で言うのは簡単ですが、現実的には気が遠くなるほど大変!)しかなさそうです。


■三面等価式の呪縛


巷で景気(経済)が語られる際には、大体において「GDP」(国内総生産)という尺度での議論になりがちなのですが、このGDPの定義においてマクロ経済学では三面等価の原則というものがあります。


三面等価の原則とは、一国における経済活動の規模は、生産、支出、分配の三つの面から把握できこれらは等しくなる、という原則のことです。

国内で生産された財やサービスは必ず何かの用途に利用され生産と同額の支出が行われる。生産で生まれた付加価値は、全て誰かに帰属しているので、賃金や企業所得などに分配される。このため国内総生産 (GDP) は、企業などの生産活動の側から見ても、家計の消費支出や企業の設備投資などの支出側から見ても同額になる。従って国内総生産と国内総支出 (GDE) は等しくなる。
というものです。


さて、「常に正しい」この三面等価の原則についても、「デフレの正体」~経済は人口の波で動く~の著者、藻谷浩介氏は日本の現状に照らして以下のポイントをつつきます。


「残念ながら、日本経済の現場にはもっと俗っぽい現実があります。
生産年齢人口=消費人口の減少→供給能力過剰→在庫積みあがりと価格競争激化→在庫の時価の低下(在庫が腐る)という現実です。その結果発生した消費者余剰は、高齢者が老後に備えて確保する極めて固定性の高い貯蓄(=将来の医療福祉負担の先買いという一種のデリバティブ購入)というかたちで「埋蔵金」化してしまい、経済社会に循環してきません。腐った在庫は最終的には叩き売られて企業の収益を下げています。そういう現実を、「常に正しい」三面等価式ではどう説明するのでしょうか。

製造業や小売業、不動産業などの場合、「在庫の増加」自体は「支出」の構成要素の一つである「投資」の一種として説明されます。つまり、「在庫が積みあがっていること」は、「在庫投資が増えた」(つまり生産した企業自体が自分で支出して余剰品を買い取った)ということで前向きに処理されるのです。ということは、売れようが売れまいが在庫を積み増しながら生産を続ければ、GDPは増え続けるわけです。ですが、その在庫を処分せざるを得なくなって評価損が発生したら?生産の中における在庫投資がマイナスとなり、支出の中における在庫が減少し、分配の中における営業余剰が減少するので、GDPも減るのではないでしょうか。

はたまた「三面等価というのは発生ベースの話しであって、その後に起きる在庫処分などは知ったことではない」ということであれば、この式は「常に正しい」どころか、時価会計の時代にはそぐわない、実質的に意味が無いものになってしまいます。」


日本で今起こっている100年どころか2000年来はじめての生産年齢人口の減少という引き潮は、実は生産に携わる人口の減少という側面よりもむしろ、生産に携わる人口即ち、その結果所得という購買力を得、消費する人口の減少ということを意味します。


一般的な自動車や家電製品や衣料品等の生産力自体は機械化、技術革新によってその向上は容易であり、世界的に見れば過剰生産能力です。

又労働者の頭数も世界的に見れば余っています。今や世界の労働者は、グローバル化する経済のなかにあって、ある時は直接、またある時は製品の貿易を通じて間接的に他の世界の労働者と競争させられており、同一の労働に対する世界の賃金は方向として均等化に向かいます。


経済学の言う均衡は地球規模では成り立つかもしれませんが、狭い国境の中では成り立ちそうにありません。

■生産年齢人口減少→付加価値額の減少を、原理的に賄いきれない生産性向上


前回は、
一国の経済成長率は,
①「1+労働人口の伸び率」と
②「1+労働者一人当たりの生産性(労働生産性)の伸び率」
の積になる。

というマクロ経済学上の「理論」をご紹介し、
従って、
労働生産性の伸び率はゼロでも労働人口が増えていればGDP(付加価値額総額)は増えること。
又逆に、労働人口の伸び率はゼロでも労働生産性が伸びればGDP(付加価値額総額)は増える事になるという「理屈」をお伝えしたのですが、


労働生産性なるものは一体何か?」
又、
労働生産性の向上なるものは如何にして可能なのか?」
更に言うと、
労働生産性の向上が労働人口の減少を果たして賄いきれるのか?」

つまり、冒頭に示した経済成長率=①x②という「理論」は、労働人口伸び率が正であるという「通常状態」の国においては成立するとしても、
労働人口伸び率が負になるという「特殊な日本」(果たして今後とも日本だけが特殊だろうか?)の場合、日本国のGDP(=付加価値額総額)を維持あるいは増加させる労働生産性の向上なるものは現実的に可能なのか?


ということが、前回及び前々回ご紹介した藻谷浩介氏著「デフレの正体」-経済は「人口の波」で動く-の、
論点の一つになっています。

藻谷氏は、

労働生産性=付加価値額÷労働人口

という定義式の意味(特に付加価値額の意味)を再確認した上で、日本にはびこる


・労働生産性向上=人員削減、
・高付加価値=ハイテク、
・日本の生き残り=モノづくり


という日本の多くの人が思い込んでいる大いなる勘違いを浮き彫りにします。


更には(一時流行った?もしかして未だ今も?)「株主資本主義」の構造的な欠陥にもふれています。


~「技術革新でモノが過剰生産基調になり、時代のイニシアチブは供給側から需要側、企業の側から顧客の側に移りました。企業が誰のものであろうが、顧客に価値を提供しその対価に利益をあげることのできる企業だけが生き残ります。

それがわからずに、株主だの、経営者だの、従業員共同体だの、いずれにせよ供給側にたっている誰かの都合を、顧客側の満足に優先させようとするすべての企業は、市場経済の中で淘汰されていくだけです。
顧客側が供給側よりも強い時代に、従業員共同体優先の企業は勿論生き残れませんが、一人で死ぬだけまだ可愛いものです。短期保有目的の株主を最優先する企業ともなれば、顧客ではなく、供給側の内輪のメンバーにすぎない株主の目先の利益の為に、人件費などの地元に落ちるコストを削って社会全体の付加価値を下げますから、顧客側に回ったかもしれない第三者の購買力までをも多少なりとも破壊してしまいます。つまり、自分の死に経済社会まで巻き込んでしまうわけです。」~


この点の補足として、企業活動におけるステークホルダーを簡単な損益計算書でみてみるとわかりやすいかもしれません。

企業活動というのは売り上げ(トップライン)に始まってそこからどんどん引いていって最終的な利益(ボトムライン)になるわけですが、各段階におけるステークホルダーというのは以下の通りです。


 <売上>    =顧客
-原価      =取引先
-販売管理費  =従業員
 <営業利益>
-金利支払  =銀行・債権者
+ 配当収入   =関連会社     
 <経常利益>
-法人税     =国家
 <純利益>  =株主・役員賞与

この順序が非常に大事で、上から順番に優先順位があるわけです。

(尤も、法人税なるものが何故正当化できるのか?それも個人所得税と違う税率である正当性は?と言う具合に税については議論の余地が大有りですが・・)


話しがちょっと脱線したのですが、結論から言いますと、労働人口が減少する国において、そしてその国の産業が国際的な「価格競争」に巻き込まれるようなものが主流の場合、労働生産性の向上でその国の付加価値額を維持するのは極めて難しいという事です。


潜在的な経済成長力、あるいは潜在力と現実が一致するであろう「長期」の経済成長を考える場合、
一国の経済成長率は,
①「1+労働人口の伸び率」と
②「1+労働者一人当たりの生産性(労働生産性)の伸び率」
の積になります。(と、いうことらしいです。「理論」的には・・・)


従いまして、労働生産性の伸び率はゼロでも労働人口が増えていればGDP(付加価値額総額)は増えます。
又逆に、労働人口の伸び率はゼロでも労働生産性が伸びればGDP(付加価値額総額)は増える事になります。


一方、日本のような労働人口の伸び率がゼロどころか、マイナスに転じている国においては、労働生産性の伸び率が労働人口の減少率を上回らなければ今までのGDP(付加価値額総額)水準を維持する事は出来ないという事になります。


巷でよく
①’労働人口の減少を食い止めよ、とか
②’労働生産性を上げよ、成長産業を育成せよ、
とかいう議論が聞かれますが、どの議論も要は
「GDP(付加価値額総額)水準を維持(あるいは拡大)する為にはxxしなさい。」
という具合に何故かGDPの維持・拡大が(暗黙の)所与の命題になっているようですね。


(天邪鬼の私としてはむしろ、「何故GDPを維持・拡大する必要があるのか」「GDPを維持・拡大できるとどういう良い事があって、逆に出来ない場合はどういう悪い事があるのか」の議論が先のような気がするのですが、まあこの議論は長くなりますので又の機会という事で今回はやめておきます。)


尤も、①’の労働人口の減少を食い止める策の1つとして、「定年延長」とかいうのがありますが、確かに日本の人口ピラミッドのように(今や60歳を超えた)団塊世代が属する60歳以上70歳未満という層が最も多い(なんと1800万人!)といういびつな社会構造の国においては、例えば団塊世代を退職させずにどんどん定年を延長していくと
理屈の上では労働人口の頭数だけは当面維持できそうですが、実際には若年層の雇用に皺寄せがいくだけのようでぞっとしません。
この策はむしろ年金受給資格者に対し年金受給を遅らせることで年金支払い期間の短縮目的に効果があるのでしょうか。




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で、問題は②’の「労働生産性を上げよ」とか「成長産業を育成せよ」とかいう議論です。
この手の議論は往々にして競争力、それも国際競争力を維持せよとかいった文脈の中で(時には強迫観念じみて)語られる事が多く、なんとなくわかったような「気」になりがちです。


以前ご紹介しました当地シンガポールの2010年度予算においても、そのキャッチコピーは「TOWARDS AN ADVANCED ECONOMY: SUPERIOR SKILLS, QUALITY JOBS, HIGHER INCOMES」
となっており、向こう10年間の国家目標として「生産性向上」が掲げられています。


でも、よくよく考えてみると「競争力」って何の競争力?

ところで「労働生産性」って何?「成長産業」って定義は?


と言う具合に、世間では往々にして言葉の持つ意味を理解せずに勝手な思い込みの雰囲気だけが蔓延しがちです。


そこで、前回ご紹介の藻谷浩介氏著「デフレの正体」-経済は「人口の波」で動く-の、

第7講=「人口減少は生産性上昇で補える」という思い込みが対処を遅らせる=

よりの以下抜粋です。


「生産性」と「付加価値額」の定義を知っていますか?


ある産業、あるいはある企業の付加価値額を労働者数で割ったものが労働生産性ですが、では付加価値額とは何でしょうか。


イメージ先行で使われていて多くの人が定義を確認していませんが、これは企業の売り上げの事ではなく、儲けだけのことでもありません。

企業の利益に、その企業が事業で使ったコストの一部(人件費や賃貸料などのように地元に落ちた部分)を足したものです。

ちなみに地元というのは地域の場合も国内の場合もありますが、日本のGDPと言っている場合には国内全体です。

こういう定義なので、企業が最終的に儲かるほど付加価値額は増えますし、最終的にはトントンだったとしても途中で地元に落ちたコストをたくさんかけていればやはり付加価値額は増えます。
逆に薄利多売でマージンが低く、機械設備ばかり増やして人件費もかけず、しかもその機械設備も原材料も他所から調達しているようでは、儲けも出なければ地元にお金も落ちないので、付加価値額は増えません。

なぜ利益だけではなく、地元に落ちるコストも付加価値に算入するのでしょうか。地元に落ちるコストとはすなわち、同じ地元の別の企業の売上や従業員の収入ですから、特定の企業にとってはマイナスであっても地域経済全体で見ればプラスになるのです。
地域経済全体が元気になれば、結局巡りめぐって自分の業績も伸びます。江戸時代の商売人は直感的にこのことがわかっていて、「金は天下の回り物」と言っていました。
~中略~

それでは皆さん、付加価値についての理解度のチェックを兼ねて、頭の体操をしてみましょう。以下の産業を、売上の割には付加価値額の高い順に、つまり付加価値率(=付加価値額÷売上)の高い順に並べてみてください。


①自動車
②エレクトロニクス
③建設
④食品製造
⑤小売(百貨店、スーパー、専門店チェーン、通販など)
⑥繊維・化学・鉄鋼
⑦サービス(飲食業、宿泊業、清掃業、コンサルティングなど)


もしかして皆さん、並んでいる順だと、感じませんでしたか?
それは逆です。⑦のサービスが一番付加価値率が高くて半分近くもあり、①の自動車が一番低くて2割をきっています。
このクイズに正解する人は本当に少ないです。

ハイテク=高付加価値」という思い込みがいかに強いことか


実際には、人間をたくさん雇って効率化の難しいサービスを提供しているサービス業が、売上の割には一番人件費がかかるので付加価値率が高いのです。”