■生産年齢人口減少→付加価値額の減少を、原理的に賄いきれない生産性向上
前回は、
一国の経済成長率は,
①「1+労働人口の伸び率」と
②「1+労働者一人当たりの生産性(労働生産性)の伸び率」
の積になる。
というマクロ経済学上の「理論」をご紹介し、
従って、
労働生産性の伸び率はゼロでも労働人口が増えていればGDP(付加価値額総額)は増えること。
又逆に、労働人口の伸び率はゼロでも労働生産性が伸びればGDP(付加価値額総額)は増える事になるという「理屈」をお伝えしたのですが、
「労働生産性なるものは一体何か?」
又、
「労働生産性の向上なるものは如何にして可能なのか?」
更に言うと、
「労働生産性の向上が労働人口の減少を果たして賄いきれるのか?」
つまり、冒頭に示した経済成長率=①x②という「理論」は、労働人口伸び率が正であるという「通常状態」の国においては成立するとしても、
労働人口伸び率が負になるという「特殊な日本」(果たして今後とも日本だけが特殊だろうか?)の場合、日本国のGDP(=付加価値額総額)を維持あるいは増加させる労働生産性の向上なるものは現実的に可能なのか?
ということが、前回及び前々回ご紹介した藻谷浩介氏著「デフレの正体」-経済は「人口の波」で動く-の、
論点の一つになっています。
藻谷氏は、
労働生産性=付加価値額÷労働人口
という定義式の意味(特に付加価値額の意味)を再確認した上で、日本にはびこる
・労働生産性向上=人員削減、
・高付加価値=ハイテク、
・日本の生き残り=モノづくり
という日本の多くの人が思い込んでいる大いなる勘違いを浮き彫りにします。
更には(一時流行った?もしかして未だ今も?)「株主資本主義」の構造的な欠陥にもふれています。
~「技術革新でモノが過剰生産基調になり、時代のイニシアチブは供給側から需要側、企業の側から顧客の側に移りました。企業が誰のものであろうが、顧客に価値を提供しその対価に利益をあげることのできる企業だけが生き残ります。
それがわからずに、株主だの、経営者だの、従業員共同体だの、いずれにせよ供給側にたっている誰かの都合を、顧客側の満足に優先させようとするすべての企業は、市場経済の中で淘汰されていくだけです。
顧客側が供給側よりも強い時代に、従業員共同体優先の企業は勿論生き残れませんが、一人で死ぬだけまだ可愛いものです。短期保有目的の株主を最優先する企業ともなれば、顧客ではなく、供給側の内輪のメンバーにすぎない株主の目先の利益の為に、人件費などの地元に落ちるコストを削って社会全体の付加価値を下げますから、顧客側に回ったかもしれない第三者の購買力までをも多少なりとも破壊してしまいます。つまり、自分の死に経済社会まで巻き込んでしまうわけです。」~
この点の補足として、企業活動におけるステークホルダーを簡単な損益計算書でみてみるとわかりやすいかもしれません。
企業活動というのは売り上げ(トップライン)に始まってそこからどんどん引いていって最終的な利益(ボトムライン)になるわけですが、各段階におけるステークホルダーというのは以下の通りです。
<売上> =顧客
-原価 =取引先
-販売管理費 =従業員
<営業利益>
-金利支払 =銀行・債権者
+ 配当収入 =関連会社
<経常利益>
-法人税 =国家
<純利益> =株主・役員賞与
この順序が非常に大事で、上から順番に優先順位があるわけです。
(尤も、法人税なるものが何故正当化できるのか?それも個人所得税と違う税率である正当性は?と言う具合に税については議論の余地が大有りですが・・)
話しがちょっと脱線したのですが、結論から言いますと、労働人口が減少する国において、そしてその国の産業が国際的な「価格競争」に巻き込まれるようなものが主流の場合、労働生産性の向上でその国の付加価値額を維持するのは極めて難しいという事です。