宇宙快速線  前編 |  美しい暦     

 美しい暦     

   Calendario bonito           

 

▲「子供は性別にカンケー無く全員オトナになるんです!そんなのにビクビクしてて、お客さんを喜ばせる歌が歌えますか?先輩、しっかりしてください!」「…わ、わかった。やっぱ、未来から来た子は言うことがスゴイってかオトナだわ。」「何言ってんですか!それ、ほとんど全部、なっちゃん先輩が言った言葉ですよ!『合唱団記念誌』に書いてある!先輩は…はっきりとは言えないけど、これからじゃんじゃん歌って大活躍して、お客さんを最高にハッピーにしていく少年の中の少年になって卒団するんです!」

 

「この電車は、宇都宮発、宙の森センター中央駅行き快速です。次は、長沢浄水プラント。長沢浄水プラント。お出口は右側です。お忘れ物の無いよう、ご注意ください。東急田園都市線へは、この先のたまプラーザ駅でお乗り換えです。This is a rapid train bound for Sora no Mori Center Chuo Station. Next stop is the Nagasawa Water filtration plant. The right door will open.」

ロングシートに電信柱のスズメのごとく着座していた少年たちの一団は、車内放送テープの告げる『えいごであそぼ』MCのような高齢女声アナウンスを受け流して身支度を始めた。と言っても、森村ブラッド満は使い込んだネイビーの野球帽を膝上からはがしとってツバをにぎったまま後頭から頭頂へ覆っただけだったし、山本哲平少年は薄い黒のストッキングの履き口を左脇腿の奥へ引っ張り上げて靴下どめの下にたくし込んだだけだったし、御堂マリオにいたっては、ややぽちゃ気味の胸の前に結んだ両掌を押し上げて適当にノビをしたという程度だった。彼らはいつものように持ち物らしい所持品を持ってはいず、全くの身軽だった。

 

 Tウォーター 長沢浄水プラント

 

鮮やかなラピスラズリのゴシック体切り文字施設銘板が、錆色の丸く細いスチール縦棒の連続した大人の背丈ほどのフェンスへ軽快に掲げられている。何千本という水柱がベラッジオの大噴水ショーのごとく吹き上がり、風を受けて施設の内側へ先っぽを折っているというモダンな意匠である。少年たちはそれをお尻で読みながら、背中からヘアライン仕上げのステンレス門柱の間を通り抜けた。内側に見て鏡文字になった英語表記側の銘文をこなれた発音で「トキオー ワラウァークス ビュローゥ! ナガサーワー フィルテレィシン プラント!」と御堂少年はおふざけに男の子っぽい締まった音吐で声高に叫んだ。誰もそれに応答したりしなかった。彼らは全員後ずさるように間断なく後ろ歩きを続けていたからである。少年たちが本館と同じマッシュルーム・コラムのセキュリティー・ステーションの真横を通り過ぎざま、各々「こんにちわぁー!」と小学5年の声を吐いた時も、全員後ろ向きのままだった(守衛はすでに人間ではなく、完全なセンサーの集合体で完結していたのである)。

「オラはTFBCの大久保先輩の方がいい声だと思うな。」

施設門扉から本館までざっと100メートルもあって、広い往来2本の誘導路の両側に50から125メートル幅の気持ちの良い芝生の「庭」があるのは、そこが広大な配水地を地下に湛えているからだ。

「TFBCの大久保先輩って、憲ちゃん?連ちゃん?」

アルトの森村が後ろ向きのまま問うた。

「TFBCってんだから連ちゃんだろ?『くものもくもく』の。」

「あの曲、カッコイイよね。セリフもまた、空の高みを思わせる!」

「僕は『真っ白い平野』だったら、大久保憲君の方がヤバかっこいいと思うけどな。深いし鳴りがクールでマジ澄んでるじゃん!」

「そうそう!大久保兄弟って、兄弟で何年か間あけて同じ曲、方々で歌ってるんだよね!なんだっけ?オペラの『トスカ』のディレクターさんだかコンダクターさんだかが、連くんが来て同じソロ歌ったんで『あれ?!随分前にやったときソロ歌ってくれたキミまだ声変わりしてなかったの?』って勘違いしたって話…超有名だよね」

「それ、『トゥーランドット』じゃないの?」

「ばーか!『トゥーラン…』に子供のソロ無いだろ?」

「ねえねえ、それよか、なんでオレら、よその少年合唱団の話してんだよ?」

「イイじゃん!カッけえ少年合唱は、どんな少年合唱団だろうがカッけえンだよ。」

「僕はアンパンマン少年合唱団の和久本くんの声の憂愁がヤバ目に好きだけどな…。」

本館の第1階層は打ちっぱなしのマッシュルーム円柱の林立で彼らの背後に近づいている。

「オレらの合唱団だったら、やぱアオケン先輩とか中梅先輩の頃がアコガレだヨな!」

「そうそう!あの頃の歌って、楽しいしマジもんで音圧あったよね?」

御堂マリオが振り返って目を輝かせ、歩きながら言った。

「なっちゃん先輩いたしね。」

「1メゾの小河内先輩が『アルトにもちんちん付いて無ぇのが一匹いるけどな。』って言ったら…」

「『やるかぁ!ちんぽこ野郎ぉ!身体が女子だからってバカにすんじゃねぇぞ!』って言い返したハナシでしょ?あれ、伝説だよなぁ。カックいぃー!」

「俺、当時の動画を繰り返し観て、ようやく加賀協太朗先輩のうっとりするような魅力っていうか、心の優しさがわかった!加賀やんは、最後まで少年エンタテイナーとしてお客さんを楽しませ続けようとしてたんだ!」

「僕ちんのアコガレはハート3つの中梅煋次朗先輩じゃけ!『きみの歌は、ぼくが守る』クー!カッコいい!!」

「はぁ、おめぇ、そればっかじゃん。」

山本哲平が後ろ歩きに復帰すると、代わって御堂マリオが、

「あの代って、深谷先輩がリーダーやってたんだよね。ヤリ手で歌うまくて、スマートで足長くてルックス良くて、半ズボン・ハイソックスがバッチバチに似合ってて、優しくて…ま、予科の頃からそういう団員だったんだケドさ!」

ここで、少年たちはフッと立ち止まり、御堂は走り込み森村に抱きついて言った。

「深谷くん、弱い者には特に優しいんだよねー!」

「はいはい。でも、深谷先輩はすっごくヤンキーでおちゃらけたところもあったのが、オラはすごいと思うぜ。」

「『夜の女王のアリア』のソロ歌ったとき、アオケン君か誰かがバラシのミーティグに、劇場ロビーで真っ黒いチューリップの花束あげたんでしょ?エモエモですぜ!見てミタカッタなぁー、ボクちゃん!」

森村少年は片膝ついて目前の哲平クンに何か贈り物を捧げ持つ芝居をした。

「なヵ、合唱団が男の子集団のチームとしてカッケー&歌唱力抜群の状態で、まじもんで惚れまくる!」

「大森先輩とか、佐久平先輩とか、ぽつぽつ一匹狼もいて、それが全体のスパイスにもなってて…」

「なヵさぁ、オレたちのSerritothにも深谷先輩のころの合唱団のこと、書かせようよ!」

「デルタ宇宙域で航宙中ってコトになってるのに?どうやって?」

腕組みをして思案のポーズの山本哲平の背後に、濾過池操作廊の長く長くのびた黒サッシの大きな窓枠カーテンウォールの延伸が見える。丘の上、ゴルフコースへ抜ける涼しげな風が吹き過ぎて、ベレーもキャップもかぶっていない少年のツーブロックの髪が立ち上がるようにそよいだ。

「なヵ、そういう場合のネタ処理は、ワームホールでしょ?やっぱ。」

「安直すぎくない?」

道の両側に立ち上がった鈍色のスマートな長いポールの上に街灯のスタイリッシュなランプシェードがかぶっている。もちろん、まだ自動点灯していない。

「ちょっとメタく、深谷先輩のころの合唱団のこと、Serritothに書かせようとしてる主人公ってのはどぉ?」

「だせぇ!」

「やっぱ、タイムスリップって処理しか無いでしょ?」

操作廊のサッシのガラス面の連続から、室内に林立するマッシュルーム・コラムのシルエットが透けて見えている。

「ゲートものだな。ティプラーの円筒に繋ぐきっかけは何にしよう?」

「やっぱ歌でしょ?少年合唱団なんだから!」

「何歌う?『おお牧場はみどり』とか?」

「わけわからん。」

「歌うんならゲートの必要ないでしょ。乗り物でも過去に行けるワケなんだから。」

「じゃ、『気球に乗ってどこまでも』!」

「だからぁー!」

「わかった!これで行こう!」山本哲平はグーにした右手を平手に打ち、前を見据え宙を指さして叫んだ。

「『アイアンシャープ』!」

 

僕らの夢が 

朝陽を浴びて 空に描いた

アイアン アイアンシャープ

僕らの夢が こだまする

宇宙を駆ける 快速船

ハヤテのように駆け回り僕らの敵をやっつける

アイアンシャープ アイアンシャープ

アイアン アイアン アイアンシャープ

アイアンシャープ アイアンシャープ

アイアン アイアン アイアンシャープ

 

 

おかあさん

ぼくは今デルタ宇宙域の真ん中ぐらいのセクターにいます。

危険領域のアラートはまだ消えていません。

でも、心配しないでください。

いつもコンサートの感想を聞かせてくれてありがとう。

こんばんは天ぷら定食です。ちょーおいしいです。

日本艦で良かったです。デザートに、ガリガリ君のチョコラBBローヤル味を食べました!すてきです。

運動会を見に来てくれてありがとう。

まさか高学年リレーで一位になるなんて今でも信じられません。

けさ、USSヴォイジャーJDが至近インターセプトコースに来ました!

アキラ級のがっつり戦闘モードの艦体で、めっちゃカッコ良かったです。

ワープナセルをゆらゆら振って船体で挨拶してくれました!

なみだが出ました。

 

STREAM教室の名前は『少年宇宙研究会』というレトロ趣味なもの。ピギーバック・ペイロード・ローンチのスラスター付き探査機におんぶされ、スイングバイまでしてもらって放たれたサイコロキャラメルぐらいの大きさのSerritothという名前のピコ・プローブを海王星の軌道から衛星トリトンとプロテウスの間へ打ち込み、現在はメンバー3人のグループでSTREAM運用している。森村少年は御堂マリオや山本哲平と積載AI to 地上AIのリンクを男の子として育て、自分たちは母親になって交信しながらカンタンな日記小説のようなものを作文させていた。天王星型惑星域版『更科日記』や『紫式部日記』といったところである。平安時代と違っていたのは、周囲の風景を撮影した画像を文脈に沿った「挿絵」にレタッチ作画させフォトブック化していること。47億キロメートル彼方から転送されてくるネプチューンの勿忘草色の大気に覆われた天体は、米粒よりも小さなレンズやセンサーが捉えたものとは思えないくらい美しく憂いに満ちていて子供たちの心を捉えた。研究会の親たちは特にそうした科学や宇宙工学の関係者でもなんでも無い大人たちだったのだが、「息子らが子供のうちに様々な美に触れ感動したり楽しんだり熱中したり好奇心を充したりし尽くしてから大人になっていってほしい」と願っている人々なのだった。

 

かつて人手不足と老朽管インフラのスクラップアンドビルドに苦しんでいた日本の浄水場は、法律の改訂と技術革新で今やわずかな人数のオペレーターとAIが極めて精度の高い水を作って送り出す優良企業へと変貌している。水道管は古くなり漏水破断が起こる前に、内側から血管・消化管の新陳代謝のごとく化学的に置き換わる。こうしたバイオ管のような素材は地震・自然陥没のような事態にもきわめて割れにくく丈夫な水道管網を作って流れている。一番すごいのは、薬剤投入についての法基準が様変わりしたことで、AIのビッグデータによる管理により凝集沈殿ろ過の技術革新が驚異的に進行し、塩素は「基準以上のパーセントを保つ」ことから「いかに基準以下の量で済ますか」へ変容した。水道水は明らかに美味しくなったのである。モバイル浄水場出現の影響もあって、どこの浄水場もみるみるうちにコンパクトな組織になった。少年たちが宇宙研のオペレーションに利用している長沢浄水プラントも、1956年の竣工時に使われていたたくさんの部屋はもはや必要無くなり、半官半民のTウォーターがリノベしてコミュニティー施設として広く一般に貸し出している。少年宇宙研の子供たちはこの昭和モダンな建築デザインが「レトロフューチャーでやばやばカッコいい」と大変気に入っていた。

 

少年合唱団というものは、どこの国でも例外なくステージやサーヴィス中は正装だが、特にヒートアイランド化がニューノーマルな首都圏の男の子の合唱団では、世紀の境目ごろに一旦制定した長ズボンの制服を早々と脱ぎ捨てて、最近はどこも短めな半ズボンの装いだ。もともと活発で体温が高止まりの彼らは、10分間ほども歌えばひたいやコメカミや鼻の下には汗が吹き出し、それは練習場でも舞台上でも変わらない。とりわけここの団員たちが足さばき良好で救われると実感するのは、ステージ衣装を着たまま遅刻→出演キャンセルの危機的状況に見舞われる今日の宇宙研の少年らのような場合だ。

「哲平!早く走れないのかよ!」

「ブラッド満、自分で持って走ってみろってば!」

「だいたい、何でソワレ出演の日に限って次から次へとゆく川の流れは絶えずしてデータが届くんだ⁉」

「そりゃ、Serritothに聞いてちょ~ヨ!」

通信モジュールは、受信機・アンテナ・増幅器・バッテリーをワンセットにしたものだ。さらにブレインマシンインタフェイスヘッドセット用のドングルが突き刺さった大人向けタブレットが必要なので、小学生にとっては少しかさばる装備を持ち歩くことになる。なかでも通信用バッテリーの重量は無視できない重さなので、電車に乗るまで森村はモジュールを突っ込んだニャンちゅう!宇宙!放送チュー!のキルト手提げバッグ(最初は体操着袋のような巾着に入れていたのだが、あまりにも重くて持ちにくいため、手提げバッグに入れ替えた)を他所の少年合唱団所属で今日の午後は「空き」の山本哲平に持たせ、ごそごそと走っていた。プラントの正門までの距離が、海王星に至る道くらい長く感じる!

「オレ、嫌(や)だよ、2人そろって遅刻で出演キャンセルになるの!」

「しょうがないじゃん。AIの判断で長々と送ってきてんだから。」

「だから、哲平くん、もうちょい速く走ってってば!」

「もうムリ―!」

浄水プラント本館1階正面のオシャレなエントランスを駆け抜けて、彼らは一目散で宇宙快速線2番線ホームへ向けて(彼らの感覚でいうところの)「猛ダッシュ」をかけているのだ。森村が後頭部にアタッチしたブレイン・インタフェイスを紺ベレーの阿弥陀かぶりでカバーして、運良くシートに着座出来ればダウンロードを最後まで続行させるという算段である。

「電車の中で通信、切れないの?」

「だって、携帯もタブレットもみんな使ってんじゃん!…モジュールめっちゃヘビーですよぉ!」

「オラも目の前スパーク状態っす!」

「宇宙快速線って、高温超電導リニアじゃないの?」

「伝播損失あるよね?地球から45億キロも離れてるとこからの通信、リニアの中で受けとるんだよ!」

「車輛浮いてんだし。」

「…ともかく、電車に乗ってみなきゃ判らねえじゃん!」

「僕は通信が落ちる方に5000点!」

「俺はいつもお若い竹下景子さんに3000点!」

「オラはニヒルでダンディーなはらたいらさんに全部!」

「昭和時代じゃん!」

「ちょっと待って!…超電導リニアって、高速移動用の直線ファイバ無線使ってんじゃないの?逆にすっげぇつながるのかもよ。」

「森村君甘いねぇ!近郊型の快速電車にそんなカッチョいいインフラついてるワケねぇじゃん!」

「かなぁ…?」

 

宇宙快速はただちにマグレブ走行へ入り、心地よい電磁音が美しい加速とともに車内を満たし始めた。

森村ブラッド満のその推測は、嬉しいことに当たっていたようだった。彼のブレインヘッドギアは驚くほど軽快にレスポンスを返し、海王星から送られて彼の下腿の紺ハイソの間に挟まれたニャンちゅう!宇宙!放送チュー!のキルト手提げの中で、モジュールに処理されたデータは、ロングシートで肩を寄せ合う彼らのタブレットに美しい画像やAIにでっちあげられた日記文を次々と表示させ、目も気も奪った。薄青のマーブルホワイトのビー玉を思わせるネプチューン。凍り付いたトリトン。稲垣足穂の小説の登場人物が白インクの硬ガラスペンで引いたようなルヴェリエ環とアダムス環。

「なんだか、すごくまぶしい!」

森村少年は思わず叫んだ。

「こんなにフライバイして撮りためてたんだ!」

山本哲平はAIの送出機序のアバウトさに少しだけ呆れて言った。

「身体が震えるし、目眩もする…」

森村がさらに言った。

「大げさだなぁ!」

マリオ少年はその発言が単なるアレゴリーだと信じ、タブレットを掲げ持った少年の肩の稜線をぴしゃりと叩いた。その子のステージジャケットのエポールの縫い目から、タダならぬ汗と常軌を逸した体温の漏出のようなものが感じられた。

「森村ブラッド満!お前の身体、本当に光って震えてんじゃん!大丈夫かよ?」

山本哲平が右肩を前方へ差し込むような姿勢で友人の異常を問おうとした。その瞬間…

ブレイン・インタフェイスにかぶせた阿弥陀かぶりのベレーがまるでお釈迦様の後光のように光り、そこから漏れたような、目を開けていられないほどの閃光が無音のまま四方へ散開し、最後に彼の紺ハイソで遮蔽されたニャンちゅう!宇宙!放送中!の手提げから光の束が立ち上がると、小学5年の2メゾ少年合唱団員の肉体はミルキーホワイトの圧倒的な怒涛の光の団塊となって、宇宙快速線の無機柄オレンジのロングシートの上であっという間に消失した!

 

…………

 

森村少年はそれからほんの数瞬、同じような電車のロングシートの上に座ったままの姿勢で正気を取り戻した。眠ってしまっていたらしい。

「起きなよ!ステージ衣装着て、これからどこで出演?遅れちゃうでしょ!多分…」

中梅煋二朗が、その子の肩をゆすって起こした。

「俺たちと同じ制服じゃん。キミ、どこの合唱団の子?」

加賀協太朗が尋ねた。

その知らない男の子は3人の真ん中に立っていたアオケン少年の通団服姿の立像に、ようやく両眼の焦点を結ぶなり驚愕してつぶやいた。

「なヵ…恐ろしいくらいリアルだ…」

映画2010年の冒頭で、木星付近でモノリスに遭遇したボーマン船長が行方不明になる直前に発した”My God, it's full of stars!"(すごい!満天の星だ!)をイメージさせる一言だった。その子は、せっかく目をさましたというのに、また白目を剥いてモケットへ横倒しに気絶してしまった。

アオケン少年がアルトの副パートリーダーだった。3人の中では一番ステータスが上。彼もまた白目を剥いて思いっきりあきれ返ると、胸元からボンタンアメの箱を引っ張り出し、箱の裏側に向けてウナ連絡の声を発した。

「先生ぃ、こちらアオケンです。すぐに駅のホームまで、えーと…4人…迎えにきてください。たぶん…mey be…緊急事態です。」

 

「先生、このステージ用ブレザーの団章の刺繍なんですけど、…たぶん、通信機になってます。団章を軽く叩くとスイッチが入って、伴奏の配信とか先生がたと交信とかができるようになるんだと思いますが。」

中梅煋次朗は謎の団員を運ぶために脱がせた団服の胸部を先生に見せながら事務室へ戻ってきた。

「それは現在のテクノロジーでも十分可能だ。でも、トランシーバーみたいな方が少年合唱団チックでイイだろう?」

「僕たちの今のボンタンアメ型レシーバーの方がカッコいいですよ。僕は今のが好きッス。」

事務室のソファーには生地のちょっと変わったワイシャツ(多分ポリエステル100%で皺が無く、下着が透けていない…実際、その子は下着のシャツをつけていなかった!)で、メゾのネクタイを緩めた男の子が右脚を平仮名の「く」の形にして横たわっていた。2人が業務レシーバーの話で大盛り上がりしながら入ってきたからなのか、その子はつつかれたようにパッと目を覚まし、上半身を起こして言った。

「きゃぁ!」

練習スタジオから突然呼び出されてそこに立っていたソプラノ・パートリーダーが寄り添って、「大丈夫?僕は、ソプラノの…」と言いかけると、

「パトリの深谷寒太郎先輩!ですよね?!スゴイぃぃぃ!」と叫ぶなり、「ヘイ、Siri!3Dホログラム動画終了ぉ!」と叫んだ。そこにあったものは何一つ消えたり、ビープ音を出したりもしなかった。

「この、ワタクシ、ソプラノ・パトリ深谷クンは、ホログラムにしちゃ超美男子でめっさハンサムだろ?ま、アンパンマン少年合唱団にゃ負けるがな。」

「…ということは、僕はつまり…ここは…」

「きみの所属する少年合唱団の事務室だよ。」

「はっ、知ってます。先週事務室当番だったし…。今年、エーディー何年デスカ?」

パートリーダーは返事するかわりに、事務室の壁に掲げられていたカレンダーを指さして告いだ。

「ああ、まだ21世紀なのか。」

「なぁ、合唱団2メゾの森村ブラッド満くん…」

森村は目を剥いて…

「…何で僕のような団員の名前をパートまで…?」

アオケン少年が右の前腕にかけて持ったステージ・ブレザーのネームタグをちらりと見せた。誰か知らない団員名を二重線で消した上に、そう書いてある。

「きみがタイムスリップしてきたことはよくわかってる。最近、未来からのタイムスリップが時々あるんだ。だいたい何年ぐらい先から来たの?」

「えと…だいたい…だいたい…75年ぐらい…かな?」

横で会話を聞いていた指揮者先生は笑いながら「きみはどう見ても50年ぐらい先から来たような感じにしか見えないよ。」と戯言を言った。

男の子はこわばって「あの頃の先生も…完全に変なジョーク、言うんだ(汗)」とつぶやいてため息ついた。

「これ、返すよ。」

森村の右肩の後ろから中梅煋次朗が胸章を見せながら、アオケン少年にパスされたステージブレザーを差し出した。

「元の時代に戻る前に時間軸とヵ影響出し…たく…ない?…じゃん…?」

4年2メゾが喋り始めたので、右後ろを振り返った森村ブラッドは、「下級生」の顔を見るなり突如仰天してはね起き、表情を変え、ブレザーをひったくって急いで袖を通した。中梅の声は文末、途切れ途切れに何事なのかと躊躇した。

「今のが中梅煋次朗くんだよ。」

「よ、よろしく。」と中梅はホワイトベルーガチックな顔をつままれたように言った。

「隣が事務局デスクさんと合唱団リーダーの深谷君で…」

団員たちはぺこりと頭を下げたが、森村ブラッド満は中梅少年の方だけは直視できず視線を落とした。何か不穏な表情である。

「…じゃ、お願いします。」と、先生はデスク嬢に目配せをし、場所を変えろとハンドサインを出した。

「森村くん、あっちでお話しましょう。」

「あっち…というのは、もしかしてお仕置き部屋?」

「子供たちはそう呼んでるみたいですが、正式には『個別練習室』です。」

 

二人が行ってしまうと、中梅少年は不安げに顔を曇らせた。

「何だか変ですよね?」

皆は「んん」という小さな声をあげてうなづくだけだ。

「何か、知ってるんでしょーか?僕の未来のコト?」

指揮者先生は「いや、あれはきっと…うん」と一言返してみたものの、彼にも未来のことは分からない。それ以上何も言わず、そそくさと森村の体温が残るソファーにへたりこんだ。

 

 

「うわぁ!ここのピアノ、昔っからカワイなんすネ!それから、このカシオトーン、一番右のセットアップボタンって58番のチャペル・オルガンなんですよね!きゃぁ!」

「森村君、触らないで!」

今の設定のまま、75年後もこのカシオトーンが現役で稼働しているわけないでしょと思ったが、彼女は心して口をつむった。

「先生もおっしゃっていらした通り、最近タイムスリップがあちこちで起きているんです。そこで厳しい時間規定が最近作られた。知っていますか?」

「知ってまーす!」

「言ってごらんなさい。第1条は?」

「過去の出来事に干渉しない」

「はい、2条?」

「未来の出来事を明かさない…例えば、アオケン先輩が誰と結婚するか?とか…」

「3条!」

「一切の記録を残さない 以上です!」

時間規定は半世紀以上経った未来でも有効ならしい。男の子はいかにも3年生ぐらいの団員がべっとりと付けたらしいカワイのアップライトの上前板の震えるような左手の指の跡をうっとりと眺めていた。

「森村くん、最後に一番大切なコト、第4条!」

「第4条って、最近付け加わったんですか?僕のいた時代には無いんですが…うッ!まずい」

彼は自分の言った時間規定第2条を言ったソバから破ってしまったことに気づき、顔をしかめた。

「大丈夫です。第4条、過去の出来事にあまり思い悩まない。これは私からの個人的忠告、アドバイスです。」

「…待って待って、もしかすると、事務室デスクさんも、タイムスリップ経験者?」

「私ではないけれど、ここにはそういう子もいるの。ここでの変化は殆ど目に見えない。でも、あなたがたの未来を変えたくなかったら、十分気を付けてお過ごしなさい。」

「うっひょー!少年宇宙研の千葉先生に教えてあげよーっと!」

デスク嬢はかなりきつい咳ばらいをして発言を制しようとした。

「いやー、千葉先生、過去のタイムトラベルの研究とかもしてるんすよ!奥さんは霞が関ビルの37階…この時代、もう霞が関ビルってありました?見栄えのしないチビっちゃい古いビルなんですけど、…その37階にあるガイジン向けの保険会社で奥さんが保険のオバちゃんやってて…」

「森村君!ストップ!やめて!未来の話はダメ!」

 

レッスンが終った予科生の練習室。森村ブラッドは、メタリック・グレーのインスタコードを抱え、コード進行をSモード・パッド奏法で寂しげにつまびいているところだった。

「僕も、この椅子に座って歌ったんだなぁー。過去に来て、ここで深谷先輩も、中梅先輩も、みんな予科生だった頃があったんだって、実感としてわかったりして!今でもちゃんとある部屋だけど、僕は予科の頃も今も、そんなことしみじみ感じながら座ったり歌ったりしたことがない。何にも感じなかった…」

森村の大きな独り言に問いかける柔らかい声の団員がいた。

「入団して初めての日も?」

「入団のときは、そりゃ、アコガレの少年合唱団ですもん。感激でしたよ。でも、そん時ぐらですかね?」

「ワタシは4年で途中入団したよ。最初から本科だったんだけど、合唱団初の仮入団扱いの子で、自分は果たして少年合唱団員になれるのかなーって秋ぐらいまでずっと悩んでた。何にも感じずに歌えたキミは羨ましいなぁー。」

その子は楽譜タッチパッドを掲げ持って両脚をXに交差させ、予科練習室の名札かけパネルの乗った長机にお尻を引っ掛けて立っている。上半身は少しだけふくよかだが、二脚はスラッとかっこいい。

「ところで、ねえ、ワタシもここで歌の復習したいんだけど、いいかな?」

「…え、え?え?…ちょっと待って!もしかして、もしかすると、あなたはなっちゃん先輩…デ・ス・カ?」

「なっちゃん先輩なんて、小松君みたいな呼び方しないでよ。」

「ホントのなっちゃん先輩?ま、マジかよー!死むー!モノホンの斉藤なつきパイセンっすか?!こりゃ、御堂マリオがいたら即死レベルでぶっ飛びますぜ!先輩の大大大大ファンなんです!あいつもおティムティム付いて無くて…ようするに…」

「トランスジェンダー?」

「昔はそう呼んでたんですよね。」

「否定はしないよ。身体は男子じゃないから。」

「だから、あいつのあこがれの先輩なんですよ!いつかなっちゃん先輩みたいな立派な団員になるのが夢!!…先輩を目当てに心の支えにして毎週ガンバって歌ってるんです。」

「へーぇ、ワタシがねぇ?こんな悩み多き団員なんだよ。1年もしないうちにカラダは変わるだろうし…」

「先輩、身体?そんなの、男子だって同じですよ。1年もしないうちに声だって変わり始めてヒゲもスネ毛も〇毛も生えて…」

「なっちゃんにはそれが無いのよ!]

「無いにしろ有るにしろ、どっちも同じです!子供は性別にカンケー無く全員オトナになるんです!そんなのにビクビクしてて、お客さんを喜ばせる歌が歌えますか?センパイ、しっかりしてください!」

「…わ、わかった。やっぱ、未来から来た子は言うことがスゴイってかオトナだわ。」

「何言ってんですか!それ、ほとんど全部、なっちゃん先輩が言った言葉ですよ!『合唱団記念誌』にちゃんと書いてある!先輩は…はっきりとは言えないけど、これからじゃんじゃん歌って大活躍して、お客さんを最高にハッピーにしていく男の中の男になって卒団するんです!まったく、もう!」

「そうなのかな?ま、いいけど、…ところで未来にもまだインスタコードって有るの?」

「しょっちゅうアプデかかるからちゃんと現役だけど、ありますよ。」

「何って曲のコードを弾いてるの?…あ!待って!未来の曲の名前はだめよ。」

「いや、20世紀の中頃ぐらいの映画主題歌です。『アイアンシャープ』って。歌ってるのは、よくわからんけど、たぶん上高田少年合唱団。1961年夏の封切りだから、実際に歌ってるのは練馬の開進第四小学校の高学年男子児童だろうって、合唱団で教わりました。

突然ここで、斉藤なつきの通団服の胸元から先生のくぐもった声がたった。慌てて胸ポケットからボンタンアメの箱を引き出す。

「斎藤君、森村君と今すぐ事務室に来なさい。デスクさんが車を出して駅まで送るから、持ち物一式と一緒に電車に乗って2つ前の駅まで往復してもらう。その間に何か起きるのを期待して…なんとか未来へ送り返したい。」

斉藤なつきは未来少年を立たせその左手からインスタコードをひったくり、事務室へと急かしながらつぶやいた。

「『子供は性別にカンケー無く全員オトナになる。』かぁ…なかなかカッコよくってめっちゃ良い言葉だ!今度、1メゾのバカ野郎どもがLGBTいじりでくだらん文句ふっかけやがったら、そう言って凄んでやろうっと!」

 

 

「森村君、なぜキミは僕をガン見するんですか?」

「いや、帰る前にしっかり目に焼き付けとかなきゃって思ってて…だって、アオケン先輩とあのころの指揮者先生だから…。ちょっと待って、それ、なっちゃん先輩も持ってたけど、通信機ですよね?大昔の。」

駅のホーム。森村のやってきた方へ帰る電車は先ほど出て行ったばかり。10分間は待たなくてはいけない。

「ちょっと触らせてもらってもいいですか?」

指導者が躊躇しながらそれを渡すと、

「うわぁ!スッゲ!僕たちのは薄っぺらで、遠隔爆破機能はもう付いていないけど、デザイン的な面白さは…」

と興奮してそれをべたべた触っている。

「…遠隔爆破機能と言ったか?結局、ワタシは爆破機能を付けることになったのか?」

「先生、『魔女の館』のライブの後に、そうおっしゃってましたよ。」と、アオケン少年。

「いや、ありゃキミらの自由時間があまりにもルーズだったから冗談のつもりで言っただけなのだが…。」

「先生、そんなことより、森村君がタイムスリップしたときの状況っていうか、原因を聞いとかないと…」

未来少年はいとおしそうにボンタンアメの箱を捧げ持つようにして男へ返却した。

「森村君、何をやっていてタイムスリップしたんだ?」

「いや、単に電車の中で、シートに座って、山本君と御堂君と一緒にネプチューンからの送信をこのパッドで見ていて…」

「ネプチューンの誰?」

「誰…って?」

「タイゾーとか名倉潤とか…それとも3人いっしょに?」

「いや、山本君と御堂君と僕の3人で、海王星近傍のラグランジュ地点のピコ・プローブから送られてくるフライバイ中のデータを見てたんです。トリトンとかアダムス環の静止画とかAIが描いた宇宙日記とか…。そうしたら体が熱くなって、光りはじめて、なんか分からなくなって…。」

「3人とも?」

「いや、たぶん僕だけです。通信機にこのヘッドセットで接続していたのは僕だったし、脚の間にニャンちゅう!宇宙!放送チュー!の手提げに入れためっちゃヘビーな通信セットを挟んでたのはボクだけだったから、それが原因なんじゃないかな?あとは、通信が高速移動用の直線ファイバ無線だと思うんです。快速電車だから。それでサクサク通信が入って来て…」

反対ホームに森村が乗ってきた方面行きの電車が入線し、音を立ててホームドアを開闢した。

「あの電車だよね。あっちに行く。」

アオケン少年が進行方向へ人差し指を向け尋ねる。

「いや、全然違うくて…ボクちんが乗ってたのは、宇宙快速線の宇都宮発、宙の森中央行きのヤツで…」

ボーイアルトの次の反応には、数瞬のクレバスのような間があった。

「ぷっ!ウチュウカイソクセン?なんじゃそりゃぁー?!キャハハは!」

アオケン少年は口を大きく開け、おそらくツボだったのだろう、憑かれたようにケラケラと爆笑が止まらなくなった。

森村ブラッドはみるみるうちに顔色を変え、

「アオケン先輩…もしかして今、わ…笑ってるんですか?」

「だ、だって、『ウチュウカイソクセン』は無いっしょ?ジョークヒド過ぎて草!ギャッハッハッハ!やめれー!なヵ、泣くぅー!」

「…あのぉ、先生ぃ。アオケン先輩って、…こんなに笑ったりするんですか?マジで?」

「こんなバカ笑いは、あんまり。…最近、時々あるがな?」

「そりゃ笑うって!抵抗は無意味だョ…てか、笑わないなんて、非論理的じゃん!ヒヒヒヒぃー…頼む、苦しい~。」

ホームの真ん中で七転八倒する11歳の男の子と、それを驚愕の眼差しで眺めているフォーマルウエアの少年が一人、比較的無表情の男。彼らの間に突如、女性の声で通信音が発った。

「合唱団から先生…と、アオケンくんたち。緊急事態です。こないだの1日入団の男の子たちがまた、ぞろぞろ押しかけて来て勝手に練習スタジオに…。至急お戻りください。通信終了!」

 

正体不明の「こないだの1日入団の男の子たち」3名は、練習場の楽譜の並ぶスチールキャビネットを勝手に開け、コロンとした角の丸いスマホで、楽譜やミュージック・スコア・タブレットの画面を盗撮よろしく撮影しているところだった。

「君たち、何ですか?」

少年合唱団の指揮者だから、小学生男子の厄介ごとには慣れている。出入り口を塞ぐように立って大声を出すと、闖入者たちはビクり震え上がって、角のあちこち丸い機械に覆い被さる格好で隠したり、見られないよう背中へ回したりしてとぼけ、先日のご指導のお礼に来た純真な少年たちの小芝居をしにかかった。

「こないだは、ありがとうございました。楽し過ぎくて興奮しまくりかったです。なぁ?みんな?」

3人はそろってぺこりと頭を下げた。

「ところで今日は、入団してくれた際の即戦力になる準備とばかり、興味のある楽譜を見て、予習をしに来たか?写真に撮って家で繰り返し勉強とは、やけに熱心じゃないか?まだ合格内定通知を出した覚えなど無いんだが…」

アオケン少年は事務局デスクさんの前で盾になって、いつでも彼らの逃走をとめられるよう準備した。森村ブラッド満はタブレットも入れたため重くて重くて閉口させられるニャンちゅう!宇宙!放送チュー!のキルト手提げバックを入り口の脇に立てて置き、ベレーの下からヘッドセットを引っぱがして丸め、その中へ突っ込んだ。一行が対峙しているのが昭和時代のズッコケ三人組の実写版のような風貌であったのにも関わらず、彼の関心事は、目の前に広がっているのが夢にまで見続けてきた「あの頃の」我らが少年合唱団の練習室の光景であることだけだった。彼は迷わずそこへ進み出て、「ワオ!これがアコガレの…!僕の大好きな釜屋作之進クン♡の座ってる席はどれだろお?うふ?」と、並んだスタック椅子のアルト側前列に向かって歩き出そうとした。

「森村くん!」

「はい!イエッサー!何でしょう?」

「先生の後ろにいなさい。」

未来の第2メゾソプラノはそれでも舞い上がったまま、うっとりと団員たちのいない椅子の林立の方を眺めやって立ち止まった。

「君たち、もしかすると、オリオンの団員たちなのか?」

ズッコケ三人組が緘黙にあらぬ方を向き身体をゆすってしらを切っていると、指揮者の背後から突然、元気な声で、

「ああ!この子達は明らかにオリオン少年合唱団員です。」

と森村ブラッドが断定した。

「典型的な。…俺らが先週もらった我らが少年合唱団の手書きの楽譜なんですけど、オリオンの子が写真撮ってあっちの合唱団でアーカイブされてて、こっちの団じゃ事務局さんとかが変わってとっくに廃棄されちゃってたのが、何十年かぶりにオレらのところに転送してもらって里帰りして…すっごくシブいんですよぉ!その曲!…なんてタイトルだったっけ…えーと」

森村は指揮者が振り返って睨み、ねめつけたのを見て、慌てて気をつけの姿勢になり口を閉じた。

「今すぐ、君たちが写真に撮った楽譜を廃棄するか、送った共有のも全部回収して消してくれ!楽譜の無断撮影は著作権法違反だ。裁判にかけりゃオリオン合唱団お取り潰しってことになるかもしれないな。」

「待って!待って!待って!あの…口を出してすみません。この子達がやってるのは盗みやコピーなんかじゃなく、単なるアーカイブ作成です。未来への遺産…っていうか…」

「森村君、少年合唱団が国会図書館や国立楽譜アーカイブの真似事か?」

オリオンの子たちは指示を無視して逃走のチャンスを窺っているように見えた。

「僕の時代では、侮辱なんです。オリオンの団員を海賊とか楽譜ドロボーとか呼ぶのは…」

「あちこちの少年合唱団から報告が来てるの。オリオン少年合唱団の子達が楽譜盗撮したり、紙の楽譜を勝手に持ち帰ってしまったり…」

事務局デスクさんがアオケン少年の後ろで流し目がちに言った。

「わかりますよ。この時代的に。…でも、どうします?僕がこの子達のことや崇高な目的を知っていたら?」

「森村君、気をつけなさい。」

「オリオンは最後発の少年合唱団だから、他の団のレパートリーを勉強して合唱に還元したいと思ってるだけです。他団の営業を妨害したり、蹴落としたり、歌って儲けようとかしてるわけじゃありません。それどころかその逆。日本の少年合唱団で使ってるローカルな楽譜をアーカイブして共有しようとしている。」

オリオン団員のうち、ちょっとすばしっこそうなハチベエ肌の少年が口を開こうとしたので、指揮者はそれを制し、「私はこの合唱団の本科担当指導者だ…」と名乗った。ハチベエもオリオン少年合唱団メゾソプラノ何がしと名前を明かした。

「あちこちで、オリオンの子達の楽譜盗撮の被害が出ている。」

「それは…とても…残念です。海賊少年と呼ばれ、僕らは誤解されてる。僕たちが目指しているのは…それぇっ!」

ズッコケたちはハチベエのその突然の合図で、一目散、彼らを阻止しようとする者達を掻い潜って練習室出入り口へ走り込み、脱兎のごとく逃げ去った。ハカセ肌の最後の子が、扉の横にたてかけられていたニャンちゅう!宇宙!放送チュー!のキルト手提げバックの上端を鷲掴みにしたかと思うと、少しつまづきながらもスカイブルーのスキニーパンツの脚を素早く繰って合唱団の建物から姿を消した。一瞬の出来事だった。

見返るような姿勢でこの一部始終を目撃した指導者の視線の先で、森村ブラッド満は紫色の顔をしかめ、んはははと、ため息をつきつつ苦笑した。

 

合唱団事務室に引き上げた先生とデスクさんを、中梅煋次朗はソファーにかけたまま迎えた。

「中梅君、2メゾ森村の未来からの持ち物をオリオンの団員に盗られた。」

「見てました。ここの前をすっげ瞬足で走って行きやがった。」

「先生は、合唱団指導者失格だな。彼から目を離したばっかりに致命的な大ミスを…。男じゃなかったら『ミス日本コンテスト』最優秀受賞者だ。」

「そんなコト無いですよ。仕方なかったんです。同じ部屋にいたんだから、目を離してたわけじゃない。」

中梅は立ち上がり、体側がわを先生に向けて応じた。

「あんな団員は、先生は初めてだよ。」

「この少年合唱団と先生の大ファン?…僕は超嫌がられてるみたいだけど。」

「私らを見た時のあの子の激喜びように、この合唱団の未来は極めて明るいと思えた。」

「僕もです。」

「時間を変えてしまいそうだっていうのに、あの子に同情してる私がいる。まるで、自分の赤ん坊を初めて抱き上げたときみたいな、母性本能くすぐられる…みたいな。」

中梅はソファに沈んだ指揮者を見下ろす視線で、うふふと穏やかに笑った。

「あっ!今、森村くんは、どこにいる?」

 

森村ブラッド満は練習場の楽譜戸棚の前で、オリオンのハチベエが撮影していたタブレットを取り上げ、感激しながらページ送りをくりかえし眺めているところだった。

「何、見てんのよぉ!」

騒ぎを聞きつけてアオケン少年の背後から部屋に入って来た斉藤なつきがそう声をかけると、未来少年はギャーとか◎△$○&%#!的なわけのわからない叫びをあげて驚愕した。

「いや、ちょっと…僕が歌ってる曲があるか調べてたとこで…」

「ましましましかだけど、何か入力してないよね?」

「ましかですけど、未来の情報なんか入力してませんって!…って確認します。」

「大丈夫だよ…からかっただけ。でも、まじで視聴履歴も含めて全部消して!」

「100パーセント了解です。」

顔色が変わり、咳払いをした彼がソプラノ最右翼から3番目の椅子に腰をおろしてタブレットの履歴を調べ始めると、アオケン少年も彼の隣に座って(通常、鷹居兄弟の弟が座っている椅子である)肩を寄せ気味に問うた、

「で、どうなの?気分は?まだ、タイムスリップの後遺症は出てない?」

「…って?何?」

「ひどい吐き気とか…トリニトロン中毒。未来の人は知らないよね。未来からこっちに来ちゃう人がなるわけだから。悪いコト言わないから、なるべくトイレの近くにいたほうがいいよ。ゲロゲロだってよ。」

「ぷっ!」森村の左隣(加賀協太朗の席だ)に座った斉藤なつきが突然吹き出して笑った。

「2人とも僕をからかってるんですか?」

「あのさぁ、森村くん、未来ってどんなカンジ?3Dライダーとか、あるよね?」

「なっちゃん、それ、今も有んじゃん!」

「いや、もっと早くて正確でリアルタイムで色も認識するような…」

彼は自分がミスして未来の情報を漏らすように過去の二人からイジラレているのだと直感し、

「あの、それよか僕ちんはこの少年合唱団の毎日が知りたいです。教えてもらえないですかね?練習日は毎日、大コーフンの連続でしょうね?それにオペラとか大きなステージの出演は、この時代、基本的にライブ見に行くしかないから、団員は他の少年合唱団が実際に歌っているのは殆ど見られないでしょ?自分たちの立ち位置だけをしっかり信じて歌ってた!」

”それが普通”の2人の反応は、こいつ何言ってんだろ?と、ドン引きだ。

「僕の来たコノ時代って、俺らにとって、ボーイソプラノの合唱団の黄金期なんです!アオケン先輩がいて、なっちゃん先輩がいてくれて、古川先輩のギャグに中梅先輩が床で涙をこぼしながら爆笑してるのに、先生の指名がかかると二人でゴージャス美麗でデラックスな少年二重唱を繰り広げる…ってな感じで。」

「古川っちのギャグに中クンが床で涙をこぼしながら爆笑してる…ってのはまぎれもない現実だな。」

「皆さんは、この時代の少年合唱団に生きてるなんて考えると、嫉妬しちゃうカモです!」

「そんなに気に入ってんの?じゃ、もしまだ土曜日にここへ居たら、パート対抗スタンツ大会へ来なよ!アルトのチームに入れてあげるからさ!」

森村は何かを思い出すかような目の表情を見せて尋ねた。

「次の土曜日ですか??それって、指揮者先生のお誕生日記念の合唱団行事ですよネ?」

「次の土曜が誕生日?」

「なんでそんなコト知ってるわけ?」

「そりゃ未来では俺らの合唱団恒例の盛大な年中記念行事で…あちゃ!やっば!まじぃ!」

時間規定2条に抵触する発言をした森村はシマッタ!という顔をした。

「すいません!事務室デスクさんには黙っといてください!」

斉藤なつきが首を傾げて次いだ、

「先生のバースデーのコトで未来って変わるのかな。」

「いや、いや、それ危険性ってか可能性はあるんじゃないですか?」

「ね、やろうか?先生のバースデーパーティー!いいじゃん!気に入ったっす!キミのお手柄にしてしんぜよう!」

「いや!いや、僕の名前は出さないでください!」

「キミって、ナイスっす!惚れた!」

入り口にトナミ・カツノリの姿が見えたので、アオケン少年は森村の肩に手のひらを乗せて暇乞いをした。

「僕、これからトナミ先輩とシェーンベルクの斉唱の練習があるから行くね。じゃ、くれぐれもトリニトロン中毒のゲボには注意だよ。」

「は、はい…」

森村ブラッドはそんなタチの悪い冗談よりも、戸口のところから、2人でお仕置き部屋(個別練習室)に行こうと手招きする6年アルトに向かい、しずかちゃんにウィンクされた野比のび太がオ目々に星を浮かべて恍惚にひたるようなキラッキラの表情で手を振りつつ立ち上がったアオケン少年に驚愕を隠せなかった。

 

彼はお仕置き部屋のドアへ3回に分け合計16回もトナミ先輩の名前を呼びながらノックした。

6年アルトは16回目のあと、不機嫌そうにドアを引き、「お前、誰だ?」という表情で廊下に出て来たので、森村が素早くドアを閉めた。

「おめえ、誰だよ?今、練習してんだからさ。」

「トナミ先輩、あの、アオケン先輩のことでお話が…」

「はイィ??」

「あのぉ…」

「あいつが、何したんだよ?」

「いや、なヵ、調子が変ジャナイすか?もしかして、僕が何かやらかしたんじゃないかって思ってて…」

「うっせーな!あいつはフツーだよ。」

「いや、様子が変なんです。…僕、タイムスリップして来たんですけど、僕の来た世界では、先輩はいつも真面目で真剣に歌って、大笑いしたりギャグ言ったりジョークぶちかましたりしないって伝説のボーイアルトになってて、そのアオケン先輩がこれから卒団までに大・大活躍してくわけだから、そこんところが変わっちゃっちゃ、ちょっとマズいと思って…」

「それを俺様に言うワケ?」

「いや…僕ちんマジで心配なワケで…。僕はこの世界へ来て、もう何回か先輩を爆笑させてたりして…バタフライ効果って言うんですか?なヵ、未来が変わっちゃったらどうしよう…ってカンジで。」

「わかった。わかった。でも、あいつだって普通の小学生男子なんだよ。俺にはよくわかる。」

「はい。でも、僕はアオケン先輩の伝記みたいのは全部読んでるんです。合唱団の記念誌とか卒団文集とか、出演したライブの動画とかだけじゃなく、未来でいろいろダウンロードできる資料は全部。趣味のお掃除とか園芸とか得意なお習字のこととか、トナミ先輩とのBL関係とかも…」

「うっせーヨ!いいか?あいつはおめえが来ようが来まいが、昨日も一昨日も先週も先月もずっと楽しそうに笑って歌って過ごしてるよ。ゴタゴタ言うな!」

「…というコトは、僕はもしかして違う時間線の中へタイムスリップした?」

「ンじゃねぇの?まったく!」

「僕、なるべく早くもと居た未来に戻らないと…!」

「とっとと戻れよ。向こうのつまんねえアオケンにヨロシクな。」

トナミ・カツノリはそこまで言うと迷惑そうにガチャンと開けた扉の向こうへ消えた。

 

「先生、彼らの『一日体験入団・申し込み』書類の自宅住所も電話番号も全部デタラメです。」

「オリオンには合唱団のウェブサイトというものがありません。」

「どうも固定電話番号やFAX番号は公開していないようです。」

合唱団事務室では合唱団に来ていた団員たちを前に、デスクさんが指揮者先生へ報告をしている。

「一応、もう一度調べてみてくれないか?時間をかけて探せば何か…あるだろう?他の合唱団事務局にも問い合わせて…」

彼らの背後から、個別練習室のドア前より放逐の森村ブラッド満が声を発した。

「あの、オリオン少年合唱団の連絡先なら、僕、わかりますが…」

スマホ片手に再度偽情報らしき連絡先にリダイアルを避けて手動で番号を打とうとしていたデスクさんが、呆れ声で制した。

「あのねぇ!森村君、ダメなんですよ!」

「いや、もちろん未来の知識は教えられないっす。でも、僕が覚えてるオリオンの住所を言ってタクシーで連れてってもらうっていうのは?皆さんは行き先の場所を聞かなけりゃいいんですよ。この時代にもタクシーってあるんですよね?多分運転してるのはニンゲンで人力だとは思いますが。」

思わず中梅煋次朗が吹き出し、笑い出した。

「バッカだねぇ。耳塞いで”聞かない”なんて…。え?えっ?…まさか、そんなのアリなんじぇすか、先生?」

 

タクシーの助手席に無理やり押し込まれ、ニンゲンの運転手へ囁くように行き先を告げた2メゾ団員の声を誰も聞かないようにした。未来が変わるのを誰も好まなかったからである。彼らは故意に車窓を見ないように心がけた。

いったいどのくらいの時間、彼らは乗っていたのだろう。指揮者がメーターのはじくタクシー代はあまり行ってはいないと思う頃合いで、彼らはあまりパッとしない雑居ビルのようなところの前へ降ろされた。周囲の看板や住所表示をなるべく見ないよう努力して、『オリオン少年合唱団』という入居者表示板の示すフロアを確認した。

「ともかく、何としてでも未来の機械だけは取り戻そう!先生は刃傷沙汰は覚悟だ!」

決死の覚悟で階段を登り始めた指揮者先生に、森村は追従しながら念をおした。

「先生、この時代の人を傷つけたり力(ちから)ずくで何かしたりすれば確実に未来は変わります。それはマズい。実は僕はオリオン少年合唱団に気のあった友達がいて、いつも一緒にいたり、ここに遊びにきたりもするんです。」

「だから、ここの住所も知っていた。でも、未来の事を話しちゃダメだろ!」

「いや、その子のおじいちゃんもオリオンのソプラノで、ここへ練習に来てるはずです。だから、僕たちがオリオンの子や先生方を傷つければ…」

「確実に未来が変わる。きみのそのオ友達とやらも…」

「消える、かも、しれない。先生、悪い人たちじゃ無いんです。静かに冷静に話し合えば解決できるはずです。先生って、団員の話をよく聞いて任せてくださる指導方針ですよね?有名です。」

彼らはついにオリオンのドアの前に立った。この合唱団も、今日は練習曜日ではないらしく、中からボーイソプラノの歌声はしていなかった。

「相手の話をよく聞いて任せてくださる方針とやらの効果を確かめてみよう。」

彼は軽くノックすると重そうなドアを押し開けた。

 

「ここにいるハカセ君はうっかりこの手提げを持って行った。」

「ハカセ…というのは?」

外見としてはあまり誠意のありそうに見えない嫌な顔色をした男が「指導者ですが」と応対する。

「手提げには私たちの合唱団に関するものは何も入っていない。ここにいる子の個人の持ち物で、…誰と交信する機械だったけ?」

「Serritothっていう、ネプチューンへのマイクロプローブです。」

「お笑いトリオか。」

「この子に返してやってくれませんか。」

「それは脅迫ですか?」

「いえ、お願いです。合唱団の物ではないんです。先生もここの団員たちを大切になさっていらっしゃるでしょう?私もです。高価な機械で、たぶんお家の方が買い与えたものだと思いますので。」

「いや、先生、長沢浄水プラント宇宙研の千葉先生から借りたんです。奥さんが霞ヶ関ビルの37階に居る…」

「どうしたら、納得してくださいますか?」

「はいっ!先生ッ!提案です!」

ブラッド満は自らの右手を確信に満ちて挙手しながら言った。

「キミに聞いてんじゃ無い!」

たちまち未来少年は側のトナミ・カツノリに耳打ちのポーズで、

「先生に、”オリオン合唱団は楽譜のアーカイブが至上命題だから、ウチの合唱団オリジナルの楽譜をいくつかプレゼントするのが一番の友好の証”って伝えてください」と普通の声で囁いた。

「森村君、ハッキリ聞こえてる!」

指揮者先生は素直に交渉へかかった。

「…わかりました。うちの合唱団のオリジナルと編曲譜をいくつか進呈しましょう。持ち合わせてはいないので、メール添付、ファックス、こちら持ちで郵送・宅配…どれがよろしいですか?」

未来から来た子は安堵でホッと肩を撫で下ろした。

 

 

往路では身体に何も起こらなかった森村は、アオケン少年や指揮者先生とヘッドセット装着のうえ、復路のロングシートに腰を下ろし、タブレットに電源を入れ、ニャンちゅう!宇宙!放送チュー!の手提げへ入れためっちゃヘビーな通信セットを脚の間に押し挟んで流れる車窓の光景を、何か一心に念じながら見ていた。本人の体調としては特に何も起こりそうにない。普通の状態しか感じなかった。立ったまま彼を見下ろす格好の「現在」の団員と先生も空ろな目線。

車内へ次の駅への到着アナウンスが漏れ出てきたのと同じタイミングだった。

一行には、周囲が閃光では無いが何かぼんやりと白金の光で照度を増したような印象に取り変わったことがわかった。未来少年は「いよいよ始まったな」とは思ったが、過去へ戻ったときのような体の芯の熱さを今回は感じなかった。それどころか寧ろ、その炎熱は体の右外側からだけ感じる。彼は両脚の間へ通信セットを挟んだまま立ち上がって言った。

「僕がここへ来たのは、とんでもない事故だったのかもしれません。でも、お会いできたのは、人生最高の素晴らしい体験でした。どうもありがとうございました。このことは一生忘れません。」

彼の右腰の辺りへの光輝がもはや疑いようもなくなったので、指揮者も起立した少年を見据えて声をかけた。

「いや…ホント…大冒険のような1日だったが…私たちの幸福な未来のためにも、2度と来ないでくれよ。それじゃぁ、長寿と繁栄を。」

アオケン少年はニコニコと目の前で左手を挙げ、バルカン星人の挨拶をしている。

光の束は森村の右側でいよいよ確実に輝きを加え、そこに何かが起こる事を告げた。未来少年は右側を向き、アオケン少年の目を名残惜しげに見て微笑んだ、そして両手でバイバイと別れの挨拶をしようと両の掌を広げた途端…

 

車窓からの光を背に、真っ黒く見える高さ145センチくらいの物体が突然森村の両腕に飛び込んできた!

 

抱きつかれた未来団員は押し倒され、その上に乗った地球人の幼生のような生き物の頭で、まだ光りの粒がふわりと残った阿弥陀かぶりの紺ベレー帽の天頂が弾みをつけて起き上がり言葉を放った。

「ふっ!ヤッたぁ!成功!成功!大セイコー学園!」

「マリオ!何してんの?」

「助けに来たに決まってんじゃん!」

「えっ!何やってくれたんだよォ!まったく…」

「ね、ちょっと、もしかして僕、今、タイムトラベルした?!うっひょー♡ここになっちゃん先輩とか、居る?マジ爆発ぅー*☆!なっちゃんパイセンと会えたりなんかできるですかね?!まじ最高ぉに、すごすぎー!!大昔だけに、チョベリグー!」

指揮者先生は白目を剥き、がっくりと肩を落として胸元からボンタンアメの箱を取り出す。パッケージのセロファンへ諦念のままメッセージを発した。

「少年合唱団事務室デスクへ。私だ。未来の団員が1人増えたのでそっちへ戻る。連絡以上。」

御堂マリオは通信の間も駅へ入線した車内で間断なく興奮して喋りまくっている。

「ね、あれって、大昔の通信機じゃん?ちゃんと自爆とかしてた?でもデザインが、なヵ、どショボくね?それに、通団服もダっセぇし。コレに白ハイソックスは有り得んコーデっしょー!団徽章の古臭さとか終わってるカンジしねぇ?」

森村ブラッドは、「ウソだろ…」と一言発したきり、取り返しのつかない事態の発生に両目を閉じて電車とホームドアが開いたのも気がつかなかった。(つづく)

 

 

🚇🚇『宇宙快速線 後編』へ ⇨つづく