小学校の授業参観 「海の命」立松和平
お忙しいときに小学6年生の授業を参観させていただいた。主目的は、中学校へ入学する生徒の観察。たまたま、国語をしておられたので没頭して参観。授業は「海の命」(立松和平)生活の糧を得るためのクエ漁漁にかかわる登場人物の言動を見ていればおのずと、富を得るための漁ではないことに気づく。「漁」の技術を磨き、これまで生活の大半が「漁」であった主人公が、さらに大切な「命」の存在に気付いて、「命」をつなぐための「漁」へと変化していく…。(そんなふうな作品かと感じました。)父の仇を討っている場合じゃない、祖父も、父も、クエも、「海」だったわけです。自分自身も「海」になっていく。命の存在に気付くということは、この現代社会ではなかなか起こりません。命を奪い、命を食らって、自分の命をつないでいるのに…。肉親の死という、自らの体の一部といっていうような大切なものを奪われることから「命」の存在に気付くだろうが、それは悲しい命との出会い方、子が生まれ家族が増えるのはうれしい命との出会い方「糧」ではない「命」を奪うことが、教えられてきた「漁」に反する行いと気づいたのかもしれない。思考した結果ではなく、感じた結果。海とは…深遠なる命の源漁とは…生活の糧である「命」を海から分けてもらうこと祖父の言動…悟った人の言動 かな?海のいのち (えほんはともだち 25 立松和平・伊勢英子心と感動の絵本 2)Amazon(アマゾン)