【思いは一つ、頑張ろう熊本編 その1】
2016年(平成28年)10月10日(祝)、晴れ
この日は息子君の部活が休みだったことと、
甚大な被害を引き起こした熊本地震から半年を経過したことを踏まえ、熊本市に行きました
熊本市に向かう途中、ちょっと寄り道すると、有明海越しに雲仙普賢岳が綺麗に見えて~
『あはは・・・』
僕のサングラスをかけて、ご機嫌な息子君だったよ~
そして、9時15分に最初の目的地である
熊本市西方の金峰山(きんぽうざん)山麓にある「雲厳禅寺」に到着し~
早速、駐車場からお寺までテクテク歩いていくと~
竹林から溢れる朝日を浴びて、気持ちよかったよ~
また、ここは山の中にあるので、空気も澄んでいて気分爽快で~
10分ほど歩くと、漸く入口に到着し、恒例の写真撮影をしちゃったよ~
そして、更にテクテク歩き~
まずは本殿に静かに手を合わせました
因みに、何故熊本市に向かう前にここまでやって来たかと言うと~
巌流島の戦いで佐々木小次郎を倒した宮本武蔵が、
晩年この寺の奥にある「霊厳洞」に籠って「五輪書」を書いたと言われており、
歴史オタクの僕としては、是非見てみたいと、ず~っと思ってたからでした
因みに、「五輪書」とは剣豪宮本武蔵の書いた兵法書で、
「地の巻」・「水の巻」・「火の巻」・「風の巻」・「空の巻」の五巻から
剣術の奥義が構成されているんだよ~
宮本武蔵が籠った「霊厳洞」とは一体どんな場所なのか、一緒に散策してみましょう
9時26分、ここからは有料ゾーンなので入園料2名400円を払って中に入ると~
宮本武蔵ゆかりの品々が展示されてたので、しげしげと見つめると~
『おお~っ』
『これ見たことある~』
因みに、上の絵は島田美術館が原本を所有する「宮本武蔵肖像」、
下の絵は宮本武蔵が描いた「達磨図」なんだよ~
どっちもレプリカだったけど、
こういうのが登場するとテンションが上がり、元気よく階段を上がると~
この先は急な下り坂になっていたので、息子君がちぃ君を肩に担いで~
因みに、「危ないから僕が連れて行く」と言ったのですが、
どうしても息子君が連れて行きたいと言い張ったので、息子君に委ねたんだよ~
決して、僕が楽したくて息子君に押し付けた訳ではないので…
(と書いても、ツッコまれそうだけど…)
そして、ここには五百羅漢があり~
『武蔵もこの像を見ながら、色々考えたんだろうな~』と思いつつ~
更に先に進むと~
(って、写真撮るのに時間がかかり、息子君の姿は見えません…)
『お~、いたいた』
ここには延命地蔵寺があったので、しげしげ見ながら、僕を待っててくれてました
息子君は思春期の入口の中一生だけど、こういう所が優しいんだよね~
その後、階段を上がり~
『下りるくらいなら、上りとかなかったらよかったのに~』
と階段に文句を言っても仕方ないものの、既にこんな道を10分も歩いていると、
そして、いよいよ~
宮本武蔵が「五輪書」を書いたと言われる憧れの地に到着しました
ここは訪れた者しか分からないほどの厳かな雰囲気に包まれてたよ~
しかし・・・
ここまで来るだけでもヒィヒィ言ってたのに、最後の階段は強烈だったよ~
『わざわざ武蔵もこんな奥深くに籠る必要なかったのにな~』と身勝手な感想を抱いて上ると~
『おお~っ』
一瞬前の邪念を吹き飛ばすように厳かな雰囲気のなか、
岩戸観音が飾ってあったので、静かに手を合わせました
きっとこの洞窟の中で、巌流島の戦いのこととかを思い出しながら、
「五輪書」を書いたんだろうな~と思ってると~
小さなお地蔵さんを発見しましたよ~
この小さな洞窟の中で、僕も武蔵の気分に浸りながら、
巌流島や粟島や江ノ島のこととかを思い出してると~
上ったんだから当然だけど、下りもあったんだ~
それにしても、落ちないよう精一杯頑張って下りました~
晩年の武蔵像でした~
その後、再び車に乗って~
震災からの復興を目指している熊本市へと到着しました~
ちょっと古い昨年秋の熊本編は、これから始まりますよ~
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