『アズ・タイム・ゴーズ・バイ』

ステファン・グラッペリ&古澤巌(ヴァイオリン)
録音:1996年8月、パリ

ちょうど30年前の1996年6月、大阪・いずみホールでステファン・グラッペリ・トリオのコンサートを聴きました。グラッペリは1930年代に始まるヨーロッパのジャズ史の生き証人であり、驚異的で洗練されたテクニックに支えられたヴァイオリン演奏は、広い層の音楽ファンから愛されました。その妙技に接した直後の録音ということで、発売当時、大変感慨深くこのアルバムを聴いていましたが、翌97年12月にグラッペリが急逝。高齢だったとは言えかなりのショックを受けてしまい、以来、この演奏を氏の次世代へのささやかな遺言と受け止めるようになりました。 

古澤氏の音は現代的な色を持ったヴァイオリン。なかなか情味豊かな演奏ですが、グラッペリの方はもっと達観した弾きぶりで、単純に今風とも懐古的とも言い切れない芸風。曲のメロディとコード進行に沿って、人間のさまざまな想念が明滅するような趣きがあります。

粋で優しい音色の中に、激しい戦乱の世をくぐり抜けた音楽の歴史の重みが刻まれたヴァイオリン演奏。各曲の数分間は至福のひと時であり、古いパリの下町の木洩れ日のように美しい。クラシック音楽を聴く私としては、もしティボーやグリュミオーがジャズ奏者だったなら、こういう語り口のヴァイオリンを聴かせただろうか、などと想像を巡らせてしまいます。