クロヤギ頭の読まず買い -24ページ目

クロヤギ頭の読まず買い

ちまちまと進まない読書をしつつ、本を買うのは止められない。

こんなに買っていつ読むん?と自分に一人ツッコミを入れつつ日々を暮らす不良主婦の読書(購入)記録ブログ

震える舌/三木 卓(新潮文庫 昭和55年)


先日友人に教えてもらった映画の原作。

絶版らしくてネットの古本で購入しましたが…昔の新潮なので活字が読みにくくて。


定価は200円ポッキリ(笑)


☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆


自宅で校正の仕事をしている私と妻の邦江、幼い娘の昌子。

私は妻のしつけは甘いと考えており、妻は夫のしつけは厳しすぎると考えている、高層共同住宅に住む平凡な家族である。


ある朝、風邪気味なのかお粥が食べたいといった娘に、その粥を食べさせようするのだが、どうやっても口を開こうとしない。


匙を何度も口もとまで運ぶ妻、食べないとお尻をぶつと脅す私。


邦江が何度か病院へ連れてはいくもののここでも口を開こうとしない娘は、おざなりな対応しかされず帰ってくる。


やがて私は昌子の歩き方もおかしいことに気づき、夜には顎が痙攣し自分の舌を噛んで口から血を流して泣き叫んで目覚めるという発作に襲われる。


休日診療の病院でようやく診察らしい診察を受け破傷風の可能性を疑われたものの、翌日大病院で診察を受けるようにと自宅に帰される親子。


そして恐れた通り、大きな発作が。


救急車で運ばれた昌子と家族の病魔との闘いが始まる…。


☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆


人は一度体験したことには次対処する際に余裕ができたりもしますが、その経験が耐え難い苦痛であったり、自分ではどうしようもなくパニックに陥るような災厄であったりする場合には、これから起こることをリアルに想像できてしまうことが更なる恐怖を煽る場合もあります。


知人や親戚から入院費用を借り、昼も夜も区別なく病院で娘が生死の境をさ迷うのを看るうちに、やがては妻も精神的に常軌を逸し、妻も夫も指や髭剃りの傷から自分たちも感染しているのではないかという不安に苛まれていく…。


友人は幼い娘さんと三人家族なので、自分にもし同じことが起こったらと、想像もしつつ観たのかもしれません。


うちも息子が喉が痛いといって風邪薬を飲んで寝た翌朝、舌が腫れ上がり、口が開かなくなって即入院という経験をしているもので、このような命に関わる大病ではなかったもののリアルな描写に当時を思い出してしまいました。


三木さんの作品は自身の体験からくるリアルな描写のなかに、時折感覚や感情から呼び起こされたぶっ飛んだ?イメージの世界が挿入され、それはそれでおもしろいのですが、是非映画での表現も観てみたいもの。

エルサレムの秋 (Modern&Classic)/アブラハム・B・イェホシュア
(2006)
¥1,680
Amazon.co.jp

ホムペで読書感想を書いていたころからの本トモ・千代さんのブログ の記事から読んでみた本書。


これも多分、自分ではなかなか出会うことのなかった1冊かもしれません。



著者はイスラエル・ヘブライ文学を代表する作家。


イスラエルは良くも悪くも作家がオピニオンリーダーとしての役割を長く果たしてきたお国柄だそうで、このイェホシュアも例外ではなく、1995年には日本では国民栄誉賞か文化勲章にあたる「イスラエル賞」を受賞、そしてこの作家のほとんどの作品が映画化・戯曲化されているというほど、イスラエルでは国民的な作家らしいです。


自分で使っといてなんですが、この"国民的"って言葉はいつからこんなに濫用されだしたんでしょうかね。


なんでも国民的ってつければええってもんやないし、ポピュラー、人気のある、代表的、くらいに校正しておきましょうか?(笑)


ところでこの"国民的"でちらっと検索してみたら、おもしろい記事を見つけました。


タイトルは「国民的吊革の握り方」…鉄道ファンの方みたいですが、いや、ええわ。こういうの大好き!


…鉄道の話を出したからというワケではありませんが、また脱線しました。



肝心の内容はというと、中編になるでしょうか、「詩人の絶え間なき沈黙」という作品のあとに、表題作「エルサレムの秋」、この二編が収録されています。



「詩人の絶え間なき沈黙」


筆を折った老齢に差し掛かった詩人に予定外の子どもが生まれます。


とまどいを伴って家族に迎えられた息子は、話すことも歩くことも人より遅れ、家族の誰の"後追い"もせず育ちます。


そして彼が六歳になった頃、高齢出産の後衰弱していった詩人の妻が亡くなり、二人の娘が逃げ出すように嫁いだ後、老いた詩人と息子と二人の暮らしが始まるのですが、ある日息子は父が詩人だったことを知り、詩に興味を持ち始めます。


成長した息子に日々の細々したことを支えられながらも、息子の反応に苛立ちとも焦りとも思われるものを感じる老詩人ですが、言葉少なな中でも、息子が父親を、父親が息子を、見守るような長年培ってきた静かな愛情のこもったまなざしが感じられる、そんな物語。




「エルサレムの秋」


「…エルサレムの秋のはじめ、休暇の終わりの三日間、ぼくは好きだったひとの三歳の息子を預かった。


最初はその子のことをあれこれ思い、それから、殺したくなった。だが、なぜかそうはいかなかった。その、なぜ、をぼくはいまだに探りつづけている。…」


ドヴがかつて愛した、そしてまだ今も想いを残す女性・ハヤとその夫が、ガラリヤのキブツを出てエルサレムの大学で勉強したいという。


その手続きの詳細や書類の取り寄せもしてやった上、入学試験の間ヤーリという愛称の息子を預かることになったドヴ。


同居中のヤエル(自然愛好家でイバラの研究者)は幾日も留守にすることは当たり前で、今回もこのことは知らずに出かけている。

かつて愛した女性に似た面差しの男の子と二人で過ごした青年の三日間の記憶を綴った物語。


幼い子どもと過ごす日々にありがちのことだったり、ヤエルの自然愛好家仲間がとんでもないモノを持ち込んだり、三日の間にいろんな出来事があって、扇情的な表現はなく淡々としているようで、読み手をハラハラさせてくれます。


ヤーリを預けにきたのはその父親で、まだハヤには会っていないドヴですが、かつての想い人から電話がかかってきたらこういう会話があるのではないか、と誰しもが一度は思い描くような想像のシーンもあり、ほとんど家で過ごした三日間にもかかわらず、情感にあふれて、かつスリリングな展開になっています。


また機会があれば、他の著作も読んでみたいですね。

薬屋のタバサ/東 直子
(2009)
¥1,470
Amazon.co.jp

「ややこしくなった、心と身体がほぐれる魔術的な恋愛小説」…こんな惹句から、かつての『漢方小説』みたいなもんか?と古本で買って読んでみました。


そう思って買ったにしろ、私の場合は読み始めるまでに時間がかかるのと、読む前に本編以外の部分をあまり眺めないので、読む頃にはほとんど白紙状態です(笑)


☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆


ある小さな町で、祖父から受け継いだ薬屋を一人営む平山タバサ。


その店にどこからともなく現れ、住み込みの店員としていついた山崎。


タバサの調合した薬を山崎がその父親に届けた自転車屋の主人・日吉は


「これでおやじも楽になれる。こちらも予定が立つ」と意味のよくわからない言葉を漏らす。


その後急に山に登れるほど元気になった日吉の父親だが…。


枯れるがままにされた庭の植物。


裏の池を手首から流れる血で染め、息子にその美しさを見せたため失血死したというタバサの母・ルリ。


その人の心が投影された幻のようなものだとタバサのいう少女のようなおかっぱの老女・マサヤ。


「どこにでもありそうな町。しかし、ここにしかない町。町は、人間が、人間のために作った、巧妙な巣なのだ。」


☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆


読み始めて文章をいくらか追っていると、あれ?っと思う箇所があります。


意図的なんでしょうし、最初からそれと気づいてる方もおられるでしょうが、私のような単純バカは固有名詞という先入観に捉われていたことに気づいてはっとしてしまいます(笑)


「せんないことですよ、そこにいればよろしいでしょう。」


薬局にいた誰とも知れない老女が、薬を買いに来た若い女性にかけた言葉が、山崎の胸に自分にかけられた言葉のように残ります。


「ころんでしまうよ。」


そして、マサヤさんの独り言のようにつぶやいた言葉もまた…


これはほら、『さよなら、スナフキン/山崎マキコ』の中年版だわ、とかって勝手にイメージを決め付けましたが、恋愛小説というよりは"自分の居場所探し"小説ですか…


それにしても夢とも妄想とも千切れた記憶の断片ともいえないシーンが時々、フラッシュバックのように織り交ぜられる独特の雰囲気を持った不思議な話です。


私に輪をかけてストレートなうちのダンナならば、何がいいたいかわからんと窓から投げる(笑)


私も特にラストはどう解釈してよいもんかと。


著者は新聞で連載もされたり有名な方のようなんですが(しかも美人)、私は略歴で「へえ~、第7回歌壇賞受賞ということは歌人なのね。」と知った始末でごめんなさい。


「千手観音の一本の指にうまれなおす」


タバサの母親ルリが残した"走りがき"の数々の言葉が思い浮かび、さもありなんと思う。

また他の作品もこんな感じなのか興味があるので、またいつか再挑戦してみたいと思います。


著者のサイト 直久http://www.ne.jp/asahi/tanka/naoq/


漢方小説/中島 たい子

¥1,260

Amazon.co.jp







スタンド・アローン/ローラ・リップマン(ハヤカワ・ミステリ文庫) 吉澤 康子 訳(2000)


元新聞記者で競漕用ボート乗りのテス・モナハン活躍するシリーズ3作目。


今回は訳者が変わって4Fになったの?

まあ、3Fでも4Fでも3Dでもあんまり気にしてないって話もあります…ってここ突っ込むところね(笑)

これまでの2作に登場したテスの親友でよきライバルのホイットニーは日本へ、かつて愛した記者仲間のジョナサン・ロスは他界、新たな恋人候補、テスの叔母・キティの雇われ人で追っかけ?だったクロウはテキサスへ、毎日朝の練習を一緒にしていたボート仲間のロックもいない。

最初は新聞記者、やがては失業中だったテスが探偵事務所を始めて、主だった交友関係も様変わり。


過去のいきさつから忙しくないのに忙しいフリをして暮らす洲機関職員の伯父・ドナルド、テスの大家で女性のためのあるいは極めて特徴的な女性の登場する本を扱う書店の超モテ店主・叔母のキティ、国家安全保障機関で働く母親のジュディス、かつてはボート競技のオリンピック候補だった弁護士のタイナーなどのメンバーは健在である。


そして『チャーム・シティ』でテスのもとにやってきた愛犬のグレイハウンド・エスケイ。

ちなみにこの"エスケイ"というのは本人ならぬ本犬の好物のソーセージの銘柄らしい。


そういえば、もともと赤毛のテスが成長して髪の色が少し黒くなったというセリフがあるので、今回の表紙はこんなもんでしょうかね?


☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆


"シベリア原野のように"空白ばかりの予定表に記されたテスの最初の依頼人は、元受刑者だとういう老人だった。


しかも、私有地に侵入した少年を狙撃して殺害し、ブッチャーズ・ヒルの”虐殺者”(ブッチャー)と異名をとった男なのだ。


彼は殺害現場を目撃した少年少女に償いをするために、彼らの捜索を依頼したいという。


そして二番目の依頼人、裕福そうな美しい褐色の肌をした女性の目的は、失踪した姉を探すこと。


テスがその姉を探し当てたと思った時現れたのは…。


☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆


ボルチモアを舞台にしたアメリカの刑事ドラマの話や、(多分)本国の読者には説明不要の地名・人名や建造物、本の引用などなど、話についていくには想像力を鍛えるか、細かいことはは無視。


このシリーズの魅力は、たとえばテスが事故で下半身が不自由なタイナーとジムにトレーニングに出かけたとき、声をかけてきたナンパ野郎とのやりとりなんか。


これは相手よりも強いこと速いことなんかに悦びを感じるスポーツウーマンならではの報復なんだけど、読んでいる方もニヤッとスカッとします。


料理ベタでパーティ好きのワインスタイン家の祖母に振り回される母親とか、摂食障害のあったテスが食事よりもデザートを優先するところとか、家庭や個人的な部分が明らかになった反面、ライバルがいなくなってボートを漕ぐシーンが減ったのが寂しい。


老人の探す目撃者が里子に出された子どもを保護する夫妻の管理下にいた少年少女で、実は老人が刑を終えた今でも無罪を主張していること、そして二番目の依頼人の本当の目的は里子に出した娘を探すことだったこと、そうするうちに、テスが見つけた少年が殺害され、そしてまた身内絡みのネタが仕掛けてあって…と、まぁいろいろありますが、やっぱり見所は二つの再会シーンでしょうか。


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