今年は妻の行きたい場所に行こうということで、プレゼンされたのが長崎でした。
でも僕の希望も一つ入れて欲しいな~。
ってなわけで、今回の旅のハイライトの一つとして強引に組み込んだのが「雲仙・普賢岳」への登山でした。
僕の趣味に付き合わされる妻と娘はたまったもんじゃありません。
それでも文句も言わずに付いて来てくれました。
平成の初めに噴火による火砕流被害を引き起こした雲仙普賢岳。
1995年の終息より30年の節目の時に、山に登る機縁をいただくことができたのです。
《雲仙・普賢岳噴火災害》
(時事通信より写真転載)
1990年(平成2年)11月16日に山頂付近にある神社脇の2か所より噴煙が立ち上り噴火。この噴火は2つの噴火孔より熱水の吹き上げと雲煙を認めるのみであった。同年12月には小康状態になって道路の通行止めなども解除になり、そのまま終息するかと思われたが、1991年(平成3年)2月12日に再噴火。さらに4月3日、4月9日と噴火を拡大していった。
5月15日には降り積もった火山灰などによる最初の土石流が発生、さらに噴火口西側に多数の東西方向に延びる亀裂が入り、マグマの上昇が予想された。5月20日には地獄跡火口から溶岩の噴出が確認。溶岩は粘性が高かったために流出せず火口周辺に溶岩ドームが形成された。
溶岩ドームは桃状に成長しやがて自重によって4つに崩壊。その後も溶岩ドーム下の噴火穴からは絶え間なく溶岩が供給されたため、山頂から溶岩が垂れ下がる状態になり、形成された順番に第1-第13ローブと命名された。溶岩ドームの崩壊は、新しく供給されるマグマに押し出されたドームが斜面に崩落することにより発生し、破片が火山ガスとともに山体を時速100キロメートルものスピードで流れ下る火砕流(メラピ型火砕流)と呼ばれる現象を引き起こした。
噴火活動は途中一時的な休止を挟みつつ1995年(平成7年)3月頃まで継続した。火砕流が世界で初めて鮮明な映像として継続的に記録された噴火活動である
特に大規模な人的被害をもたらしたのは1991年(平成3年)6月3日16時8分に発生した火砕流である。
戦後初の大規模な火山災害となる、40名の死者・3名の行方不明者(実質、生存は絶望である)と9名の負傷者、焼失建物179棟(うち住家49棟)の惨事となった。
《登山の解禁》
雲仙岳とは、妙見岳、国見岳、普賢岳など三峰五岳から成る火山群の総称で、主峰は普賢岳。
平成2年(1990)11月に噴火を始めて以来、入山禁止となっていたが、平成10年(1998)4月に、火山が活動が下火になったと見なされ、登山解禁となった。
いざ、「雲仙・普賢岳」へ!
雲仙仁田峠循環道路入口。

仁田峠循環道路案内所。

一方通行の道路。

仁田峠第二展望所。

「仁田峠」

車を降りた瞬間、みんなが「寒っ」ってなって上着を羽織りました。

小雨が頬にいくつか触れる中、ロープウェー駅へ向かって登り始めます。

乗り場の脇にある普賢神社拝殿にお参りして安全祈願。
本殿は山頂付近にあるようです。

あざみ谷の入口。
事前に情報にあったように、やっぱりこのルートは土砂崩れで通行止めのままでした。

最短のルートが通れないのは痛いですが、妙見国見ルートを往復するしかありません。

妻や子供の体力を考え、ロープウェーを往復で利用して登山することにしました。

「雲仙ロープウェー」
「仁田峠駅」発。

ガスがかかってきたな~。山頂が真っ白で視界がなくなったりしたら洒落にならないけど。

観光の皆さんと少し服装が違います。

「妙見岳駅」着。

妙見岳駅を出てすぐ左に登山道入り口です。
子どもたちは先へ先へと急ぎたがります。
今回はちゃんと熊鈴も鳴らしながら行きました。
分かりにくい時だけ僕が先導。
展望所には脇目もふらず、登山ルートを上ります。


走っていく子供たち。

「妙見神社」

案外平坦路が続きます。


下りになってきました。
小浜方面は真っ白ガスで覆われ、島原方面は晴れています。
分岐で待ちくたびれる三人。

「吹越分れ」
この分岐は「国見岳」方向に進みます。

時々他の登山者とすれ違いましたが、道が狭いので脇に避ける必要がありました。

鳥たちや虫たちがいい声で鳴いていますね。


まだまだ余裕のおしゃべり。


ヤッホー!
「国見分れ」
ここまで順調なペースでやってきました。

この分岐を意気揚々と「普賢岳」方向に進みます。

けれども、ここからこの看板の文字が身に染み始めるのです。

妙見岳から普賢岳へと繋がる山あいを一気に下る道になりました。
この斜面で妻は一気に足にきてしまいました。

しかも本道が崩れてしまっていて、迂回路になっています。

さらにきつい急坂の悪路となっていました。

序盤の段階ですでに足がふわついていた妻にとって、踏ん張りが効かないという感覚があるためなかなか足が進みません。

とにかく滑落しないようにだけ気をつけ、時に僕が補助しながら慎重に下りました。

大変な場所ですが、国見岳と普賢岳の山あいの風景は素晴らしいです。

とはいえスピードが上がらず刻々と過ぎていく時間。
予定より少し早くて順調だったはずが、逆に30分ほど時間が押してしまっています。
ベンチで待っている子供たち。

「鬼神谷口」
登山ルートと新登山ルートの分岐となる場所です。

ここから西の風穴、北の風穴、鳩穴分かれ、立岩の峰、霧氷沢分かれへと迂回する新登山ルートに向かう予定でした。

しかしながら妻の疲労度と予想タイムを頭の中で巡らせると、頭が危険信号を発してきます。

時計とひとしきり睨めっこした結果、風穴を通る迂回コースはあきらめ、「よし、このまま普賢岳に直行する」と決断。

「紅葉茶屋」
ここも分岐ですが、下りのあざみ谷方面は通行止めです。

ここからひたすら山頂へ向けて登ります。
子どもたちは楽しんでますね。
道に横たわった木におでこをぶつけてしまい悶えている長女。


段差に苦戦する妻。

「あなたの行きたかった場所全てを叶えてあげられなかった」と自分を責めようとしていましたが、僕は普賢岳にみんなで登れただけで大満足です。
昨日は移動疲れであまり調子よくなさそうだった長女が、山に来てから絶好調です。
時間に余裕ができたので、やっぱりコース変更してよかったと思いながら妻を見守りました。
冷気が気持ちいいね。

最初は肌寒いほどでしたが、歩くうちにちょうどいい体感温度になりラッキーでした。

妙見からの下り道のような悪路はなく、ほとんど危険はない道でした。

鎖のスポット。
嬉しいことに、頂上に近づくにつれて晴れてきました。

岩の上にできた光と影のコントラストが美しいです。

「ファイト。もう一息だよ。」

いよいよ山頂間近の目印となるお社が見えてきました。

「普賢神社本殿」
普賢岳噴火により火山灰に埋もれてしまいましたが、13年後に再建。
山そのものを神格化して「普賢神」と呼び、そこに普賢菩薩の徳を重ね合わせて祀っているそうです。


登頂の瞬間。
「普賢岳山頂」
きたぞ~!!

背後に見えるのが噴火の際に誕生した「平成新山」。


家族で山頂まで来れるなんて最高で~す!!

ガスで山頂から景色が見えないことも懸念していたのですが、この時間に合わせて晴れてくれました。


三女は岩に左足の弁慶の泣き所を打ち付けてしまい、すすり泣きです。
普賢岳の上でおにぎりを。

ぱっくん。

ぱっくん。

ぱっくんと。

よい写真が撮れて、太陽の下でおにぎりも食べれて、ほんと最高でーす。




だんだんガスが回ってきて、天気が悪くなりそうな雰囲気になってきました。
まさか夏山でホワイトアウトになることもないと思いますが、急いで下山します。

三女が一人分岐の先に進んでしまっていて、何度も大きな声で呼んでも返事がなかったので「もし分岐をまちがえていたら」と不安が一瞬よぎりました。
長女と次女が先へ急ぎ、見つけ出して待たせてくれました。あ~よかった。

「行きはよいよい帰りはこわい」という曲が脳内で再生。



通せんぼした木に今度は頭を打たないよう気を付けてくぐります。
「紅葉茶屋」

土砂崩れさえなければ、このまま「あざみ谷ルート」を下っていけるのに・・・。

すごく不安そうな表情の妻。

来た時と全く同じ道を帰ります。


「鬼神谷口」

このままのペースだと、ロープウェーの最終便に乗り遅れちゃったりしないだろうかというのも頭をよぎります。

休んでも足が回復していないとのこと。まずいな~・・・。
これからが再びきつい登り坂だというのに。
最後の難関。
プルプルした足が危険を伝える場所もありました。
けれども、不安を覆すように、下りの時と比べて、登りはかなりいいペースで進んでくれたのです。
「ここまで来たら大丈夫だ」という確信で満ちた瞬間でした。


「国見分れ」


「吹越分れ」

改めて新登山道をあきらめて正解だったと思いました。

予定通り進んでいた場合、もしかしたら日が暮れまでかかり焦っていたかもしれません。

「妙見神社」
「無事に戻ってきました」と感謝のご報告。

「もう戻れないかと思った」と安堵する妻。
今度は展望所にも寄ってみます。
「雲仙ロープウェー」
結局コースは短縮したものの、ほぼ予定通りの時間に乗れました。
さすがにみんな座りたい(笑)

ほんとよく頑張ったよね~、お疲れ様。

仁田峠駅到着。

僕の背中の荷物はクーラーボックス。
みんなの食糧とドリンクを背負って、頑張りました(笑)

「仁田峠」
「おお、帰ってきたよ~」と感激しながら車に帰還。
お土産物屋に見に行く元気があるとはたいしたものですね。

「車に乗って待ってるわ」

僕は車の中でしみじみと湧き出す感情を味わっていました。

二つの動作が合わさることを「仕合わせ」というそうですが、5人で共に山を登れたことは、何にも変え難い「仕合わせ」であり「喜び」です。
ちなみに今朝のテレビ番組の占いで「蟹座」が12位で、みんなから「お父ちゃん12位だ〜」とか言われたんですけど、どう考えても僕に起こった今日の出来事を省みると1位だったとしか思えません。

素晴らしい一日でした。
みんなお疲れ様。本当にありがとう。