以前「千島学説」のことを取り上げました。

 

 

千島学説とは、生物学者・千島喜久男博士が提唱した、現代医学の常識とは全く異なる学説です。

 

 

 

「千島学説」についてはこちら

   ↓

 

 

 

その学説の中に、細胞は赤血球が変化したものである、という

「赤血球分化説」があります。

 

 

「赤血球は、白血球を経て体のすべての細胞に分化し、体の組織に変化する」

 

 

 これは「血が肉となり、骨となる」=「赤血球が万能細胞である」と言っているようなものです。

 

 

         

 

 

 

そして「赤血球と各種細胞や組織との間の可逆的分化説」では、栄養不足などの状態によって、細胞は赤血球に逆戻りする、と唱えています。  (=細胞の初期化)

 

 

 

さらに、その血液は小腸の絨毛で造られる、という「腸造血説」を提唱しています。

 

(現代医学では、血液は骨髄で造られるとされています)

 

 

 

      

 

 

 

 

「血液は小腸の絨毛で造られる」・・ ( ゚д゚)

 

 

 

そして、個人的にこの「絨毛(じゅうもう)」というワードからは、「ウール」→「羊」を連想します。

 

 

             

 

 

 

さらに「羊」と「血」というワードからは、キリスト教の

「生贄(いけにえ) の子羊」が浮かびます。

 

 

 

            

 

 

                         

     

 

 

「羊が血を流すこと」は、「絨毛から赤血球が放出される」ことを表しているのでは? (トンデモ?( ゚д゚))

 

 

 

     

 

 

 

  その機能が、何かの原因で滞っている・・?

 

 

(アダムが禁断の果実を食べちゃったせいで、絨毛にその原因物質が詰まっている? (゚∀゚))

 

 

・・なので、その原因を破壊して、機能を取り戻す・・

 

 

「羊が血を流すこと」は、

 

「絨毛の詰まりが取れて、赤血球を放出すること」の比喩?

 

 

 →「その赤血球が新しい細胞に分化する」→「蘇り・復活」?

 

 

・・そんな意味では・・?

 

 

 

         

 

 

 

そしてその大切な羊たち(絨毛) を守る、「羊飼い」イエス。 

 

 

イエス → 「絨毛を守る免疫細胞」?

 

 

 

   

    私は羊のために命を捨てる

 

 

 

磔刑は、免疫細胞のトップが犠牲となって「ここが詰まっている」「ここを破壊して」と、赤血球の詰まった場所(血の詰み=罪)を示してくれている比喩なのでは・・? (・・怒られる?(゚∀゚))

 

 

 

      

 

 

(★ イエスを槍で突いた盲目のロンギヌスは、イエスの血が目に入り、視力が復活しました )

 

 

         

 

  

 

 

    イエスはワインの杯を手に言いました。

 

 

            「これはわたしの血」

 

 

           

 

 

「天から下ってきたパンを食べる人は決して死ぬことはない 」

 

(ヨハネによる福音書   6章)

 

 

 

その「パン」=「イエスの血」=「子羊の血」とは、

 

 

「赤血球」=「万能細胞」の比喩なのでは?

 

 

    

      

 

 

 

 

・・そんなふうに、思っちゃうのでした・・  (なーんてね(^。^))