2012/08/10 | 【 楓 】

【 楓 】

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最近は、自分の人生という小説を読み返している。


物語はそれを読む年齢や状況などによって変わってくる。

一つの物語でも人の数だけ物語が存在すると言うわけだ。

だから、今の私の目線で自分の人生を再度深く読み直している。

自分の人生とは、自分に対してのメッセージ。

それを読み返せば自分がどうなりたいのかどうすべきなのかもわかる。


今までの人生の記憶は間違いだったことにも気づく。

誰にでも後悔と言うものがあるだろう。間違いと言うものがあるだろう。

様々な思いの中

様々な行いの中で今の時を迎えている。


私はこれより、今までの自分と言う者を切り離す。


自分が嫌いなもの好きなものしたい事したくない事。

様々な思いや記憶を断ち切る。

何故ならそれらは先入観となって自分の自分の重荷にってしまう。


今までしてきた経験とは、貯えるものであって引きずるものではない。


ほとんどの人が、いや、皆がそれらを引きずっている。

それを本人は気付きもしないで自分の身体の一部だと思っている。

身体の一部になってしまっているからそれがそれだと気づきもせず重い荷物を背負っている。


身体が重いから予期せぬ事が起こるとやりたくないと思う。



私は常に"やりたくない"と言う自分を無視する。


"やりたい"と言う自分を眺める。


やりたくないと言う自分に言う。

何かが出来ると言うことはこの上なく幸せなことなのにそれを知りながら何故イヤだという?それが出来るのであれば有り難くやらせていただけ…。


やりたい自分に言う。


自分は何故それをやりたいのか?

そこに何の意味がある?

やるもやらぬも自分で決められる。

だが、どちらにせよ自分の責任の元で行うこと。

誰のせいにも出来ぬ、それをしたが為に喜ぶ者、泣く者、それを背負う者も現れる。

それらを覚悟の上で行うこと。


喜ぶ者には微笑みを泣く者にはいたわりを背負う者にはともに背負う勇気を与えなければならない。


一つ動けば他が連動する。
もし相手が気づかなくても状況は確実に変化している。
誰かに何かに影響を与えている。


シラー