買い出しにでる。
あそこでアレを買って、それからあそこでガソリンを入れて、あそこで薬を買って、と…。
頭の中で移動ルートのシュミレーションをしてから出掛ける。
目の前の信号が赤になる。
シュミレーションでは直進。
だけど左に曲がりたい。
左に曲がりながら、何でこの道をとおる?と思いながら運転する。
次の信号は右!
疑問に思いながら目の前に文房具屋が目に入る。
何かここで買わなくては!でもいったい何を買う?
取りあえず探す。
思いつく物を買う。
給料袋と給料明細書だった。
何でコレ?と疑問に思いながら店を出る。
翌日の給料日にさぁ~計算するぞと意気込み必要な物を並べると給料袋が五枚しかなかった。
その前の日は行きたいところに辿り着けない。曲がるべき交差点の信号を何度も通過してしまう。
沢山の用事を済ませてから実家に行こうとしていた私だったが、沢山の用事は後回しになった。
実家に着くと私なしでは始められない大きな仕事が待っていた。
父は私を必要としていた。
どうも私の考えるように私は動いてくれない。
結果的に助けられているのだけど。
そんな事は結構ある。
私は茶寝間で寝ることにした。夜一時過ぎ携帯を右手に持ちながら…。
どうしてなのかわからないがベットで寝る気がしない。
寝たか寝なかったか分からないタイミングで携帯がなる!
次男からの電話だ!
次男が事故ったと言う。
自爆だった。怪我人なし。車は廃車した。
他にもまだある。
次男の車がエンストしたと夜中二時頃電話があった。
寝てる旦那を起こし現場へ行こうとしたとき、懐中電灯を持って行かなくちゃと何故か思い右手に持つ。
現場に行って対処するも懐中電灯は使わず!
この懐中電灯は何で持ってきたの?と思ったとき旦那が「そう言えば田んぼの水を確認してくるかぁ!」と一言。
行ったはいいが暗くて何も見えない。そこで懐中電灯が登場したわけである。
そんな事はまだまだまだある。
運転中信号を目の前に止まっている私。
信号の色は青なのに何故か進めないのである。
何故進めないのか私にもわからない。
状況を把握しようと必死になる。
対向車は居ない。徒歩横断者は居ない。信号は未だに青。
何で私は進めないんだぁ~!!
すると、信号が赤であるはずの方角から一台の車が猛スピードで目の前を通過していった。
訳も分からず私は目の前信号を確認する。
私側の信号は未だに青。
さっき目の前を通過していった車は信号無視ダァ!
だから私は我を通さない。
自分が持つ我、自分自身である我はちっぽけだから。
ほぼ直感で動いている。
それでもやらねばならないと思ったことは行動する。それが出来るのであれば。
出来ることがやるべき事だと思っている。
たとえそれが正解だと言われなくても結果的に自分で正解だと思えなかったとしても。
悔やむことはない。
悔やむことさえ想定の中に既に入れてあるから。
絶対的な正解なんてないから。
自分が正しいなんて露ほども思ってないから。
ただ、出来ることに感謝してやらせてもらうだけ。
物事を起こすとき、それらは全て自分勝手なもので余計なお世話だと言う。
これだけしてやったのにと言うセリフは通用しない。
そうするのもそうしないのも自分が選んでいる。
それに対して見返りを求めるのは筋違い。
放り投げることも出来るのにそうはしなかったのは自分が選んだ。
ならば何のためにそれを抱え込んだかと自分に問う。
それはそうしたかったから放り投げられなかったから。
自分のためにしたのだと知る。
自分のためにしたのなら相手はどうなると自分に問う。
相手はそこまでは望んでいないかもしれない。
自分勝手を押し付けるのはいけないことかと問う。
『ならば、相手が死を望んだときそれを止めようとすることは、こちら側の勝手…』
私は訳が分からなくなった。
そして、しばらく時間おいて『……………放っておくのですか?』と問われた。
何を?と思いながら静かにしてみると云いたいことが見えてくる。
全ては自分勝手なものだからといって、その行動を止めてしまうのですか。
求めていないからと言って与えないのですか?
相手はそれがあることに気づけず暗闇を見続けている。それを放っておくのですか?
まぶしいからやめろと言う相手の気持ちをくんで光を遮断するのですか?
あなたが今までにしてきたことは全て意味のない相手を突き落とす行為だったのですか?
それは相手を見くびることでもある。
立ち直れない奴。暗闇にしか生きられない奴だとあきらめる行為でもある。
相手を信じ自分を信じる。
今すべき事がお互いにある。
それをやめたとき変化は現れない。
貴女がした失敗は失敗ではない。
相手が味わった苦悩は無駄ではない。
貴女が味わった苦悩もすでに血肉になった。
