あんとみ的 ことば ころころ たまむすび -46ページ目

あんとみ的 ことば ころころ たまむすび

ころころと たのしいことば
ころころと うごきまわることば
ころころしても ぬけないように
たいせつな ことばを たまむすび

ことほぎのほかいびと(祝言人)あんとみのブログです。
どうぞよろしくおねがいします。

篳篥先生が
「こういうのが
  ぎょゆうというもの
  なのかもしれませんね~」
と、おっしゃって…

「ぎょゆう」って何?
と聞き返した
ほかいびと(祝言人)あんとみです。

先生は先生の師匠から
指を叩き棒で叩かれたりと
かなり厳しくされたそうです。

初めからそれは
ご遠慮致しますと告げw
お稽古はゆる~~く
していただきw
雑談に花が咲き
それもまた、楽しみ
な感じで
どちらかというと
遊ばせてもらってる??

そこで
「ぎょゆう」発言
です。
漢字は
「御遊」(⊙ꇴ⊙)
おあそび!

調べると下記のようなことが
書いてありましたが

「御遊という概念は時代によって変遷していると考えるべきであり…」

という文献もあり、

「ぎょゆう」を
あんとみ的に解釈してみました。

最初はどんなことでも
興味をもったはじめましてな
できごとを
探求していた人たちが
おもしろおかしく
楽しんで遊んでいたのかもしれません。
そして、それが
「道」という極め方に発展し
規則が徐々にできあがり
競い合い高め合う世界が
広がり、厳しくなっていった…

それならば
楽しんで遊ぶという
原点に戻って
いいんでないかい?

上達ももちろん
達成感も楽しいことですが

まずは楽しもうってとこで
チャレンジ幅を広げると
なんでもできちゃう気がするので
ありんす(Ŏ艸Ŏ)

極めてもいいし
極めなくても
それもまた
たのしからずや(Ŏ艸Ŏ)

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ぎょゆう 【御遊】

名詞

天皇や貴人などが催されるお遊び。特に、管弦の遊び。

「Weblio古語辞典」より
■+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+■

…管絃はこの時期に生まれた国風化雅楽を代表する一ジャンルであり,唐楽(とうがく)という中国風のスタイルと楽器編成に基づいている。公家が合奏を楽しむための集いに御遊(ぎよゆう)があったが,管絃はこの御遊を中心に発達したものであり,したがって聴衆にきかせるというよりは,合奏に参加している者同士がお互いに楽しむことを目的としており,演奏のスタイルにもそれが反映している。 楽器編成は,管絃という名称どおり,管楽器と弦(絃)楽器が合奏の多数を占め,これに打楽器も加わる…
「管弦」より

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篳篥先生ライブ中~~(⊙ꇴ⊙)
手品ってすごいですよね!
突然ですが
ほかいびと(祝言人)あんとみです。

なんかね
手品を見てる側に
ずっと立ってると
楽しいものが何か
突然出たり消えたり
増えたりw
それ、してもらえないと
おもしろくない
ですよね。

「出る」「消える」
「増える」は
自分がしなくても
自然とそうなる表現。

手品師は観客から見えないように
もの凄いことやってますよ。
日夜のトレーニング
相手の目線を動かす配慮
プレッシャーに負けない笑顔
などなど…

「出す」「消す」「増やす」
これは
誰かや何かの意図ある行為。
(ここテスト出しますよ~)

それらがあっての
手品です。

もし、仮に魔術だとしてもw
人知れずマジナイをかまないように
練習したり
(そこかい?)
先輩祈祷師にしごかれたり
(そうなの?)
魔術を遣うリスクを
背負えるだけの修行や
お試しごとが
あるかもしれない
(かもしれない)

それを乗り越えて
世のため人のために動いて
いらっしゃる

手品師や魔術師に
限らず(ですよ)

自分でできることを
考えるチカラも
するチカラもあるのに
使うことを忘れてると
もったいないです!

小さなことで
構わない
逆にほんの小さな
ことから
始まります。
何気なく思ったことから
自分が誰かにできることを
考えて
してみませんか?

自分の口から
「わからない」
「考えられない」
「こわい」
「何をしたらいいか
  全然思いつかない」
などのコトバが出てきたら
自分に匙を投げて
自分を信じてあげられない状態に
なっているかもしれません。

あなたを世界中の誰より
大切におもって
信じてあげられるのは
あなた自身です。

手品の観客から
手品師や魔術師に転職希望
出しちゃいましょ
(そういうことじゃないと思う)

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人は幸せになるために
生まれてきました。

「さ」のことだまは
その「幸」(さち)を示します。

人を幸せに導くことが
「さ」のことだまのミッションです。

ですから、今週は
まずあなたから先に
「さっさ」と
幸せになっちゃって下さい(笑)。

その方法は
ものの見方をちょっと変えてみるだけ。

「見方を変えれば味方になる」
byひすいこたろう

名言ですよね~~。

幸せは
自然発生的、突発的に
なるものではなくて
自分のまわりにある
小さな幸せに気づくことです。

朝、目が覚めた
目が見える
鳥のさえずりが聞こえる
手足が動く
起き上がれる
歩ける

当たり前だと思って
忘れがちになってしまうけど、
これって
めちゃくちゃすごい幸せですよね。

足の小指をぶつけて
痛くて歩きにくいとき
ぶつける前の幸せに気づきますw

手の薬指が
ひび割れて痛い時
ひび割れる前の幸せに気づきます

今週は痛くなる前に(笑)
幸せに気づく週間にしてみてね。


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篳篥のエデンさんです(*˘︶˘*).。.:*♡
初めましてのお披露目です。
初心者ゆえ
プラ管ですが
よい音を奏でてくれます。
(奏者次第w)

篳篥先生が吹きやすい舌(リード)を
分けてくださったので
ありがたいです。

今日は
チラロルタアルラア
まで吹かせてもらいました。

次の
チラファテリレは
メって出す音がいきなりあり
正音、メる、正音、メると
いきなり急激に
容赦なくハンパなくですw

自主トレ嫌いとは
言ってられないのね(笑)

なんて、読んでも
何のことだか
分かりませんよね。

日本の伝統芸能は
最初は何が何だか
わからなくはじまり
複雑なようだけど
稽古を重ねるごとに
腑に落ちるように
なっているようです。
(このブログも然り?)

習うより慣れろ
学ぶは真似ぶ
師匠がその時々に言うことを
素直にそのままする
下手な考え休むに似たり
守破離
などと言う言葉が
本当に当てはまります。

雅楽の言葉を
今でも使っていたりも
(「二の句がつげない」「申し合わせ」など)
おもしろいでしょ。

実は中国から入ってきた楽器や
音楽ですが、
中国には残ってなくて
日本ではずっと残してるというのも
日本の良さですよね。

エデンさん(篳篥)を通して
今まで以上に日本が
好きになりました。

エデンさん、これからも
よろしくお願いいたしますね(◡‿◡ฺ✿)

今回も
映画「信長協奏曲」関連です。(Ŏ艸Ŏ)

勉強が苦手な高校生のサブローが、
ひょんなことから戦国時代に
タイムトリップしてしまい、
そこで出会った本物の織田信長に、
病弱な自分の代わりに
信長として生きてくれと頼まれ、
信長として生きていくこととなるという
のが物語の始まり。
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信長という名前を受け取る覚悟が
できてない時は
文句を言ったり
怒ったり
イライラしたり
八つ当たりしたり…
でも、
自分は信長として
生きると腹を決めたところから
運命は運命として
まわっていく!

名前のことだま®をお伝えしてて
まさに、こういうことなんだなと
ガッテンガッテンガッテン
なのであります。

高校生のサブローは
生きる目的もなく
ことだまの裏の働きが出て
「さ」動かない
「ぶ」集中しない
「ろ」空回り

信長になると決めたとき
ことだまの表の働きが動き出し
「の」のびのびと自由な中にもルールの大切さを伝える
「ぶ」集中させる、方向を示す
「な」目的目標を成す
「が」無償の愛を与える、影響を与える
という使命が開花していく

その上、本名が
御神体のように守ってくれる
「さ」幸を与える
「ぶ」福を増やす
「ろ」変革、改革、改善を実現させる

名前のことだま®を
知ってると
映画の主人公や登場人物の動きが
腑に落ちます。


自分の名前が嫌いな人
自分の名前に興味関心のない人より
自分の名前が好きな人の方が
イキイキしているように
感じます。
名前が好きな人の多くは
自分で自分を受け入れてる人です。
自分を受け入れずして
他人を受け入れられるわけが
ありません。

名前を受け入れると
この映画のサブローのように
後悔しない人生が
待っていると思います。
(タイムトリップはしないと思うw)