コンフェデ杯残念でしたね。 2位通過していればスペイン戦だった思うと本当に残念でしょうがありません。
さて、前回はイギリスサッカーが4か国に別れている理由について書きました。
今日はその母国でのフットボールの始まりについてです。
フットボールと言っても今のサッカーのような感じではありませんでした。
◆原始フットボール
実は元々サッカーとラグビーの起源になったスポーツは同じで、現代のサッカーが近代フットボールと呼ぶなら、原始フットボールと呼ぶのがしっくりします。
中世のお祭り行事で村
村、街
街で競技されており、人数制限はなく数百人、数千人参加。
決まった大きさのフィールドはなく、例えば、向こうの一本松や教会がゴールみたいな感じで行われておりました。 暴力ありで死者が出るほど激しい試合だったようです。
基本1点先取で勝利。 地域によってはすでにオフサイドがあったとか。。。
◆パブリックスクールでの導入
そして19世紀に入り、次第にイートン校、ラグビー校、ハロー校などのパブリックスクール(私立の11歳から18歳までの中等教育学校)でもスポーツとして取り入れられました。
各校とも独自のルールがあり、それを統一しようじゃないかとの事で1863年、ロンドンのフリーメイソンズアームズでの協議の結果、手が使えない派と手も使える派に別れました。
サッカーとラグビーが誕生した瞬間です。
手が使えない方をAssociation Football(アソシエーションフットボール)略してSoccer
手も使える方をRugby Football(ラグビーフットボール)略してRuggerと呼ばれるようになりました。
フリーメイソンズアームズ
コヴェントガーデンにあるのでどちらのファンの方も観光で訪れた際には寄ってみては。。
◆伝説
1823年にラグビー校のウィリアム・ウェブ・エリック少年が試合中に突然ボールを持って走りだしたのがラグビーの始まりとの伝説があります(その当時のルールではボールを持つのはOK、ランニングインはNG)
しかし、ラグビー校が自分達の学校が始まりだと言いたいが為のでっち上げとの噂あり。
もし、この話が本当だとしたらエリック少年は相当な天然ですね。
ウィリアム・ウェブ・エリック ウィリアム・ウェブ・エリックカップ
それでは。
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