自分自身のスタイルを発達させる 

インドの暖かい夜には、ゴパルはよく屋外で

ディルルバを演奏しました。友人達や見知らぬ人達、

ただの通行人達が自然に足を止め、​

座って耳を傾けたのです、まるでいくつかの単純な音に

捕まったかのように。

彼はこの楽器の甘く優しい力を理解し始め、

それは友と​出会う方法の一つになったのです、

言葉が表現することができるよりも

深くコミュニケーションする方法に。 


ゴパルは伝統的な方法とは違うやり方で

この楽器を演奏します。

彼はディルルバには幅広い「色」域

があることに気づきました。



深く豊かなトーンから、高く甘いサウンドまで。

遊び心から、ハートに​触れる感情まで。



その優しく、しかしパワフルなサウンドが、

古代からやってきているように思えて、

「家に帰ってきた」という感覚が沸き起こる人達もいます。

ディルルバとともに瞑想 

瞑想を通してゴパルは、音楽における音と音の間の

沈黙のギャップは、素晴らしいものであると

理解するようになりました。



忙しいマインドを超越していく入口になりえるのです。
沈黙にスペースを与える音楽には、

聴き手が内側の平安に満ちた音無きところに入って

いくのを、許すことができるのです。




この音楽の質は、彼のアルバム"Depth of My Heart: Solo Dilruba

(ハートの深み:ソロ ディルルバ)"で表現されています。

その瞑想的な質の他にも、ディルルバは他の楽器ともよく合う

ハートフルなサウンドを持っていて、ハートに触れ、

心身をリラックスさせる豊かなサウンドのタペストリーを

創りだすのです。


これは"Mystic Journey(神秘家の旅),"という、

ディルルバをメインにして、

他の楽器と組み合わせたアルバムで聴くことができます。




ゴパルの音楽は特に、ソフトな動き、ヨーガ、マッサージ、

ヒーリング、瞑想、トランス状態、リラクゼーション、
そして入眠時に聴くことによく合います。

彼の音楽には自然な内面の質があって、

聴き手を音から音無き状態へ、忙しい世間から、
全ての人の中に宿っている内なる静けさへと連れて行くのです。




教えとコース 


ゴパルは東洋の瞑想を、西洋のカウンセリング、

心理学そして催眠の教育と組み合わせました。

彼は瞑想、カウンセリング、自己催眠​

そしてストレス軽減について、

世界的に開かれている様々なコースを提供しています。

教えている間、ゴパルはくつろいで遊び心に満ちた

空気を創り出します。

それにより人々は自分自身の内側へとより

深く入って行きます。


無垢や本質といった子どものような質が、

簡単に再び目覚めさせられるのです。



教える他にも、ゴパルは時折ディルルバのレッスンをしたり、
友人達が自分自身の楽器 - 歴史があり、美しく、

愛すべきディルルバ -

を見つけるのを助けたりすることを楽しみます。



                               つづく・・・



ヒーリングスペース アンタール      つれづれなるままに~
(ディルルバとゴパル)


ゴパルのヒストリー (日本語訳:by ダルマ) 

ゴパルの子ども時代の良い思い出は、音楽に関するものばかりでした。

彼のお父さんはクラリネットとマンドリンを演奏していました、

夜であっても、自分の小さな息子のゴパルがベッドに入って眠り​

に落ちるときには、音楽を演奏したものでした。 

多分そういうわけで、ゴパルは子どもの頃から音楽を演奏したいと

いう自然な衝動を持っていました。

小さな子どもだった彼の最も大きな望みは、

今すぐ手が大きくなって、ギターの演奏を習えるよう

になったらいいのに、というものでした! 


この音楽を演奏することへの渇望を感じ、

お父さんは彼に小さなウクレレを与えました。

その後、彼とお父さんは、いつでも可能なときには

一緒に音楽を演奏しました。

彼のお父さんが亡くなるその時までずっと。

あたかも円を完結させるかのように、

ゴパルはお父さんが大好きだったクラシックギターの曲を、

彼が死んだ時に演奏したのでした。 


このハートからハートへの、

父との音楽的つながりはゴパルの人生

大きな影響を与え、

彼の創造的音楽表現の基礎となりました。 



東洋に引き寄せられる 


ゴパルはカナダに生まれ、そこで大学教育を受けました。

インドに​行きたいという神秘的な衝動を感じた時は、

ちょうど大学院の課程に入り、

大学から申し出のあった教職に着くところでした。

彼はインドにいる瞑想の導師について話を聞き、

未知の道を探求したいという渇望を感じたのです。 



ある朝目覚めると、ゴパルはハートの内側で、

自分はインドに行くのだと知っていたのです 

- 彼自身の深みからの何かが彼を呼んでいました。


"Venu Gopal"(ヴェヌー ゴパル)は、

彼の瞑想の師であるOSHOに面会した後に、

彼が授かったインドの名前です。

この新しい名前は、内側の旅の始まりの印となりました。


他の瞑想者達と一緒に​OSHOのコミュニティーに暮らし、

ゴパルは瞑想と音楽により深く入って行きました、

瞑想と音楽がどのように出会い、

一緒に溶け合うのかを見出しながら。 



ディルルバとの出会い 


インドで、ゴパルは多くの普通ではない楽器と音を発見し、

探求しました。

彼は特に「ディルルバ」(ディル-ルーバと発音される)

と呼ばれる弦楽器に惹きつけられました。


楽器の名前、形と音は全てdirlubaという単語の美しい意味

の中に反映されています。


それは「ハートの恋人」、「ハートの声​」、

または「ハートの盗人」を意味します。

弓でひかれた弦と共鳴して振動する、

多くの共鳴弦があって、リッチで、よく共鳴する、​

甘い音を奏でるのです。 



ゴパルは初めて聴いた瞬間からディルルバと恋に落ちました。

それは本当にハートの盗人でした。




音楽の先生を見つける 


何人かのインドのミュージシャンはゴパルに、

ディルルバは「時代遅れ」で、博物館用の楽器に過ぎず、

もうほとんど演奏されることはないと告げました。

それにもかかわらず彼は最初のディルルバを手に入れ、

自分を導くことのできる教師を探し始めたのです。


彼は引退したミュージシャンに出会いました、

でもその人はもう教えたがってはおらず、

その上に殆ど英語を知らないという障害がありました。

しかしゴパルはディルルバを演奏したいと心に決め、

その教師のドアを叩き続けました。


ついに、その男はゴパルにいくつかの基本的な段階

のことを教えることに同意し、そして彼らは特別なハートと

ハートの関係性を発達させました。

言葉はほとんどありませんでしたが、音楽に満ちていました。



ゴパルにはその頃の良い思い出があります。

その老教師の演奏に耳を傾けると、

時々目から涙が流れるのでした。


この音楽とハートとの出会いは、

彼の人生を豊かにし、彼をディルルバの神秘的な世界

の中へと、より深く、より深く、導いたのでした。



                                  つづく・・・




ヒーリングスペース アンタール      つれづれなるままに~


去年11月、彼の個人セッションを受けた後、

人を待つため 二人で少しくつろいでいた時、

ゴパルが 自分のギターを演奏しだしました。 

いつも一人でいるときに楽しみのために弾いているそうです。


その彼の奏でるギターを聴いていると、

静けさが内側にしみこんで ハートが満たされて・・・

自分が、「今、この瞬間瞬間を楽しんでいる」 


なんて幸せな瞬間なんだろう・・・と思ったのをはっきりと覚えています。

 

あ~人生って、こんなに素敵に生きれるんだ~


しみじみと思ったというか・・・ 


ゴパルは、生の一瞬一瞬を楽しんでいるひとなんだな・・



「私もこんな風に音楽と暮らしていきたい!」


と思ったのでした。


そのときの想いが、今 ヨーコさんから習っている 

ネイティブインディアンフルートのレッスンにつながっています。

そんな素敵な彼をあらわす プロフィールがフェイスブックに載ってたので、

許可を得て、掲載いたしますね。

彼の奏でる インドの楽器「ディルルバ」は、まさに魂の音楽です。

そんなディルルバと彼との出会いも、かかれてあります。

                                  つづく・・・

タタータ ・・・ TATHATA ・・・


なんてすてきな響きでしょう。 


まさに、ゴパルのワークは、このタタータ ~ そのものでした。



ヒーリングスペース アンタール      つれづれなるままに~
      ゴパルと合格


生は、私たちに色々なものを差し出してくれます。 


ときには、素晴らしい贈り物のような出来事であったり、

ときには、とても大きな壁に思えるようなチャレンジな出来事であったり、 


しかし、どんな状況の中でも、自分の内側にくつろいでいるという質。 


あ~難しい。。。とくにチャレンジが来てる時はね。 


でもね ゴパルは そのタタータと流れる「在り方」を 

ゴパルの存在を通して教えてくれたよ。


去年の11月にゴパルの一週間のグループに参加したとき、

私は 体も心も「チャレンジ」の最中だった。 


今振り返ってみると、あのゴパルの一週間があったから、

今の流れができたんだなと しみじみ思う。 


今回も、受けた後と前の自分の内側が、

一日だけの参加だったのにもかかわらず、

ず・い・ぶ・ん 違う。

(自分しかわからないねあせる


そして、ヨーコさんの月1回の瞑想ワーク でも

同じようなことが起こっている音譜 ということに改めて気づいた。


この瞑想の質・・・生を受け入れる、

起こることに抵抗しないで流れていく(まさにイルカのよう)、

そして、とても女性的な受容性の質、


でもそれは、決して生を消極的なものにするものではないし、

生をあきらめるということでもない。


それは、まさに「似て非なるもの」・・・かもしれません。


そんな「在り方」を 何度も何度も 頭で理解するのでなく

「体感」することで、

内なるスペースに 岩清水のように染み入らせていく・・・ 



ゴパルの存在が、その深みへと容易に運んでくれました。


タタータ ・・・ 生はあるがままにある ・・・ 

 


あ~言葉にすると、深すぎてわかんないよ~。

これはやっぱり体感です。



☆ 今回のゴパルは、2日目のみの参加でしたが、

朝一のみんなのシェアリングを聞いていると、

瞑想経験の有無にかかわらず、

みんなが深いスペースへいざなわれて、深い変容を経験したんだなって、

ひとりひとりの気づきの深さに驚きました。 

まさにゴパルマジックでしたね。



                    つづく・・・


やっほ~。大阪から戻ってから、

なんだかんだで 時があっという間に過ぎてしまいました。 


大阪では、とっても素敵な時間をすごしてきました。 


1日目は、ミラレパ ヨーコさん 、総勢7名の豪華なバンドによるライブ瞑想 に、


2日目は、ゴパル という瞑想家のグループ(ワークショップ)に参加してきました。


ミラレパは、 

世界中で音楽を通して、瞑想のスペースをたくさんの

人たちと分かち合っている人です。 

今回は、ヨーコさんが笛で一緒に演奏するということで、

私も大阪に思い切って参加したのでした。


瞑想・・・というと、ふつうは、静かに座る・・・ということを

イメージする人が多いのではないでしょうか。


しかし、インドの神秘家であるOSHOの瞑想 では、動くことも瞑想なのです。


OSHO瞑想の素晴らしいところは、

瞑想がサイレンスの深みにいざなうだけではなく、

生きることの歓び、つまり生のジューシーさが芳醇に

あふれだすところです~  


ハートとからだが感じてる!ハートが喜びで満たされて~☆


こんなになっていましたドキドキ ↓


ヒーリングスペース アンタール      つれづれなるままに~

ありがとう音譜ラブラブ


ヒーリングスペース アンタール      つれづれなるままに~


生きてる悦びを~ 出会いの悦びを~

今ここに 歌い踊ろう~ クラッカー音譜ドキドキ


人生は、セレブレーションなのだから


    つづく・・・


(写真提供  many thanks to pipasa)