7月から、私の生活はすっかり変わった。

 

いちばん大きな変化は、何よりも「朝早くに活動開始」するようになったことだと思う。

 

 

朝活、と呼ぶような大層なものではないけれど、朝早く、しんと静まり返った時間、日が昇る前に起き出してささっと身支度して文字を綴り始める。朝一番に自分の中から出てくる言葉は、いつものそれとはちょっと「質」が違うように感じる。

 

 

Twitterで果たして何を発信軸にしようか、あれこれ迷ったり悩んだり、盟友遠藤エルに相談したりして、時には日によって変えたりしているうち、とある文章がいちばん人の胸に響くことがわかった。

 

 

それは朝イチに軽く散歩に行き、自然に目を向ける時間を綴ったもの。

 

 

散歩コースは毎日ほぼ同じだし、時間も10分程度と短いものだけれど、目を向けるとこんな都会でも日々たくさんの自然が目に移入ってくる。

 

刻一刻と姿を変えていく、同じものは2度と見られない風景たち。

それを逃したくなくて、ますます自然の変化に目が向くようになった。

 

 

昨日まで咲いていた花がもう姿を消している。

巣立ちが遅かったツバメの雛、最後の一羽が飛び立っていく。

好きだった古い建屋が壊されて更地になっている。

 

 

140文字という狭い世界の中に、毎朝フレッシュな気持ちで感じたことを綴る。

今はそれがいちばんの楽しみでもある。

 

 

 

Twitterの世界は、SNSの中でも独特な空気感があって、面白い。

縛りもルールも、そこに合う「やり方」も全然違う。

インスタやブログなどにはない

ある種バーチャルにも近い世界。

 

私はそのまんまの名前でやっているけれど

匿名・偽名のひとがほとんど。

 

誰も本当の正体も素性も知らないもの同士

ただ、文字の中に綴られた「その人」を感じて交流する。

 

 

それなのに私はTwitterが

どのSNSよりも心地よく感じている。

 

 

それは

「ヒト」は多面体だということを

何よりもよく理解し、知っているからこそだと思う。

 

 

 

Twitterで見せる面は、多面体のうちの一面。

その一面にとことんこだわって

自分の言葉を磨いて

その世界を創る。

 

 

いつもの「自分全部を使って世界を創る」やり方とはまったく逆なのだ。

 

だから、ひとつに特化して自分の居場所を作りたい人には、もってこいだと思う。

 

 

 

そう、居場所。

居場所についてもちょっと書いておきたい。

 

これはリアル・SNSにこだわらず、自分の居場所はいくつか持っていていい、という話である。

 

 

前のブログにも書いたけれど

私は気分の浮き沈みが激しいし、結構視覚で影響されてしまうので、あまりインスタは向かない。特に落ち込んでいる時に開けたらもう悲劇のはじまりある。

 

だからインスタは今、写真で見て自分がうっとりするものだけに限定している。

 

そしてリアルでも自分の「逃げ場所」をたくさん持っている。

その時の気分に合わせて居場所を変え、自分を整えられるようにしているのだ。

 

一箇所が心地いい、楽しいならもちろんそれでいい。

けれど私は、複数の場所を渡り歩いているほうが性に合っている。

 

 

ひとつの世界にこだわりすぎず、あちこちの世界と繋がっておくこと。

これは意外と、自分を保つのに効果的だと思う。

 

 

 

ここにきて

落ち着いて自分を見ることができた。

 

そうしたら、私の中には気づかないうちに

バグがいっぱいになって

がんじがらめで苦しくなっていたことがわかった。

 

 

これに自力で気づくのは、相当難しいことも。

 

 

自分を生きることや

自分を正直に生きることにこだわりすぎて

逆走してしまう、それが人間。

 

 

でも結局気づく道にいるんだから、それでもいいか。

 

回り道して

遠回りして

転んで

泣いて

それでも立ち上がってここにいる。

 

 

 

 

 

そういう自分を日々、たいせつにしたい。

もっともっと、たいせつに扱いたい。


 

 

 

いつものギャグ満載の私も

私の中にいるんだけど

しばらく、この落ち着きモードの私のまんま、ブログを綴ります。

 

 

 

ギャグモード全開のぜっきーも

そのうちまた、出てくるから楽しみにしていてください。