書籍『反日種族主義』(2019年、李栄薫[編著])は、韓国の学識者らによって執筆された、嘘のはびこる韓国社会への強烈な学術的批判書であって、その内容は統一教会の組織文化への批判としても有効であるように思われる。
そこで、このブログでは『反日種族主義』を読み、印象に残った内容を紹介していきたい。それで韓国社会の実像を知れば、少しは統一教会の実像も理解できる、のかも知れない…。
このシリーズの第15回の記事は、書籍『反日種族主義』より、現代の韓国にはびこるとされる反日種族主義とは何かについて、近代精神との関係により考察する。
同書によれば、韓国は法と制度は近代化しながらも、その文化と宗教は前近代の精神世界の水準に留まっているのだと指摘する。これが嘘や幻想、狂信、憎悪などが入り混じった今日の反日種族主義を形作ってきたというのである。
そして統一教会という宗教こそ、まさしく自由と人権を尊ぶ近代精神を“カイン的人生観”として否定する傾向にあった。つまり同書の認識を借りれば、統一教会もまた、中世的幻想や狂信が横行する前近代起源の宗教だといえるのである…。
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さて、前回の第14回記事では、反日種族主義の構造と題し、韓国の反日種族主義の構造とは、古くからの反日感情を背景としながら、日本植民地時代の近代化により形成された新しい民族意識であるということを、書籍『反日種族主義』の言葉に基づいて紹介した。
続く今回の記事では、韓国の近代化社会の中で、近代精神とは異質の反日種族主義がなぜ、そしてどのように形成されてきたのかについて、同書籍の内容をもとに紹介したい。
これに関連して、韓国の近代化とは、日本の植民地時代に導入された近代の法と制度により始まったというのが、筆者の見方であり、かつ自然な見方でもあろう。
しかし、筆者は、これにより韓国が法と制度で近代化したのだとしても、文化と宗教のレベルでは未だ近代の関門を突破できていないのだという。つまり、韓国の文化と宗教は、その後の時代も前近代的な中世のレベルで留まっているという見解である。そして、これこそが「反日種族主義」だというわけだ。
近代化は、単に法と制度の問題だけではありません。前近代と近代の間には、簡単に渡れない文化と宗教の渓谷があります。韓国の知性史において、このような近代の関門を突破しようとする努力はあまり見られません。…文化と宗教のレベルで近代の関門を突破したことがないので、未だに中世的幻想、狂信、偏見、憎悪が横行しています。
(『反日種族主義との闘争』、「プロローグ:幻想の国」、p.31)
それでは、朝鮮王朝の文化と宗教を維持したまま、法と制度の近代化はどのようにして行われたのか。
これに関して多くの韓国人は、朝鮮王朝の強固な両班社会は1894年の甲午改革により韓国人自身の手でその身分制が廃止されたのだと認識しているという。しかし、筆者は、この認識は誤解であるという(同書、p.263)
朝鮮王朝の近代化の出発は、1912年の民事・刑事の2つの法によるというのである。すなわち、日本の近代法が韓国に移植されたことで、近代化が始まったという話だ。そして近代の民法と刑法により、韓国の民衆の個人の財産権や権利が認められ、恣意的な刑事裁判からも解放されていったというのである。これも、もっともらしい話だ。
私は、韓国史における個人の誕生は、また、それを通しての近代化の出発は1912年の朝鮮民事令と朝鮮刑事令によると考えています。…2つの法令はどこまでも日本の法であり、植民地朝鮮に移植されたものです。移植は小さな出発に過ぎないものでした。
(『反日種族主義との闘争』、16. 韓国史において近代はどのように出発したのか、p.272)
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それでは、李氏朝鮮時代の当時の民衆は、日本による植民地化と、日本から移植された近代の法と制度を、受け入れたのか受け入れなかったのかという問題がある。
これについて、当時の王家や民衆は共に最後まで戦い抜いたのだと考えるのが、まさしく“反日種族主義”側の主張なのだという(p.286)。そして、現実にも植民地化に反対した当時の韓国の人々がいたであろうことは想像するに固くない。
しかし、筆者は、これらの問いにもう一つの現実的見方を提示している。
それによると、当時の李氏朝鮮の王や有力者たちは、国を挙げて日本と徹底的に抗戦しようとする国家意識が欠如していたという。そうした者たちが守りたかったのは、国や国民ではなく、自らが所有する地位や財産だったというのである。
つまりこれこそが、前近代の李氏朝鮮由来の文化であった、のである。
そして、ここから導き出されることは、当時の韓国の人々は、日本による植民地化に徹底抗戦をせず、日本からの法と制度の導入もそれなりに受け入れていたであろうということだ。当時の歴史の状況を冷静に深慮してみれば、これが自然な見方に思える。
高宗は…何のために戦ったのでしょうか。民の生命と財産を守るために戦ったのではありません。高宗にとって国家とは、中華帝国の国際秩序の中で、諸侯として封じられた一国家に過ぎませんでした。…祖先から譲り受けた家産としての王業でした。…それだけでなく、国が滅びていく中、朝廷の大臣も地方の両班も、挙国的抗戦に立ち上がりませんでした。諸侯国の大夫と士として、彼らには自ら守らなければならない家産があったからです。(『反日種族主義との闘争』、17. 高宗の習慣性播遷と国家意識、p.286-287)
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以上をまとめると、韓国の近代化は、日本植民地により移植された法と制度によりもたらされたが、当時の韓国の王族や民衆は、それに徹底した抗戦をしなかったというのが同書の見解である。
そして、こうした近代文明の植民地的起源について、韓国では現代に至るまで、まっとうな研究や教育がなされずに、口を閉ざしてきた禁忌の領域だったというのである。
筆者によれば、その近代化の歴史に認識の空白が生まれ、その隙間を埋めているのが中世的幻想と狂信だという。つまり、これが韓国で近代化されずに保存されてきた前近代の文化と宗教、すなわち反日種族主義の原型なのである。
研究者や教育者は長い間、この国の近代文明の植民地的起源に対し、口をつぐんで来ました。それは禁忌の領域でした。その結果、実に大きな認識の空白が生まれ、ありとあらゆる形態の中世的幻想と狂信が、そこを埋めているのが実情です。(『反日種族主義との闘争』、16. 韓国史において近代はどのように出発したのか、p.272)
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『反日種族主義』の見解に基づくと、韓国は、日本植民地時代に移植された近代の法と制度を起点として、終戦後の解放の歴史を経て、現在、民主化と経済発展を誇る国となった。
一方、北朝鮮は、日本植民地時代を清算するとして法と制度まで捨てて、その後の歴史を経て、結果として現在の状況に至っている。
つまり韓国は、日本由来の近代の法と制度を維持したが、その代わりとして近代文明の植民地的起源は禁忌の領域になってしまった。この歴史的空白は、韓国の前近代的な文化と宗教により中世的幻想と狂信が埋めることになったという。
さて、統一教会とは、まさに、そんな近代化された韓国で生まれた宗教であった。そして、この宗教は、韓国の近代文明の植民地起源について口を閉ざすことはなかったが、その代わりに特殊な教義を持っていた。
その教義によれば、韓国にとって日本植民地時代は韓民族の苦難の時代であって、その時代に日本の法と制度により韓国に導入された近代精神は物質的なカイン型人生観であるとして軽視または無視してしまった。
その一方で、近代精神には、もう一つ宗教的な側面があって、韓国こそが、そうした近代精神の宗教(キリスト教)的なアベル型人生観を受け継いだ国であると、声高々に叫んだのであった。
つまり、統一教会では、韓国の近代文明の起源は、日本植民地による法と制度ではなく、韓国がキリスト教(宗教)を受け継いだことにあるというのである。
そして韓国がキリスト教を受け継いで生まれたのが統一教会であった。しかし、この宗教は、果たして、個人の自由と人権を尊ぶ近代文明を受け継いだものになったのだろうか。
そうはならなかった。
これを、あえて筆者の言葉を借りて表現すれば、統一教会は、日本植民地起源による韓国の近代文明を宗教的に否定し、その近代化の歴史も中世的な幻想や狂信により完全に塗り替えてしまった前近代起源の宗教だったといえるのではないか。
今回の記事はここまで。次回はさらに反日種族主義の成熟過程について考察する予定です。お楽しみに!
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