棄教から5年である。
このブログでは、棄教後の人生の変化を半年ごとに記録しているのだが、
最近はブログ更新が途絶え、今回は半年ぶりの近況報告のようになってしまった。
思えば私は棄教した当時、反統一活動は絶対に致しません!!(米倉涼子風)と宣言したことが思い出される。
しかし、今の私は反統一という立場で間違いないであろう。
被害者の声を聴き続けていたら、自ずとそのような立ち位置になったのである。
けれど被害者の声を聴くというのは、本来、統一教会本体がやるべきことである。
つまり反統一活動は、本来、現役信者がやってこそ意味のあることだと思う。
そして、統一教会はそれができないから自浄作用がないと言われるのであり、
自浄作用がないからこそ、現在、解散請求を日本社会から叩きつけられているのである。
さて、ここ最近の私はどうかというと、そんな大したものではない。
大きな人生の好転がなされるわけでもなく、
かといって、ひどい悪材料が生じたということもない。
体力の衰えを感じるこの年齢では、
ハッキリ言って鳴かず飛ばずであるともいえる。
昨今は、30代でも老害と言われることもあるらしい。
だからこそ
更新・更新、素敵に歳をとりたい
今を未来を学べる人になりたい
のである(岡崎体育風)。
そして、気力・体力の衰えゆくこの年齢帯では、人生で自分のやりたいことができているか否かが
素敵なおっさん☆になれるかどうかの分かれ道だと思っている。
そのために心掛けていることがいくつかあったりする(全部できているわけではない)。
- 日々の忙しい生活の中で、大切なことを優先してスケジューリングすること
- やることを詰め込みすぎず、空白の時間を確保すること
- こなすこと自体を目的としないで、新たなアイデアを発掘すること
- 取り組んだことに対して、自分の気持ちを書き記し反省すること
- 成果が出ず不要だと判断したものはきっぱり捨てること
- 休息をしっかりとり、心と体をリラックスした状態にキープすること
こうした心掛けとは別途に、こんな年になっても、自分自身の性格の癖に改めて気づくこともある。
たとえば、私は苦手な人やシチュエーションに遭遇したりすると、パフォーマンスや記憶力がかなり落ちるらしい。緊張やストレスの状況で何かに集中する一方、どうも心が縮こまり視野が狭くなるようである。
緊張やストレスは、現代人の宿命である。こんな自分の性格の癖に最近気づくことができたのは良かったと思っている。
雑多な近況報告になってしまった。
これが、棄教から5年経った心の現在地である。
棄教後の人生。それは『棄教!!劇的ビフォーアフター』。では、ピアノ演奏『匠』を聴きながら、さようなら。
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