ローマ来たのは何度かありますが、今回初めてバチカンを訪れました。後学のためにサン・ピエトロ大聖堂くらいは見ておきたいとの気持ちです。
罪深い私は、こういうところに行くのはちょっと気がひけます。バチカンの国境で「ビーッ」とブザーとか鳴って、入国できなかったらどうしよう?などと、少しビビりながらバチカンに行きます。
そもそもバチカンは、ちょっと前まで普通にご飯食べていたローマ教皇が、亡くなったとたんに聖人になっちゃったり、生殖医療行為に反対したり、エクソシストの存在を認めたり。現実離れしすぎてちょっと私とは反りがあわないかも・・・。
この写真でも、サン・ピエトロ大聖堂の横に、こーんな大きなローマ教皇の写真が。すっごい自己顕示欲を感じます。
システィーナ礼拝堂の内部を見ようとすると、ものすごい人波で少しずつしか進めません。久々に明治神宮の初詣でを思い出したわ。世界中からこんなに多くの人が集まって、高い入場料とって(15ユーロくらいしたかな。)、皆から寄付を受けて、どれだけ儲かっているのでしょう。
私はといえば、カラヴァッジョのこちらの絵、「キリスト降下」を見るのが目的でした。カラヴァッジョはモデルを知り合いで使いまわしているので、後ろのお姉さんにも「あ、私この人知ってる!」と、見覚えがあります。
一度は見ておくべきものとしては、ミケランジェロによる天井画。「アダムの創造」。映画ETのあのシーンのもとになりました。
次は「最後の審判」。自分は神に裁かれたら地獄行きかもしれないと思うと、地獄ゾーンばかりに目が行くものです。
ただ、実際は写真のほうが良いです。実物は首が痛くなるくらい見上げなければいけないし、色もずっと薄いのです。以前フィレンツェのウフィッツィ美術館でボッティチェリの「ビーナスの誕生」を見たときにも同じことを感じました。
Ipadなどで見るともう本当に綺麗な色に見えますよね。実物とのギャップにお気を付けください。
明日も素敵な一日をお過ごしください。
このタイトルの意味がわかる人は、かなりの年齢とみた。ローマに来たら、古代ローマの遺跡も見るべし。ということで、フェロ・ロマーナとコロッセオを訪れました。
遺跡付近は30度近く日影がなく、暑い暑い。私はストールをアラブ女性のようにかぶっての遺跡めぐりとなりました。
約1000年に亘り栄えた、古代ローマの中心地フェロ・ロマーナ。日本の首相も古代ローマの歴史を学べば、政権が長続きするのではないのかな。
地震大国日本ではありえないような石造りの館の跡が、かなりのコンディションで残っています。私は礎石の跡だけでそこにあったであろう建物に思いを馳せるのも好きだけど、こうして形が残っているのもまた一興です。
コロッセオ。当時のローマの人口の多さがうかがえます。
ネロ帝の衣装の彫刻もありました。綺麗なデザインだなと感動。暴君で知られるネロですが、最初のころは結構ちゃんとした政治をおこなっていたのです。日本の首相よりましかも・・・。
それにしてもローマ風の建物ってどうしてこんなにかわいらしいのでしょうね。ロマンティック!
明日も素敵な一日をお過ごしください。
私の夢の一つは、ローマに行ってカラヴァッジョの「聖マタイの召命」をこの目で見ることでした。この絵を写真で見てからというもの、ずっと心の中にこの絵がありました。
果たして、「聖マタイの召命」は、ローマのサン・ルイージ・フランチェージ教会の奥にそっと飾られていました。聖マタイの生涯を表わす3部作で、「聖マタイの殉教」、「聖マタイと天使」が続きます。
これは12使徒の一人でのちに「マタイによる福音書」を記したマタイが、通りがかったキリストに「私に従いなさい」と言われたシーン。
一番右の人物がキリスト。頭に輪っかがかかっていますね。マタイを指さしています。
そして、カラヴァッジョの絵で注目すべきなのは窓から注がれている光。この光に照らされているのがマタイということになります。
通常、美術界ではマタイはこの絵の左から3番目の髭の老人と言われています。
マタイは当時相当の年齢であっただろうということ。3部作の他の作品のマタイは、この老人と酷似していること。キリストの指先にいるのがこの老人に思えること、が根拠とされています。
ところが最近、日本を中心に、この絵におけるマタイは一番左のうつむいている若者ではないかとの説が有力になってきています。
理由の一つは、マタイは当時、最も賤しいと忌み嫌われていた収税人でした。役人の制服を着て、机の上で金貨を数えています。
私はこの解釈に行きあたった時、涙が止まりませんでした。誰よりも暗い顔でお金を数える、この若者こそがマタイだとしたら。
周囲の人間が指を差して非難し、世間が「この人だけは認められない」と評価を下したこの若者に、イエスは敢えてついてきなさいと言ったのです。私は無宗教ですが、この絵は、キリスト教の精神を雄弁に物語っているのではないかと思いました。
カラヴァッジョもまた、日々苦悩する人生に心をむしばまれていました。この絵を描いた数年後、殺人を犯して逃亡生活に入り、38歳で亡くなります。
放蕩の合間に絵を描くという生活をすることによって、自分の罪深さから目をそらし苦しみぬき、彼は悪人なりの「贖罪」の気持ちを描き続けたのかもしれません。
私にはカラヴァッジョが他人とは思えず、この若者のマタイの暗い顔にもまた、自分を見つけたのでした。この、皆から批判されながら救われようとしている収税人は、自分なのだと。
泣きつかれた後のような喉がふさがった気持ちでサン・ルイージ・ディ・フランチェージ教会の扉を開けると、夕立が起きそうな空の色になっていました。見上げると空から雨粒がひとつ、涙のように私の頬に落ちました。
明日も素敵な一日をお過ごしください。









