高校時代に息抜きで、自転車で山越えした事はあったけれど、徒歩での移動は始めてだった事もあり、途中で見えない目的地を前に何回か挫折しかけていた。
国道1号線を通ると、名古屋市から三重の方を通る。
その時は、10月といえどもあの県境の長い橋からは、暖かい風が吹き付けていて、ここで1度目の夜明けを迎えた。
その後は、次第に山へと向かっていく。
そして終わりなき上り坂へと差し掛かったのは、その日の夜だった。
周りはトラックがやたらと走っていた。
それを横目に見ながら、自分の持ち金で実家まで帰れる京都を目指したのだ。
だけど、あの鈴鹿山脈は七曲がりの道で、幾ら陸上の経験があっても徒歩で越えるのは無謀だと思えた。
この歩き道で思ったのは、それまでの自分の人生だった。
時に歯がゆく思いながら、事の発端となった、自分が大学を退学したあの日からの記憶が、より一層僕を虚しくさせていく。
その内に、この道を自分の人生だと例えるようにしたんだ。
何かを成し遂げるには、こんな道を越えていくような苦労をしなければ、才能にも欠けている僕には生きるすべが無い…。
しかし、また生きていくのが辛いという考えに陥る自分も居た。
動かなくなる体に必死でムチ打ちながら、懸命に歩き続けた。二つの考えを張り巡らして歩いた、この道は良くも悪くも記憶に残る…。
そして、病院を抜け出して4日で、京都駅までたどり着き、切符を買って在来線を乗り継いで広島まで帰り着いた。
母は、僕の姿を見てすぐに何かあった事を察知した。
そして、夜毎に不安になる思い、心の傷を癒やす為に暫くは家に居た。
病院にも勿論通って、薬を処方して貰いながら、心の不安定さを落ち着かせて来たのです。
心の不安定さが落ち着いて
今までで、全てを失いどん底に落ちた僕は、ある意味で開き直りがあった。
飢え死に同然の生活も送ったし、これ以上落ちる事は無い。
その気持ちで、一層前を向く事としたのです。
第3章 END
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第3章の執筆を終えて…
この章は、余りにも辛く表現の仕方が難しいので、全体的に記述が薄くなり、予定より遥かに少ない分量になってしまいました。
後は最終章を残すのみですが、前向きになっていく自分が現在に至るまでを繋いでいくので、ここもそんなに長くはならないかと思います。
(以下、追記です)
これを最初に執筆した2月と現在の間で、ブログの一旦退会や失業と再就職などがあります。
それを『EXTRA』として追加予定ですので、2月執筆時より少し長くなります。
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