僕は中学に入学した。
最初は穏やかに過ぎたんだ…。
最初の一学期だけは…。
僕は、中学に入学すると同時に、部活として陸上部に入った。
そこでは、毎日数キロ走らされ、練習は想像を遥かに超える過酷さだったけれど、元々走る事が好きだった僕にとっては、良い場所だった。
小学校の時、転校がかさんだ事と球技が苦手だった事とで運動クラブには入ら無かったせいもあり、
連日の疲労感は凄い物があったけれど、それでも充実した時間を過ごせていた。
また、高校・大学と進学する予定だった為、学費を貯める必要があった事から、
中学入学と同時に朝刊配達のバイトを始めた。
中学に入ってから、そんな生活環境が変わった事も僕にとっては前を向く、明るい意味で良かった。
実際、意識しないと笑えなくはあったが、意識して笑う事も多かった。
…そんな穏やかな日々も、中1の二学期に早くも崩れ去る。
上級生の不良に感化されたクラスメートが、自分達と意見が合わない者達に言葉と暴力で従わせようとしたのだ。
他のクラスメートが感化されて、悪い道を歩もうとする中僕は、その流れの中で只一人逆らった。
僕にはあの暴力に支配された過去があるから、もう暴力的な事にはコリゴリだった。
その頃から、連日終わる事が無い暴力的な日々が始まり、
同じ頃に母が病気を患い入院した。
1994年秋。
僕の人生の中で二番目に苦しい日々が始まりを告げた…。
入院した母の病気は、心筋梗塞だった。
手術を必要とする病気で、手術の結果母は何とか息を吹き返した。
そして、回復するまで安静にしていなければならない状況にあった。
そんな母に心配は掛けさせられない。
そう心に強く誓った僕は、学校での暴力的な日々の事は一切言わなかったし、時には母の病室に行く前に、外科に通うという事もした。
だけど…
そんな日々も続き、僕は身も心も壊れていくのだった…。
―――――――――――――――
(以下、追記です)
母の手術と、僕のイジメ問題。
この学校でも家庭でも救われないのは、本当に苦痛でした…。
ネットの普及で、現在のイジメは学校裏サイト等、僕が経験したもの以上に精神的に追い詰められる話は聞いた事がありますが、
何故イジメは後を絶たないのか?
そこが未だに理解出来ないですね…。
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