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考え方を考える

それは違うのお笑いの構造というのものがあると

思った


例えば、ドリームマッチで出てきたこんなの

新婚夫婦のコントで

A「おかえりなさい。

ご飯にする?それともメロンパン?」

B「メロンパンや!!」

(それは違う・・・)

ツッコミがボケているというパターンだな~~

今日はチュートリアルの笑いを考えてみた。


あれは、「何か独特な会話の主題の代入」だと思った。



例えば、ネタ「冷蔵庫」ならば、

家を買う時にする独特の会話の

家を冷蔵庫に置き換えた

という笑いであると

思った。

僕は小さい頃、

幸せにいきいき生きる祖父母の家によく行っていました。

そこの居間には、

誰かの教えが日ごとに書いてあるカレンダーがありました。


僕はいつもそれに眼を奪われていました。



僕はあまり言葉を扱うことがうまくない人間です。

しかしこんな僕でも、言葉にぐっとやられるときがあります。

そしてそれはみんなそうだと思います。

なぜなら、人間言葉によって生きている生物だと言ってもよいからです。



そこでこういうものが世の中にあったらいいなと思います。

「毎日名言が配信されるというサービス。」

こういう名言というものは、

とても人間のココロを引きつける力を持っています。

そしてそれは自分から求めるものでなく、

偶然的に出会うことに意味がある気がします。

例えば僕が、祖父母の家に行って

たまたまそこにかけてあるカレンダーを見る感覚で。

だからとりに行くのではなく、

配信されるという形が適切だと思うのです。

しかも、忙しく、情報に溢れる毎日ですが、

名言はたいてい短いものが多いので、PUSHされてもうるさくありません。

こういうサービス欲しいなー。

僕のトモダチがとても興味深いことを言っていた。


5だった人が一気に-5に行くことがあると

例えばどういうことかというと、

ある先輩が

実は末っ子なのにも関わらず

アニキ肌を見せる。

これはずっと末っ子体質であって、

あるときに、その末っ子体質に嫌気をさす、

そしてそれの防衛策として

一気にその逆、つまりアニキ肌の人間に

なろうとする。



確かにそうかもしれない。



そしておもしろいことに

これはブームに似ている気がする。

まあ考えてみれば、当然かもしれない。

ブームということも人間の性格も

人間が好きでそうしようとすることであるからである。



では人間はどうしたら、一気に逆に行ってしまうんだろうか。

ブームを解く鍵がここにあるのかもしれない。

脳の言語っていうのは、

イメージと連想なんだそうです。


偉人もそのことに自然と気づいていたそうです。







また偉人にはこういう共通点があるそうです。


目標に向かって粘り強く取り組む努力。


まーそうでしょうな。

アウトプットとしてすごいいいものをつくった人

僕の尊敬する人たち


この人たちにいえることは

この人いいなぁーと思うことである。



昔は、すごいトゲトゲしていたり

ものすごいヒステリックな人が

すごいいいものをつくったと

勝手に思っているけど

もしそうだとしたら、

なんかそれがその時代ではすごいいい人だったり思われたのかなと



繰り返しになるけど

今の時代すごいいいなぁーと思える

ああいう人たちが今すごいアウトプットをつくれて

昔の時代すごいいいなぁーと思える

当時の人が当時すごいアウトプットをつくれて


って勝手な対応を考えてみた。

まぁそもそも対応ってのは思考の省略なので

間違ってる可能性大

僕とはまったく離れたスタンスだと思った。

「創作の神様に対して素直」


僕は少しずれていたのかもしれない。

「自分の100%はたかがしれている。

僕は自分の生み出せるもののもっとすごいものをつくりたい

だから、みんな僕に力を貸して、っていうかんじ」

なるほど。

確かにそうだ。

アウトプット(生み出せるもの)っていうのは、

自分のものじゃない。

人のものだ。

この場合は「漫画の神様」のものだ。

そしてそれは自分なんて小さなものじゃない。

もっと大きなものを生み出さなくてはならない。

人ていうのはとても大切だなぁー。


自分も高める。

しっかり評価もする。

いいものはいいと評価する。

神様のものをつくる。

以前にも書いた、

ボクの好きな言葉、

企画のトゲ(おもしろさ)

(例えば、

子供の時にあった雑草トゲトゲを

トモダチに投げつけたくなる気持ちを

トゲにしたおもちゃみたいな)


しかし、ボクもあることだけど、

トゲがあるのか、

それは正しいトゲなのか、

世の中に受けるトゲなのか、

こんな時にはこういう言葉を思い出そう

新しくなければ企画にあらず




なるほどなるほど、

それにしても再放送ってすばらしい

グルワなんかをやっていると

自分がどうしてこんなにも頭が悪いのかということに気付く。


ん~~~~。

整理整頓。

絵を使え。


とりあえず頭を使え。

頭は疲れない。

これはボクの年代になるとこうなるのだろうか、

それとも時代の変革といえるのだろうか。



この前ある番組を見ていた。

花より男子、韓国版である。

そこで思ったことを。



この世界はとてもシンプルだ。

主人公という正義がいて、その主人公が恋をする。

そして絶対的な悪である、お母さんがそれを阻止する。

何が間違っていて、何が正しいのか、とてもはっきりしている、

正義悪の2項対立である。


しかしやっぱりボクはこの世界観にあまりしっくりこなかった。

具体的な場面で言うと、

ドウミョウジ母「あの子との結婚は間違っている」(悪)

ドウミョウジ姉「何でわからないの?お母さん」(正義)

ボクはこれを見て、

いやいや、ドウミョウジ母が間違っているとは限らないでしょ。

とツッコミを入れたくなった。

つまり、正義が悪を倒そうと頑張るという、

このドラマの売りに、のれなかったのである。



昔はこういう形が多かった。

2項対立を売りにしているものが多かった。

しかし、今はそうでもない。

同じドラマをとってみても、

例えば、とてもヒットした、トリックとかは、

そういう2項対立ではなく、

明確なトリックがあったとか、とてもおもしろいオチがよかったとか

別の売りがある。

別のトゲがある。

なんというか、数学的というか。

他にも、池袋ウエストゲートパークとかも

同じように、2項対立ではなく、

笑いや、最後のオチのようなところが

売りである。


こういったように、僕達は、

素直に2項対立を受け入れられないようになっているのである。



これも一つの身近な複雑系している世界の一つ

な気がする。