8月15日、晴れのち曇り… | フーテンボンジン日記

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田舎に暮らすオジさんのザッツネンターテインメント


雨の甲子園、ぬかるんだグランドで負けた選手たちは、どうやって砂を持ち帰るんだろう?


8月15日と言えば、正午のまぶしい陽を受け、歓声の止んだ静寂の甲子園にサイレンが鳴り響くの図。かの大戦で犠牲になった多くの人々(戦没者の6割が餓死!)に、一分間の黙祷を捧げる終戦記念日である。
終戦というより敗戦でしょう。終戦じゃ負けたんだが勝ったんだかはっきりしない。だいいち今の若者たち、太平洋戦争に無条件降伏で負けたこと、愚か無謀な国策の犠牲になったのは多くの若者たちであり、その妻や子、父母など家族であったことを知っているんだろうか。

そう言えば、広島と長崎に原爆が落とされたということを、今の若者は知っているんだろうか。原爆の日の安倍さんのあいさつで、昨年は「私たち日本人は、唯一の、戦争被爆国民であります」となっていたくだりが、今年は「人類史上唯一の戦争被爆国として、核兵器の惨禍を体験した我が国には」となっている。日本人という国民が姿を消され、国家が前面に出てきた。

“国家”を辞書で引くと、“国”と書いてある。じゃ“国”はと引くと、“国家”と出てくる。自分ならと考えてみると…はっきり説明できなくてもどかしい。かつて吉本隆明は、国は共同幻想であると言った。あくまでも国民が主体であり、国家はそのための道具に過ぎない。このことを一番忘れているのは、道具を任されたひとたちだ。

反対論者を「見解の相違」と突っぱねて、独りよがり調子外れに歌い出すこの国の音頭取りの恐さを知っているんだろうか。