孤立と個立
周りの意見を気にしなくなってきた。
たとえば、好きなファッションを着用するのに「いい年なんだから」だとか「実年齢には見えないね」と言われましても、放っておいてほしいのである。
うちのばあちゃんは言う。「似合っていればいいのよ」
その通りだと思う。
みんなが右向きゃ右、赤なら赤みたいなみんな一緒が安心みたいな考え方。
中学生ですか? 思春期なんですかって思う。
やかましいとすら思う。
周りの意見に左右されて、本音を隠すことが美徳だというのなら、私はそんなサークルに入りたくない。
それだけ頑固でゴーイングマイウェイでも孤立しないことを知った。
それでも私を好きと言ってくれて大切だと言ってくれるかけがえのない人がいる。私はその人達に囲まれていればさみしくないんだ。
昔は理解されたいと思った。すべての人と仲良くすることが人生を豊かにすると考えていた。
でも、違った。性根が腐っている奴がいる。見た目をどれだけ取り繕っても貧しい心は醜いままだ。
たとえば、ひとりひとり違う色を持って生まれてきたとして私が赤、あなたが青なら原色仲間になるかもしれない。でもカラーコーディネートには合わない組み合わせがあって混ぜると濁る色がある。
人間関係ってそんなもんだ。
周りと同調することが綺麗ですね。美しいですねって言われるならば、私はその部屋を出て自分の居心地のいい場所を探すだけ。
それでいいんだ。
それは孤立じゃなくて、個立なんだと思う。私という人がいて、あなたと言う人がいる。お互いが関わり合うことが新たなケミストリーを産むのならば楽しいし、嬉しいね。
人を大切にしていきたい。一方で分かり合えない人とは距離を置きたい。
私は確固たる私として生きていく。
その人脈が広いか狭いかが大切なんじゃない。狭かろうと周りから見たら偏屈だろうと、自分たちが満足なら、それが居場所なんだ。

(撮影場所:館山の素泊まり&カフェ「ワンドロップ」)