

身近なところに、幸せを感じてみる。
最近、半熟卵にはまっている。
水から煮立てて、湧いたら蓋をして5分。お湯からあげて、優しく殻を剥くのだ。
細やかな割れ目をたくさんつくり、てっぺんから剥いていく。少しずつ、割れ目を剥がしていく。白身は柔らかく、簡単に壊れてしまいそうである。
剥き終えた卵はつやつやと白く、湯気をあげている。それを、口に放り込む。
何もつけない。
白身が決壊する。柔らかいが火を通し、味は穏やかである。その中に、黄身が守られている。
すこし固まった黄身からドロりと火の通り切っていない黄身が流れてくる。慌てて口に放り込む。
味が口中に広がる。濃厚で、液体というには固形でつまりは半熟の黄身が口中で「どうだ、旨いだろう?」と笑いかけてくるのだ。旨い。口福である。
幸せを感じる。
炊きたてのご飯を食べる。
炊飯器をあけると、水が蒸気に変わるジュワーという音がする。つやつやと光り湯気をあげる白米をかき混ぜるのだ。柔らかいのに重さがあり、その重量感を茶碗によそう。
茶碗からこんもりと山のようによそわれた白米をひとつ箸ですくい、口に運んでみる。熱い。そして、甘いのである。柔らかいのである。旨いのである。そこに、一粒かつお梅を乗せてやる。ご馳走にかわる。
かつお梅は酸っぱいのに、甘く、そしてかつおのいい味が染み込んでいる。
梅の甘さ、ご飯の甘さ、つまりはマリアージュ! 結婚式なのである。口の中で協会の鐘が鳴る。人生最幸の日。
つまりは、幸せを感じる。
日本は豊かな国だ。
美しい山がある。
綺麗な空がある。
緑がある。
人の優しさが満ちている。
忘れているだけ。
もしくは見えなくなっているだけ。
深呼吸しよう。
目を開こう。
景色が一転してみえる。
ああ、幸せだと心が豊かになる。
8連勤の4連勤めをむかえている。1週間は10日あることにした。週休2日である。
幸せも不幸せも心が作り出している。
私は、炊きたてのご飯とかつお梅と半熟卵をお弁当箱に詰めてきた。
お昼ご飯が楽しみである。