駅前にある「花屋 さくら」は、陽の従姉が創めたお店だ。さくらの美的センスによって構築された花屋はシンプルながらに可愛らしく花を魅せる。贈り物の多い若い女性を中心に愛されて、店は順調のようだった。
陽は、花が大好きだと笑うさくらに連れられてよく散歩した。緑化に力を注いだ街には、いくつもの花壇があって、我々の目を楽しませてくれる。さくらは花の一つ一つを指さしながら、陽に花の名前を教えた。
高校生になるころには陽もすっかり花博士で、学校では生物係を請け負っていた。その日も、紫陽花の葉の表面が白くなっているのを発見して、これは殺菌剤を買ってこなくちゃなぁと考えていた時だ。母親から電話があった。
「なに?」
「さくらちゃんが捻挫して」
さくらは、足を包帯でぐるぐる巻きにされて病院のベッド腰掛けていた。
「陽、悪いんだけど店任されてくんない?」
「いや、無理でしょ。普通に」
「だいじょうぶ。陽、お花大好きじゃん」
太陽みたいに笑われて、陽は押し黙る。他でもないさくらの頼みであれば、陽は断ることはできなかった。
「陽くん、このお花を中心に2000円くらいで花束を作りたいんだけど」
「ガーベラですか? いいですよね。ビタミンカラーで元気があって、贈っていただける方もきっと元気になりますね」
今日、届いた花も本当に綺麗だ。色鮮やかな花に囲まれていると心まで浮かれてくる。
花屋の仕事は思っていたよりも、簡単だった。花束を作るのも最初は本当に分からなくて困ったけれど、正直に「分からないんです」と伝えればお客様が一緒になって考えてくれた。
突如として店長を任された男子高校生は、どうやらお客様に受け入れられたらしい。さくら居ずとも客足は途絶えることなく、今日も花屋は大忙しだ。
「ガーベラを中心に持ってくるんでしたら、イエローのミニバラも添えて後はグリーンで彩りを揃えれば可愛らしいと思います」
どうですかと、ひとまとめにした花束を見せるとお姉さんは、うんうんと頷いた。
「可愛い! それで、お願いします」
「ありがとうございます」
花の色が映えるようにラッピングペーパーはベージュを選択する。丸みを持たせるように包み、黄色のリボンを結んだ。
「どうぞ」
「ありがとう、今日は友達の誕生日なの」
「それは、それは。僕からもおめでとうとお伝えください」
陽が手を振って見送ると、お姉さんも大きく手を振りながら改札の向こう側に消えていく。店先に戻ろうと振り返ったところで、伊勢崎がしゃがみこんでいるのが目に入った。
「何やってんですか、伊勢崎さん」
「ふむ」
顎に手を当てながら伊勢崎は目の前の向日葵に視線を送っている。真正面、右上、左上と顔の位置を変えながら向日葵を360度眺めているようだった。
「向日葵はずいぶんと小さくなってしまったんだねぇ」
伊勢崎は細い眼を陽に向けた。
「それはミニヒマワリって言うんですよ」
「そうかそうか、ずいぶんと小さくなってしまって」
伊勢崎は再度呟くと、花に向かって話しかけ始めた。「品種改良っていうやつかい?」「大きい姿じゃやってられんのかね?」といった具合だ。
伊勢崎は、変な人だ。着物というか浴衣というかを着ていて(「本人は着ながしって言うんだよ」って言っていた)、年のころは20代にも見えるし、40代にだって見える。年を感じさせない雰囲気があった。一度、「こんな時間から出歩いて、仕事ないんですか?」って言ったら「僕は在宅の仕事なんですよ」って言っていた。
「僕が子供のころは、向日葵はずいぶんと大きくてねぇ」
自分の背よりも高い向日葵が太陽に向かって咲く。圧倒されるくらい密集した向日葵畑は、不思議の世界に迷い込んだような気持ちがした。
「今はこじんまりとして、君はさしずめ都会の向日葵って感じかな」
空も狭く、小さな土地にこれでもかって人間が詰め込まれて生活している。向日葵に広い場所が与えられるわけもなく、それでも向日葵として人々の心を癒すため、姿を変えて存在しているのだ。
「いや、それにしても綺麗だ」
伊勢崎は頬を綻ばせる。
「当り前じゃないですか、だって生きている」
人間や動物のように声を発したりしないけれど、酸素を得て栄養を得て、花は美しく生きる生物だ。1輪1輪の花は決して無機物ではなく、生きているのである。
「ああ、そうか。生きているんだね」
花屋は生命力に満ちている。だから、美しい。

