小説家になりたいという夢を秘めた方から読者登録いただいたので、私が大嫌いな文章の話をしようと思う。
例をあげよう。
窓が開いていた。開け放たれた窓からはさんさんと光が差し込んでおり、部屋全体を明るくみせた。それは、私の暗い心を明るく照らすようで頼もしいように感じた。
ありがちだと思うんですが、こういった文章。
確かに小説はありのままをありのままに書けという。だがしかし、けっして作文ではなく、そしてあったこと、そうであったことを羅列して物語を進めていくだけならば、なんかもう読まなくてもいい気すらしてくるのだ。文章の中に私が書き表したい世界が最近はっきりと分かってきた。
私は世の中を、社会を斜め下から「へぇ、あっそ~、くだらない」と思いながら眺めるようなイメージの文章を並べたい。それが受け入れられたら個性だし、受け入れられなかったら悪いクセだ。
たとえば上記の文章を私がいま書きたい方法で書いていくとこうなる。
太陽というものは、どうしてこうも空気が読めないのだろう。私の心は傷心中で、明けない夜を彷徨っているというのに、朝も6時を過ぎれば強制的に太陽が顔を出す。不精して買ったカーテンは窓枠よりも短くて「さあ、起きろ」と私の顔を的確に狙ってくる。太陽ごときに負けるものかと勢いよくカーテンを引けば、ドラキュラよろしく全身に光を受けた。振られた繊細な私のハートがチリチリと霧散していくのが見えるようだった。
「もう、いい! 目ぇ覚めた!」
口で言ってみれば一晩悩んだことが馬鹿らしくなってきた。私は目覚めた。もう、新しい恋を始めるのだ。思い直して眩しい光を受けていたらなんだか楽しくなってきた。今日という1日が始まった。
自分視点で、無駄な修飾語が多いようにも感じますが、現代において受け入れられやすい描写なんじゃないかと思っている。キャラクターの性格によって文章の印象は変わるだろうが、ユーモアを常に散りばめたいというのが今の私が作り上げたい世界観。
どうですか?


