さあ、問題です。
①重複
②女王
③他人事
④代替
読んでみてください。
いやぁ、ネットのニュースみていたらたまたま発見しただけなのですが、これは面白いですよ。
①ちょうふく
②じょおう
③ひとごと
④だいたい
以上、4通りが正解なんですって。
あらぁ、知らなかったわぁ。
①じゅうふく
②じょうおう
③たにんごと
④だいがえ
って読んじゃってたわぁ。
でもね、今ではそうやって読む人が増えちゃったから追認されている読み方らしいのですよ。
正しくは上の読み方だけれど、下の読み方でもいいよって感じらしいです。
これは知らない人が多いと思うのですが、知っている人からしたら「間違っているなぁ」と思うのでしょうか。
漢字は難しいですね。
可愛い服が着たいなぁ。
目にとまった商品を、「あのスカートにあわせたら可愛いだろうな」とか、このシャツもすこし褪せてきたし新しいのを買いに行こうかしらなんてお金を気にせず感性のショッピング。お気に入りのコーディネートをブログにのせちゃったりして、あやのさんのコーディネート好きです。なんて。
お金ないけどね。
あー、ひもじいよぅ。欲しいものも買えない世の中なんて。
でもさ、たとえば普通に仕事してりゃお金は入る訳じゃないですか。仕事量に見合った報酬というかさ。飲食店で働いているから、まぁちゃんと仕事してお金も稼いでという方しか食べにこないようなお店でさ。羨ましいなと思うこともあるけれど、私には私の幸せがあるし、なにより文章書いているときが一番充実しているからなぁ。
やっぱり書きたいなぁ。文章。可愛い服だって、新しい化粧品だって欲しいけれど、文章ちゃんと書いていけるようになったら買えるし、でも今しか文章書いて生きていきたいって定職にも就かずにふらふらしていられないもんな。許されているうち。
ちゃんと書こう。
私は、夢の中で自分の欲しいものを買う夢をたびたび見る。お金が手に入ったり、扇風機を買っていたり、お金があって、欲しいものが買える夢を見る。起きたときの喪失感は半端ないけれど、夢で見るほど欲求が強いのかねと笑ってしまう。
いいのよいいのよ、夢の中の自分。安心しんしゃい、私がちゃんと与えてやる(笑)
いまは頭の中でしか実現できないようなことも、きっと形にしてみせる。
頭の中にさ、すべての理想を描いてみる。そうしたらやりたいことがクリアーになるんだよね。透けて見えるよ。そうすると救い取れる。なんかもう何していいか分からなくてごちゃごちゃしているときは、とっておきの1番だけを考える。私のオススメの脳内整頓術です。
目にとまった商品を、「あのスカートにあわせたら可愛いだろうな」とか、このシャツもすこし褪せてきたし新しいのを買いに行こうかしらなんてお金を気にせず感性のショッピング。お気に入りのコーディネートをブログにのせちゃったりして、あやのさんのコーディネート好きです。なんて。
お金ないけどね。
あー、ひもじいよぅ。欲しいものも買えない世の中なんて。
でもさ、たとえば普通に仕事してりゃお金は入る訳じゃないですか。仕事量に見合った報酬というかさ。飲食店で働いているから、まぁちゃんと仕事してお金も稼いでという方しか食べにこないようなお店でさ。羨ましいなと思うこともあるけれど、私には私の幸せがあるし、なにより文章書いているときが一番充実しているからなぁ。
やっぱり書きたいなぁ。文章。可愛い服だって、新しい化粧品だって欲しいけれど、文章ちゃんと書いていけるようになったら買えるし、でも今しか文章書いて生きていきたいって定職にも就かずにふらふらしていられないもんな。許されているうち。
ちゃんと書こう。
私は、夢の中で自分の欲しいものを買う夢をたびたび見る。お金が手に入ったり、扇風機を買っていたり、お金があって、欲しいものが買える夢を見る。起きたときの喪失感は半端ないけれど、夢で見るほど欲求が強いのかねと笑ってしまう。
いいのよいいのよ、夢の中の自分。安心しんしゃい、私がちゃんと与えてやる(笑)
いまは頭の中でしか実現できないようなことも、きっと形にしてみせる。
頭の中にさ、すべての理想を描いてみる。そうしたらやりたいことがクリアーになるんだよね。透けて見えるよ。そうすると救い取れる。なんかもう何していいか分からなくてごちゃごちゃしているときは、とっておきの1番だけを考える。私のオススメの脳内整頓術です。
ときには普通の日常的な話でも書いちゃいましょうかねぇ。
こういうときは趣味の話でもしよう。趣味というものは自分で勝手に「これが好きだなぁ。あれが好きだなぁ」という直感で選ぶものだと思うのですが(自分のイメージを大切に偽りの趣味を掲げている人がいるのならばそれはそれでしんどい話だ)、私の場合は読書・カメラ・妄想なのである。
我ながらお金のかからない趣味だ。だから今のように来月の終りまでどうしても金が回らないようなときも何とかなる。
お金の譲渡が発生する場に極力近付かず、飲み会の予定だけのスケジュール帳ができあがる。
読書も読んでいない本がたまっているし、
カメラも、地元を散策しながら写真が撮りたいと思っていることが実行できていない。

妄想に至ってはお得意なものだが、最近は妄想と小説の融合が個人的なマイブームなんだ。溶け込ませるメッセージ性に独自の解釈を忍ばせたい。
この間言っていたストーカーの一途な恋の話を原稿用紙15枚分くらいで軽く書き上げたのだが、難産であった。頭が痛くなるかと思った。登場人物それぞれの解釈、生き様を文面に表わしていかなければならないというのに私の頭は1つしかなく、それぞれを書きだしてみては最善を選んでいく。情報処理の限界を感じた。それでも構想を練るという作業に関しては突発的な小説はいきあたりばったりで書いているので渾身の一作にはならないのだ。オリジナル作品の執筆もやらねばならぬ作業のひとつだ。
日々、金のために労働力を提供する毎日だ。忙しさに目が回りそうな店で、プライベートはどっぷりと趣味に費やす。日々働いていると、お店に来店されているような方は仕事仕事のルーティンワークで仕事のストレスを溜めこんでいる人が多いと感じる訳さ。
もっと楽しめばいいのになぁとふと思う。まぁ私は楽観主義なわけですが、なにもかもうまくいくと思っているからね。あんまり失敗すること考えていないからね。
今日は下睫毛にもマスカラをたっぷりのせたいなぁと思っているのですが、職場が暑いのでとけるかなぁと心配しています。うん、どうしようかなぁ。メイクも趣味に数えたいくらい好きです。
お金が入ったらメイク道具も買いに行きたいなぁ。
そんな訳で徒然と語らせていただきました。
こういうときは趣味の話でもしよう。趣味というものは自分で勝手に「これが好きだなぁ。あれが好きだなぁ」という直感で選ぶものだと思うのですが(自分のイメージを大切に偽りの趣味を掲げている人がいるのならばそれはそれでしんどい話だ)、私の場合は読書・カメラ・妄想なのである。
我ながらお金のかからない趣味だ。だから今のように来月の終りまでどうしても金が回らないようなときも何とかなる。
お金の譲渡が発生する場に極力近付かず、飲み会の予定だけのスケジュール帳ができあがる。
読書も読んでいない本がたまっているし、
カメラも、地元を散策しながら写真が撮りたいと思っていることが実行できていない。

妄想に至ってはお得意なものだが、最近は妄想と小説の融合が個人的なマイブームなんだ。溶け込ませるメッセージ性に独自の解釈を忍ばせたい。
この間言っていたストーカーの一途な恋の話を原稿用紙15枚分くらいで軽く書き上げたのだが、難産であった。頭が痛くなるかと思った。登場人物それぞれの解釈、生き様を文面に表わしていかなければならないというのに私の頭は1つしかなく、それぞれを書きだしてみては最善を選んでいく。情報処理の限界を感じた。それでも構想を練るという作業に関しては突発的な小説はいきあたりばったりで書いているので渾身の一作にはならないのだ。オリジナル作品の執筆もやらねばならぬ作業のひとつだ。
日々、金のために労働力を提供する毎日だ。忙しさに目が回りそうな店で、プライベートはどっぷりと趣味に費やす。日々働いていると、お店に来店されているような方は仕事仕事のルーティンワークで仕事のストレスを溜めこんでいる人が多いと感じる訳さ。
もっと楽しめばいいのになぁとふと思う。まぁ私は楽観主義なわけですが、なにもかもうまくいくと思っているからね。あんまり失敗すること考えていないからね。
今日は下睫毛にもマスカラをたっぷりのせたいなぁと思っているのですが、職場が暑いのでとけるかなぁと心配しています。うん、どうしようかなぁ。メイクも趣味に数えたいくらい好きです。
お金が入ったらメイク道具も買いに行きたいなぁ。
そんな訳で徒然と語らせていただきました。
「貶めようとしてんのかねぇ」
スタイリストのまやさんの言葉に、カメラマンの耕太が噛みつく。
「貶めるって一体誰が!」
「誰がって訳じゃなくってさ。リリは誰から見たって若いし可愛い。今年一番の注目度なんて前評価だってすこぶるいい。でもなんだってこのキャスティングにリリってこっちが聞き返したくなるキャスティングばっかりリリにまわってくる。そりゃ反感買うのも当然だわな。原作のあるドラマにはイメージってもんがあんじゃん?」
「リリのイメージを崩さずに役柄を活かすたってねぇ」
「千年女優にでもリリがなれれば問題ないんだけどね」
「いっちょやったる? リリのイメージぶっ壊して、原作のキャラクターを活かしたリリちゃん女優化計画」
「まぁ半端にやって、低視聴率女王のバッテル貼られるよりかは?」
「つーか、そこまでやっちゃったらキャスティングミスっていうか配役に問題があるんじゃないのって思ってしまうわ。まぁ、プロデューサーさまさまだし?」
「そうそう、リリに声掛ってるだけマシってやつよ」
「という訳で、やってみようね。リリ。あんたは今日から17歳の女優リリちゃんの人生を捨てて、台本通りにキャラクター作ってマインドコントロールね」
「見た目のイメージは私たちが作っちゃる」
「なんか壮大なことになっちゃったね」
「まぁ、お仕事ですし?」
「お金大好きですし?」
「稼がせてよ、リリちゃん」
「テレビの前の視聴者様に新しいリリちゃんお見舞いしちゃいな?」
「まぁ、私も若くて可愛いってだけでアイドル扱いされたくもないしねぇ。女優リリちゃん成長のとき?」
「クランクアップまで全力で! ファイ!」
大きさの違う手が重なった。自分にふさわしくない役をいくつももらった。「キャスティングミスだ」「リリには合わない」いくつももらった罵声の数々。でもさ、こっちだってもらったお仕事なわけ。無碍には断れないじゃない?
だから私が役に近付く。私を使いたいプロデューサーさんも、原作を大切にしている視聴者様にもがっかりさせない期待以上の私の成果を。絶対に私の力になる。
その日私は、私を捨てた。
スタイリストのまやさんの言葉に、カメラマンの耕太が噛みつく。
「貶めるって一体誰が!」
「誰がって訳じゃなくってさ。リリは誰から見たって若いし可愛い。今年一番の注目度なんて前評価だってすこぶるいい。でもなんだってこのキャスティングにリリってこっちが聞き返したくなるキャスティングばっかりリリにまわってくる。そりゃ反感買うのも当然だわな。原作のあるドラマにはイメージってもんがあんじゃん?」
「リリのイメージを崩さずに役柄を活かすたってねぇ」
「千年女優にでもリリがなれれば問題ないんだけどね」
「いっちょやったる? リリのイメージぶっ壊して、原作のキャラクターを活かしたリリちゃん女優化計画」
「まぁ半端にやって、低視聴率女王のバッテル貼られるよりかは?」
「つーか、そこまでやっちゃったらキャスティングミスっていうか配役に問題があるんじゃないのって思ってしまうわ。まぁ、プロデューサーさまさまだし?」
「そうそう、リリに声掛ってるだけマシってやつよ」
「という訳で、やってみようね。リリ。あんたは今日から17歳の女優リリちゃんの人生を捨てて、台本通りにキャラクター作ってマインドコントロールね」
「見た目のイメージは私たちが作っちゃる」
「なんか壮大なことになっちゃったね」
「まぁ、お仕事ですし?」
「お金大好きですし?」
「稼がせてよ、リリちゃん」
「テレビの前の視聴者様に新しいリリちゃんお見舞いしちゃいな?」
「まぁ、私も若くて可愛いってだけでアイドル扱いされたくもないしねぇ。女優リリちゃん成長のとき?」
「クランクアップまで全力で! ファイ!」
大きさの違う手が重なった。自分にふさわしくない役をいくつももらった。「キャスティングミスだ」「リリには合わない」いくつももらった罵声の数々。でもさ、こっちだってもらったお仕事なわけ。無碍には断れないじゃない?
だから私が役に近付く。私を使いたいプロデューサーさんも、原作を大切にしている視聴者様にもがっかりさせない期待以上の私の成果を。絶対に私の力になる。
その日私は、私を捨てた。
激しく遺憾だ。いかんのい~。
最近は、スマホが流通している。スマホってやつは文章を入力するのは不得意で、ちょっとした操作ミスですぐに誤変換などを生み出してしまう。
変換ミスなのか、日本語が苦手なのか。
最近、あった話だ。
1つめ!
facebookで「腰痛が激しく痛い」と書いている人がいた。
23件のコメントがあったが誰1人としてその表現の違和を唱える者はいなかった。二重表現だ。代表的な「頭痛が痛い」と代り映えのしない間違いだ。23人もの人が感想を書くくらいまで熱心に読みこんで、誰一人気付かなかったのか。それとも、最近は少しの誤字くらいは指摘しないものなのか? 私が文章を嗜むせいか、とても気になったのだが、コメントで水を差すのもと思い遠慮した。
2つめ!
LINEだ。姉ちゃんだ。「夕飯いる?」という母の問いに「入ります」と姉が返していた。それでは、「いります」でなく「はいります」だろう。必要、必要ないの話だ。漢字変換するのならば「要ります」だ。それに「いる」という表現はわざわざ漢字変換することはない。漢字と平仮名の割合は3:7だ。「いる」という表現は真っ先に平仮名で表わされる文字の1つであろう。家族4人が参加しているグループだが、その誤字を指摘したのは私だけであった。
操作ミスならば、誤字は許されるのか?
日本語を間違えている。それは母国語を扱うものとして、とても恥ずかしいのではないだろうか。間違った日本語が急速に流通しているような気がして、私はそれが恐ろしくてたまらない。
誤字・脱字。たとえ周りに異論を唱える者がいなくなっても私は気をつけて生きていこう。間違っていたら、コメントで指摘してくれると有難い。
私は間違った日本語を黙認する世の中を肯定したくはないのだ。
最近は、スマホが流通している。スマホってやつは文章を入力するのは不得意で、ちょっとした操作ミスですぐに誤変換などを生み出してしまう。
変換ミスなのか、日本語が苦手なのか。
最近、あった話だ。
1つめ!
facebookで「腰痛が激しく痛い」と書いている人がいた。
23件のコメントがあったが誰1人としてその表現の違和を唱える者はいなかった。二重表現だ。代表的な「頭痛が痛い」と代り映えのしない間違いだ。23人もの人が感想を書くくらいまで熱心に読みこんで、誰一人気付かなかったのか。それとも、最近は少しの誤字くらいは指摘しないものなのか? 私が文章を嗜むせいか、とても気になったのだが、コメントで水を差すのもと思い遠慮した。
2つめ!
LINEだ。姉ちゃんだ。「夕飯いる?」という母の問いに「入ります」と姉が返していた。それでは、「いります」でなく「はいります」だろう。必要、必要ないの話だ。漢字変換するのならば「要ります」だ。それに「いる」という表現はわざわざ漢字変換することはない。漢字と平仮名の割合は3:7だ。「いる」という表現は真っ先に平仮名で表わされる文字の1つであろう。家族4人が参加しているグループだが、その誤字を指摘したのは私だけであった。
操作ミスならば、誤字は許されるのか?
日本語を間違えている。それは母国語を扱うものとして、とても恥ずかしいのではないだろうか。間違った日本語が急速に流通しているような気がして、私はそれが恐ろしくてたまらない。
誤字・脱字。たとえ周りに異論を唱える者がいなくなっても私は気をつけて生きていこう。間違っていたら、コメントで指摘してくれると有難い。
私は間違った日本語を黙認する世の中を肯定したくはないのだ。