「よし」
「なにが、よしなんだよ!」
六畳一間のアパートに私は一人のはずだった。見知らぬ男の低い声に、心臓が大きく跳ねる。ドクドクと波打つ胸を押さえながら意を決して振り向けば、そこには若い男が立っていた。
黒いTシャツにジーンズを履いた男が私を睨みつけている。
私は荷造りをしていた。目の前には真新しい段ボールがひとつ、ガムテープで閉じられた状態で置いてある。冴えない中年の一人暮らしの私の部屋は汚部屋と呼ぶのに相応しく食べたカップ麺は割り箸が突っ込んであるまま放置され異臭を放っている。飲んだビールの缶は足元に転がり、布団の上だけが唯一のスペースだ。小さなちゃぶ台の上にはいまは段ボールがひとつ置いてある。ちゃぶ台の上に載っていた雑誌は床に置いた。ゴミは何ヶ月も捨てられずに部屋の片隅に積み上げられている。
「お前は誰だ! 何、勝手に入ってきているんだ!」
私は激昂しながら叫んだ。当然だ。我が家だ。ずかずかとゴミを踏みしめて、男に掴みかかる。
「お前はその荷物ひとつ持って、ここを出て行くのか!」
男は怯むことなく、私よりも大きな声を出した。部屋の扉を殴りつける。バンッという大きな音に私は少なからず怯んだ。
男の叫んだその言葉は真実で、私は今夜この家を出て行こうとしていた。
「ずいぶんと勝手じゃねーか、荒らすだけ荒らして生き辛くなったら必要最低限だけ持ち出して箱ごとポイか!」
心を見透かされているというのはたいへんに気持ちが悪い。だって仕方ないじゃないか。私は掃除が苦手だし、あとで片付ければいいや、今日は寝て明日に、それを繰り返していたら気付けばこうなっていた。最近では安眠もできなくなって、仕事にも支障をきたしている。このままでは私の生活が危ういのだ。仕方ないじゃないか。私の心の中は自分を擁護する言葉で埋め尽くされていた。
「アンタはやり直せると思っている。ゲームのデータをロードするみたいに、新しい土地で新しくやり直したらいいんだと今この状況を投げ打って、自分の都合で勝手な理由で今この状況を諦めようとしている」
私は何も言えないでいた。男は尚も私を蔑む言葉を叫び続けていた。
「でもなそんな簡単なことじゃねーんだよ。もうやり直したりできねーんだよ、デジタルな世界を、バーチャルな世界を生きてんじゃねーんだよ。ここが現実なんだ、よーく見ろ!」
私の目にはゴミが見える。
「アンタが諦めた今を、一生懸命生きようとして病室で手術を受けてる子どもいんだよ。飯が食いたいと泣きながら今この瞬間に息絶える貧困な国だってあるんだよ。アンタは恵まれてんだ。たくさんのゴミを生み出せるくらい、アンタはモノも時間も持ってんだ」
私は視線を逸らし、心を閉ざそうと努めた。そう何も一晩続くわけじゃない。男もその内諦めて出て行くだろう。そう思い、私は時が過ぎ行くのを待った。閉じようとした瞳を無理やりに開かされる。男の指が私の目蓋を押し上げた。抵抗しようと両腕を上げると、男は私を蹴り上げた。あまりの痛みに蹲る。
男は蹲る私の前髪を掴み、ゆっくり視線を合わせてきた。私は恐怖に変な声を出す。男は私をじっと見ると、落ち着いた口調で呟いた。
「責任持てよ」
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書きたかったことは書けたんですが伝わったかなぁ。
小話を考えたきっかけはひとつのツイートで炎上した人間が、その発言を消せば元通りになったと思っているけど、もう元には戻らないんだよってことから派生させた。使い捨ての缶ジュースみたいに、一度プルタブを引き抜いたらもう元には戻らない。アンタの心無い一言で傷ついた人はアンタがその発言を撤回してもいつまでも忘れないでいたりすんだよってこと。
SNSが大盛況の昨今、簡単な気持ちで言葉を吐き出しているけれど、発言には責任が追随するということを忘れてはいけない。
それからポイ捨てとかも許せない。地球はゴミ箱じゃない。
そういう大事なことって忙しい毎日で見落としがちだから、こうやって誰かが言ってくれると「ありがとう」って気持ちにならない?



