夢は小説家ですと本気で宣ふブログ -18ページ目

夢は小説家ですと本気で宣ふブログ

文章の世界に魅入られた小娘が、妄想を書籍化しようと奮闘する日記。

「よし」

「なにが、よしなんだよ!」

 六畳一間のアパートに私は一人のはずだった。見知らぬ男の低い声に、心臓が大きく跳ねる。ドクドクと波打つ胸を押さえながら意を決して振り向けば、そこには若い男が立っていた。

 黒いTシャツにジーンズを履いた男が私を睨みつけている。


 私は荷造りをしていた。目の前には真新しい段ボールがひとつ、ガムテープで閉じられた状態で置いてある。冴えない中年の一人暮らしの私の部屋は汚部屋と呼ぶのに相応しく食べたカップ麺は割り箸が突っ込んであるまま放置され異臭を放っている。飲んだビールの缶は足元に転がり、布団の上だけが唯一のスペースだ。小さなちゃぶ台の上にはいまは段ボールがひとつ置いてある。ちゃぶ台の上に載っていた雑誌は床に置いた。ゴミは何ヶ月も捨てられずに部屋の片隅に積み上げられている。

「お前は誰だ! 何、勝手に入ってきているんだ!」

 私は激昂しながら叫んだ。当然だ。我が家だ。ずかずかとゴミを踏みしめて、男に掴みかかる。

「お前はその荷物ひとつ持って、ここを出て行くのか!」

 男は怯むことなく、私よりも大きな声を出した。部屋の扉を殴りつける。バンッという大きな音に私は少なからず怯んだ。

 男の叫んだその言葉は真実で、私は今夜この家を出て行こうとしていた。

「ずいぶんと勝手じゃねーか、荒らすだけ荒らして生き辛くなったら必要最低限だけ持ち出して箱ごとポイか!」

 心を見透かされているというのはたいへんに気持ちが悪い。だって仕方ないじゃないか。私は掃除が苦手だし、あとで片付ければいいや、今日は寝て明日に、それを繰り返していたら気付けばこうなっていた。最近では安眠もできなくなって、仕事にも支障をきたしている。このままでは私の生活が危ういのだ。仕方ないじゃないか。私の心の中は自分を擁護する言葉で埋め尽くされていた。


「アンタはやり直せると思っている。ゲームのデータをロードするみたいに、新しい土地で新しくやり直したらいいんだと今この状況を投げ打って、自分の都合で勝手な理由で今この状況を諦めようとしている」

 私は何も言えないでいた。男は尚も私を蔑む言葉を叫び続けていた。

「でもなそんな簡単なことじゃねーんだよ。もうやり直したりできねーんだよ、デジタルな世界を、バーチャルな世界を生きてんじゃねーんだよ。ここが現実なんだ、よーく見ろ!」

 私の目にはゴミが見える。

「アンタが諦めた今を、一生懸命生きようとして病室で手術を受けてる子どもいんだよ。飯が食いたいと泣きながら今この瞬間に息絶える貧困な国だってあるんだよ。アンタは恵まれてんだ。たくさんのゴミを生み出せるくらい、アンタはモノも時間も持ってんだ」

 私は視線を逸らし、心を閉ざそうと努めた。そう何も一晩続くわけじゃない。男もその内諦めて出て行くだろう。そう思い、私は時が過ぎ行くのを待った。閉じようとした瞳を無理やりに開かされる。男の指が私の目蓋を押し上げた。抵抗しようと両腕を上げると、男は私を蹴り上げた。あまりの痛みに蹲る。

 男は蹲る私の前髪を掴み、ゆっくり視線を合わせてきた。私は恐怖に変な声を出す。男は私をじっと見ると、落ち着いた口調で呟いた。

「責任持てよ」

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 書きたかったことは書けたんですが伝わったかなぁ。

 小話を考えたきっかけはひとつのツイートで炎上した人間が、その発言を消せば元通りになったと思っているけど、もう元には戻らないんだよってことから派生させた。使い捨ての缶ジュースみたいに、一度プルタブを引き抜いたらもう元には戻らない。アンタの心無い一言で傷ついた人はアンタがその発言を撤回してもいつまでも忘れないでいたりすんだよってこと。
 SNSが大盛況の昨今、簡単な気持ちで言葉を吐き出しているけれど、発言には責任が追随するということを忘れてはいけない。
 それからポイ捨てとかも許せない。地球はゴミ箱じゃない。
 そういう大事なことって忙しい毎日で見落としがちだから、こうやって誰かが言ってくれると「ありがとう」って気持ちにならない?




   理想の嫁
                                佐々木 あんの

 理想の嫁といわれて真っ先に思い浮かぶ嫁はどういう嫁だろう。たとえば、白いフリルエプロンの似合うロリ巨乳の女で「ダーリン、待ってたよ」とピンクのグロスに濡れる唇を尖らせる嫁だろうか。それとも、慣れない包丁に指先に絆創膏を巻いて「失敗しちゃった」と舌を出す元気印の嫁だろうか。あらゆる嫁を妄想してきたが、私の理想とする嫁は「武士の女」なのだ。ちょっと、そういう話がしたい。
 武士の女。まずは椿油に滴るような色気を放つ黒髪を想像していただこう。キュッとまとめて着物を纏い、瞳はキリリと釣りあがっている。
 旦那が帰ると、女は玄関先に三つ指をゆき「おかえりなさいまし」と頭を下げる。
「おう、いま帰ったぞ」
「よくお帰りになられました」
 男は長い旅路に汚れた外着を女に渡すと、堂々と廊下を歩き出す。女は三歩後ろをついて歩く。男は部屋着に着替える傍ら女は男の着替えを手伝う。
「変わりないか?」
「そういえば、最近お隣の金魚が野生の野良にやられたと」
 女はしばし考えて、そうしてそっと口に出す。
「お前は平和でいいの」
 男は堪らず笑い出す。道中、けして平和といえなかった。奇襲にあうのをお得意の刀でいなしながら今度もなんとか生き延びたのだ。それを、家内は隣の金魚などを案じているのだという。
 それでも男は、そんな家内を気に入っていた。「私にはあなたしかおりましね?」と身を寄せ、賢いところもあるというのに時々そんな天然な発言をしては癒してくれる。
 けして自分で選んだ相手ではないが、男はそんな嫁を気に入っている。
「お前にかんざしを買うてきた」
「そないなたいそうなもの、貰うていいんですか?」
「お前のために買うてきたんじゃ。付けてみぃ?」
 女の白く長い指が器用にかんざしを髪に巻きつけて結い上げる。
「似合うておるぞ」
 男は屈託なく笑う。外の世界でそんな様子はちとも見せない厳格な男だ。刀と師を崇め、稽古にも手を抜かず鍛錬に励む男だ。本家を継ぐ身分にはないが信用されていて自分の家を持っている。立派な武士であった。
「有難く頂戴いたします」
 女の細められる瞳に、男は細い手を引っ張って自分の懐に収めてしまう。強く引っ張られたこめかみを撫で、そっと唇を寄せる。
「お前と早くこうしたかった」

 私はその時代を生きていないし、社会が得意だったかと問われれば得意なのは国語であって決して歴史が得意だったわけじゃない。妄想もいいところだ。
 それでも、そうして男に愛される嫁が羨ましいと思うし、いっそのこと自分の夢を追いかけるよりも男の夢を支援している健気な姿がいっそ清々しくも素晴らしい生き様のように思うのだ。
 今の世に、まさしく共働きが当たり前になった時代に、そのようなことを理想と語るのは間違っているのかもしれない。しかし、理想として掲げるということは無理かもしれないくらいがちょうどいいものなのだ。
 フリルエプロンの女も、絆創膏の女も男の帰りを待っていたという一点では私の理想と違わない女だ。しかし、男は生きて帰らぬかもしれないそんな不安とともに送り出し、そうして生きて帰ってきたことを安堵して出迎える武士の女のそのいじらしさは他の嫁の非ではない。男は上司の付き合いで吉原で自分よりも若くきれいな女と遊んでいるかもしれない。それでも今夜、こうして帰ってきて女を抱きたいという。そんな、嫁の幸せの絶頂を妄想すると身震いする。
 現代ではけして経験できない心情、喜び、嫁は男以外に男を知らぬ女だ。家内だ。常に家の内にいて男の帰りを待ち侘びている。
 吉原の女に比べ地味で華のない女かもしれない。しかし、男を一心に「お慕い申し上げております」と頬を桜色に染める。
 時代錯誤でもいい。三つ指などつけなくともいい。それでも、嫁として最も誇らしきことは旦那の活躍で、旦那の身を案じながらもこないに立派なお方の嫁となれるなんてと自分の立場を喜ぶ。そんな嫁に、私はなりたい。



 お母さんがお休みだというので、休みをあわせて目黒の雅叙園にいってきました。

 今回はクラブラウンジコースというランチ付のツアーをお願いいたしました。

 まずは、東京都の指定文化財でもある【百段階段】を解説していただきます。
 7つのお部屋はそれぞれ画家と大工がタッグを組み、競わせたというだけあってどの部屋も個性が光る大変絢爛豪華な造りとなっています。創始者の考えなども教えていただき、より楽しくお部屋を拝見することができました。
 一見の価値ありのたいへん貴重な体験。すこし、高尚になった気分です。





 ランチはビュッフェスタイル!
 たいへん美味でございました。味付けがとってもよかったです。



 おじいちゃんに買ってもらった装いでお出かけでした。
 楽しかったです。

「悪くないの分かってるけれど、あの人まだ怒っているから」
 言葉を濁すように、謝罪を強要された。
「申し訳ないですけれども、私に否はないのに謝罪はできません。怒っているのは私も同じです」
 怒っているの珍しいねといわれた。別段、私は菩薩のような心穏やかな人間ではない。普通に怒る。

 自分の思い通りにならないと気がすまない。その人の性格はよく理解しているつもりだ。でも、それがどうしたというのだろう。そんな小さな世界で私は生きるつもりもない。

 20歳の頃の話だ。来月から社会人という3月。五反田のお店に配属された。3週間ほどの研修だった。当時の店長にいわれた。
「お前の接客は丁寧だけれども、もっと砕けていい。友達と話すような感覚で自分たちとも接して欲しい」
 新橋の居酒屋でしか働いたことがない時期だった。丁寧な接客しか知らなかった。五反田のお客様はカウンターで毎晩のようにしっぽりと酒を飲んでは、馴染みの店員と語り合い、帰りに「タクシー代だ」とチップを弾んでくれるお客様が多かった。友人たちと騒ぎあい、大笑いして焼酎を飲む。そんな、お店だった。
 カルチャーショックっていうんかな。当時、自分の経験したことのない接客スタイルとの遭遇だった。新橋でお客様に「君とあえてよかった。また明日から仕事頑張れるよ」という言葉を頂いて自分の接客に少なからずの自信を持ち始めていた時期だった。上には上にいるんだという奥深さを学んだ。
 明日から正社員という日の夜に、店長に感謝のメールを送った。そのとき返ってきた言葉は「アルバイトはお客様のことだけを考えていればいい。アルバイトのことは社員が守る。社員のことは店長が守る。店長のことは社長が守る。だからアルバイトさんを守ってやれよ」上司に媚びるのではなくて、部下を大切にしろとそういった意味の言葉をもらった。

 社員で働いた4年間。紆余曲折あったけれども、アルバイトさんを大切に店づくりをしていると、いい店ができた。お客様のことを大切に思うあまりに私に意見をくれるいいスタッフが育った。私はそれがすごく嬉しかった。上司のいうことを聞かない社員ではあったけれども、それでも守ってくれる上司もいて、褒めてくれる上司もいました。

 別にね。いいんですよ。
 だれの言葉を信じて、だれの言葉を大切にして、どういう風に振舞うのか。生きていくのか。強要はできないし、間違っていると思う人には遭遇するし、対立もすると思う。それが、価値観だ。
 でもね、私はだからといって、自分の大切な人から頂いた言葉や価値観を無下にしてまで自分の立場を守りたいとは思わないのですよ。

 いいんです。それで、よくないと思われても。それでも私は自分の大切に思っていることを大切にし続けるし、そういうスタイルでいいと思っているし、それで役に立っていると思っている。
 自分の価値観を揺るがすような出来事に遭遇したとき、自分の価値観を思い返す。私はすてきな人にすてきな言葉を頂いて生きているな。そんな風に思えたから、今回のことは水に流そう。
 今夜も素敵なお客様と出会えた。だから、それでいい。
 大切なものは変わらない。その考えを、大切にする。 
 ラーメン屋の店長さんが言いました
 仕事は「人に仕えると書いて仕事」だと。

 カレンダーに×印をつけて休みの日を心待ちにするような、そんなこなす仕事であってはいけないと、そう強く思ったのです。

 今回は、そんな仕事の話です。

 私はフリーターをしています。時間帯労働者という言い方であっているのか分かりませんが、だしたシフトの範囲内で労働時間を定めてもらってその時間だけ労働します。まぁ、長年の付き合いの方はご存知の通り、いま掛け持ちのアルバイトは3つ。朝から晩まで働いているので、収入はそこそこ。生活に困らない程度は賃金を頂いているわけです。
 なかでも今の主軸は焼肉屋で週に5日働いています。そこでのアルバイトも今月で10ヶ月めを迎え、そろそろ1年がたとうとしています。
 週に5日です。7日間しかない1週間という定められた時間枠の5日間。100%で考えたら70%以上、焼肉屋で労働しているわけです。
 そうなったら、すこしは焼肉屋に役に立ちたいなぁと考えるわけです。

 目標も目的もなく、時間を消費するのは性に合いません。私の持つスキルのなかで、焼肉屋を邪魔することなく支援することはできないか。これでも、22歳のときには店舗責任者で1店舗任されていた経験があります。ちょっとは役に立つこともあるでしょう。
 まずは働きながら現状分析に努めました。私の付け入る隙がちょっとはあるはずなのです。ランチ、ディナー、ピーク帯、アイドルタイム。お客様の入り具合、売上高、予算構成比率。いちばん伸び白がありそうなところに重点を置きたい。売上達成の方法には、強い時間帯をもっと強くする方法と弱い時間を強くする方法があります。
 強い時間を強くするのは簡単です。なんていえばいいのかな、才能のある子の成長度合いは早いっていうのとおんなじような意味あいなんだ。そして、才能の乏しい子に同じ仕事を教えてもなかなか上達しない。時間がかかる。でも、時間さえかければその子だって強くなる。そう、やりがいってやつは手強いところにこそ潜んでいるんだ。いちばん伸び白がある時間帯。いちばん売上が少なくて、いちばん難しいところ。そこをひそかにテコいれしてやろうと企んだ。

 販促っていうのは外に向けたものと、中に向けたものがある。外に向けたものっていうのは立て看板やWEBなどの販促をいう。ここは、私の権限以上にあたる部分だし、私がでしゃばる部分じゃない。ならば、私のやることは絞られた。中に向けた販促。つまりは、今日来たお客様を弱い時間帯に再来店してもらえるように促すことや、弱い時間帯にいらしたお客様をまた再来店してもらえるように促せばいいのだ。弱い時間帯、もっとも売上が取り難く従業員の気がそぞろになっている時間帯。私はもっとも集中しなくちゃいけない。今回のターゲットがずばりそこにあるからだ。

 PDCAサイクルってやつは実にいい加減なやつで、失敗を許してくれる。どんどん失敗しろ、でも失敗で終わるな。成功するまで何度でも、ぐるぐるぐるぐると計画を立て直してをやり続けろとそういうことを言っているのだ。だから、何通りだって試してみる。どう言ったらお客様の反応はよかったか、何を失敗したか、また来てくれるのか、そんなことを思いながら懸命に仕事に仕えてみる。するとどうだろう。ちょっとずつ、変化は訪れるのだ。昨夜家族できたお客様が、お母様と下の息子さんだけで次の日のランチに訪れてくれる。「今日も来てくれたんだね、ありがとう」って握手する。2歳の子だ。まだ、言葉もほとんど分かってない。でも、表情が変わる。喜んでくれている。私のことを「先生、先生」と呼んでくれる。「折り紙しよう」と誘われる。そうして私はすこしの達成感を得るのだ。
 ディナーの時間帯に老夫婦が来店する。地元に住んでいるが初来店だという。近くに住んでいて、おいしいと言って下さったならばきっとランチも来てくださる。すかさず、ランチのメニューを持っていく。個室もあると宣伝する。「じゃあ、昼間に親父のお祝いをやらせてもらおうかなぁ」と旦那様が口にする。ショップカードを手渡して「お待ちしております」と頭を下げる。
 地道にそんなことから始めてみる。弱い時間帯だ。きっと時間がかかる。売上が安定するのは何ヵ月後か分からない。そうして、私がこのお店といつさよならするかも分からない。でも今できることを一生懸命、私はそのうち「今日はあんのさんいないの?」ってランチタイムにお客様にいわれる人間になろうと密かに企んでいる。
 いまのフリーターって生き方が結構楽でいいんだよなぁ。休みを自分で決められるし、かといってちゃんと働いていればシフトを削られることもない。正社員には誘われるけど、まだちょっとふらふらしたい。文章だって書きたい。
 いまが楽しいから、それ以上の幸せもあまり興味がない。仕事は大変だけれど、そうやって日々成長していければきっともっと楽しくなる。