定期的にやってくる断捨離衝動。


『メルカリ』と『ジモティー』を利用して


少しずつスッキリしてきました照れ


便利だけど、出品から発送までの作業ってけっこう面倒くさくないですか??


発送のコツを調べたら、

インスタがメルカリ物販の動画だらけに!

たった1回の検索なのに。。。

アルゴリズム恐るべし!!

どれも同じような動画だけど何か法則でもあるの??


「セドリ」や買取業ができるってひとつの才能だと思う。



私の場合、愛情が注げるものでないと苦痛だもん。疲弊するからできない。やりたくない。


出品するのものは厳選して、それ以外は思い切って捨てる。


まだまだ使えるものは「ジモティー」で譲ったりとか。こっちは引き取りなので、楽ちんだキラキラ



何か新しい流れに入る時に

【片付けたい・物を減らしたい】衝動に駆られるんだよね。 


物事が動く前って、余分な荷物を手放して身軽になりたくなる。

空間に余白ができると、自然と心にも余裕が生まれる。

アイデアも生まれる。


今回は何が起こるのだろうか♪



今のところ妄想で止まってるけど、物々交換会とか、露店とかやってみたい❣️


インスタで見た、ターバン?スカーフ?売りのお姉さんが素敵で💓


こういうラフな交流っていいなぁ。憧れる。


道端で売り子するのは法律的にダメなのだろうか??

そこから調べてみようか。

(梅雨が明けたらやってみようかと静かに計画中)


路上アーティストがいるくらいだから大丈夫な気がする。


一体どうなるか、形になるかならないか、経過が楽しみです♡



 




やっぱりこの世界は実験場♪

自分に課題を設けて
ゲーム感覚でプロセスを遊んでいる。

『受け取る練習』

これが今、私が取り組んでること。

自分の素質である感受性の高さ故か
気づくと与えすぎて、疲れて、離れたくなる・嫌になる。
を繰り返す時期があった。

「与えないと受け取る価値がない。」

ギブアンドテイクや等価交換という言葉

相手を理解したい気持ちがごちゃ混ぜになって

何かしてもらったらすぐ「返さなきゃ」

好意を向けられても「応えられないからもらわない」って

受け取ることに対して少し不器用な面があった。

本当はただ受け取りたい!
「嬉しい♡」「ありがとう♡」
と気持ちよく甘えたい! 

与えたものを相手が受け取ってくれると嬉しい。遠慮されると淋しい。

与える側の喜びを知ってるのに。
相手に受け取ってもらえて完結するから、別にお返しは望んでないのよね。

逆の立場になるとなんでだ??
遠慮や罪悪感湧くのは。。。

答えは簡単。思考で難しくしてた。
頭の中で遠慮や罪悪感を妄想でこねくり回してるだけだった。

わたしが、誰か与えたいと思うように、
わたしに、与えたい誰かがいる。

わたしが相手を理解したいと思うように、
わたしも理解されたい、安心したい。

これを許可するだけだった。
許すと心も緩んで、めちゃくちゃシンプルになった。

まだ時々「申し訳ない」が出るが、

私の好みは【循環型】

与える🔁受け取るを循環させる。

こっちが好き❤️  

むかし、お世話になった方に
「お返しはいらないから、同じように困った人がいたら今度はあなたが助けてあげてね」 
と言われ、素敵な考えに感激した✨

その言葉はずっと大事にして、実行してる。

最初は、小さく受け取ることからはじめた。
例えば
・人に頼る(お願いすると)
・褒められたら否定しない
・奢られたら感謝して受け取る
・疲れたと言う

やってみて思った。
「受け取れるもの」の種類ってめっちゃくちゃある!!
ちょっと今、思いつく限りを書いてみよう📝

ダイヤグリーン受け取るの種類ダイヤグリーン

①物質的な受け取り
目に見えるもの。
*お金
*プレゼント
*奢り
*食べ物
*サービス
*仕事依頼
*サポート
*家
*豊かさ
*チャンス

②愛情の受け取り
*優しさ
*好意
*愛情
※大切にされる
*気にかけてもらう
*守られる
*甘える
*心配してもらう
*「いてくれて嬉しい」存在の受け取り

③評価の受け取り
*褒め言葉
*感謝
*才能を認められる
*信頼される
*評価される
*人気
*応援される

④非物質的な受け取り
*安心感
*静けさ
*ご縁
*タイミング
*流れ
*余白
*インスピレーション
*運
*直感
*必要な出会い
*自然な導き 

⑤存在レベルの受け取り
*存在しているだけで価値があるあ
*何もしなくても愛される
*与えなくても繋がっていていい
*弱っていても価値は減らない
*受け取るだけの日があってもいい
  ↑
私のもう1つの課題
「返さなきゃ」をすぐ発動しない。
即返済モードになりがち。
・お金の返済は長期計画だったくせに、対人になると即納したがる。見栄っぱりなのかしら(笑)


派遣先の職場で


よく目が合う男性がいた。


たまたまだよね。

気のせいよね。


さほど気にせず時が過ぎた。


あるひ


明治神宮に行ったときのこと


東京の都心部は平日、休日関係なくたくさんの人が行き交っている。


駅のホームも人で溢れかえっていて


少しの間、ジッとそこに立って流れる人達を見ていた。


ただの一人とも目が合わなかった。


その後、彼のいないオフィスで周りを見渡しながらジッと立ってみたけど、


誰とも目が合わなかった。


「目が合う」は偶然ではないと確信に変わった。


「見ている」


それからも何度も目が合い続け


少しずつ意識し始めた。


彼の言動が目に耳に入ってくる。


言葉選び


相手への親切な行動


良いところを一個一個発見するうちに


好きの気持ちが芽生えた。



結局、その彼は大阪へ転勤となり


特に何もなく終わったけれど


その人と結ばれるかどうかは


そこまで重要じゃなくて


会えることが


会社に行く楽しみになり


仕事の原動力となり


話してみたくて


挨拶からはじめて


業務内容を会話のきっかけにしたり


上手く言えなくて凹んだり


出張お土産もらったり


勇気を出した瞬間


胸のドキドキ


自分の気持ちを認めた結果、自分に起こった変化を見ると


すべてのプロセスが何よりも素敵な体験だった。



同じ場所で


出会って


言葉を交わし


そして恋に落ちたことが奇跡


自分の中に湧き上がった素直な気持ちを否定することなく、認めて感じ取れたこと。



そもそもの始まりから奇跡の連続

派遣先も希望してた場所じゃなくてこれも運命のイタズラ的な流れだったり、


面接してくれた上司さんの採用を決めた理由が笑えるほど意外だった。


この職場での出来事で


人との出会い


『縁』


を大切にしようと改めて思えた。


直接会うだけじゃなく、


発信を通して得ている間接的なご縁もね照れ











最近、好きなショート動画


↓↓↓


『友達を見つけた瞬間!』



笑ンクさんのYouTubeショート動画




無防備の笑顔 


パァっと花が咲き誇ったように


とっても可愛いハート 

きゅんきゅんっラブ



“笑顔は最高のギフト”


を証明してる。


思い返すと確かに


日常で自然とこれをやっているもんな。


無防備になれる存在がいるってすごーーい❗️


好意はもらうことだけが豊かだと思っていた時期もあるけど


「好意を注げる相手がいる」って幸せなことだなぁ。


人じゃなくても

動物だって

2次元だって

モノだって


対象は何でもいい。


愛情


癒し


関心


理解


信頼


居場所


それら全部ひっくるめて「好意」と呼ぶならば


与えて、受け取って


循環していく。


どっちも必要で、どっちも大切


「存在の価値」について

動画を通して感じこと。



経験厨


というか


仕組み厨であり、体感厨


なんだわ。きっとニコニコ飛び出すハート


サムネに使った

ブレイクライブリーの笑顔

癒されるぅ〜ラブ





















ある日


道を聞かれた。


昔からよくあるので動揺はしないけど


このタイミングで聞く?という時がある。


まさにその状況。


私はイベントに参加するために大阪駅にはじめて降り立った。



かなーり広い。まるで迷路。



その頃、乗り慣れない電車移動に緊張していて


JRやメトロ、阪急など違いが分からず完全に迷子。


駅員さんも会社ごとに管轄があることを知り、何人目かの駅員さんに聞いてようやく目的地に向かえる。


そう安堵した時に、声を掛けられた。


カタコトの英語。

相手は中国の方??



日本語は話せないようで、こっちもカタコトの英語で何とかやり取りする。



どうやら梅田駅に行きたいようだった。

聞き取れても、説明する英語が浮かばない。



ぎこちない英会話。(お互いカタコト)

イベントまでのタイムリミット


少し焦りながら、看板を目印になんとか案内できた。


彼女らは中国語でお礼?を言うと手を振って歩き出した。



私もスーツケースを転がし、旅行者の装いだったのに「なんで、私?」と不思議だった。



それ以外に

東京に来て間もない頃「銀座駅」の行き方を尋ねてきた外国人さん達も(もちろん英語)


スッピンで近所を歩いていた時に道を尋ねてきた自転車のお兄さんも



何度となく

「なんで、今?」「なんで、私?」

と深く考えることなく終わった出来事も


今思うと


外見だけじゃなく、

“空気”として「この人は大丈夫」

という安心感・安全感が伝わったのかな。


そう都合良い解釈をしたら、

嬉しさでちょっとだけニンマリした照れ