(たんたんと息子)
勿論、扶養範囲内に戻りたかったのが一番の理由でしたが、息子がもし大学までいくとして(本人は勉強が嫌いで大学に行きたいとは思っていないらしい。)あと10年、同じ仕事(トマト農家での仕事)を続けられる自信がなかったから。
歳をとればとるほど仕事が選べなくなるし、新しい仕事を覚える自信がないので、転職するなら早い方がいい。
そして、息子が中学生になり、土日の部活動の応援に行くためには、土日休みの仕事にしたい。そこまで部活に付き合う人ばかりはいないと思いますが、一人息子だし、中学高校くらいしかそうやって息子の頑張る姿を見られないから…。
確かに、我が家の経済状況を考えると、扶養の範囲なんて言っている場合じゃないのですが、息子の学費を稼ぐことと、今現在の生活を(気持ち的に)豊かなものにしたいという思いとどちらが大切か。普通は学費なのかなあ。
でも、時間に追われていつもくたくたになって疲れたお母さんでいるのは嫌です。夫や息子が、家にいるのが一番休まる、という家にしたいし、私も家のことをいい加減にして仕事を優先する生活はストレスがたまります。金銭的な豊かさをとるか、精神的な豊かさをとるか…。
1ヶ月、扶養範囲内で収まる働き方で働いてみて、気持ちにも余裕があり、イライラすることなんて何にもなくて。ご飯もちゃんと作れる、ケーキも焼ける、庭の手入れもできる、お花を飾る心の余裕もある、掃除もできる。
ただ…。
失業中、そういう理想を追うのは自分の我儘なのか、本当は息子や自分達の将来のために必死で働いた方がいいのか悩みました。息子が生まれるまで、将来設計とか全くしないで過ごしてきたため、息子の学費も足りないし、自分達の老後のお金なんて全然だし…ローンあるし。
何にも考えないで無駄なお金を遣ってきたことを後悔しました。高齢出産だからといって困ったことは余りありませんでしたが、一番お金のかかる時期にもう稼げない年齢になっている、ということが想像できていませんでした。
本当、バカだな~(-∀-`; )
二人で働いていたから何とかなっていたのに、もし一人が働けなくなったら、などと考えたことがなく、勿論備えもなく、自分の甘さを痛感しました…。
と言っても、もう遅いわけで…。
今できることは、健康に注意することと節約。
先のことばかり考えても仕方がないので、目標は「今できることをする。丁寧に生きる。」不安だらけですが、目の前のことを見る。
しかし、久々の就職活動…。実質2週間程度でしたが、だいたい応募の電話をかけるだけで、心臓飛び出そうだし、面接の日はドキドキしすぎてご飯も食べられないし、このまま仕事が見つからなかったら破産だ~、家を売るしかない~、とか、どんどんマイナス思考になって本当に大変でした(*≧∀≦)
つくづく私って社会に適応できない、もう一生家に閉じ籠っていたいと、どんなに思ったことか。
不思議なことに、面接も始まってしまえばちゃんと喋れるし、仕事も行ってしまえば何ともないのですが、未だに緊張しながら出勤しています。こういうところが、私の社会性のなさ。
もう少し楽に生きられたらいいのに。
1ヶ月頑張れたから、次の1ヶ月頑張ろう!という気持ちです。
一難去ってまた一難。
塾の数学の問題ができないと言うので見てやっていると、「やる気がでないからわからない。」と言われ、つい説教をしてしまいました。最近はずっとあれこれ言わないでいたのに…。
息子のやる気のなさを「努力が足りない」とつい言ってしまうことは、息子を否定していることになるのか、息子に自分の理想を押し付けているだけなのか、どうすれば息子に伝わるのか悩み中(いつも同じ悩みですが)。
自分の人生経験上、失敗してきたことを息子に味わってほしくないと思うのは間違いなんでしょうか。何も言わないで信じることの難しさ。
息子を愛しく思う気持ちと、苦労な人生を送らせたくない気持ちから出る苦言が、必要以上に息子にプレッシャーを与えているのかもしれない。
「何でそんなにやる気がないの?」という言葉は、「やる気のないお前はダメだ!」と聞こえるのでしょうか。それとも、「自分ではやっているつもりなのに、何で認めてくれないの?」と思っているのでしょうか。
「やる気が出ないから努力できない。」という息子の言葉をどのように受け止めればいいんでしょうか。やる気が出るまで待ちます、が理想?みんなそんな風にできているものなんでしょうか。「もう何も言わない」=「期待しない」「あきらめた」にならないか。
いつでも温かく見守る…こんな仏のような母になりたい。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。