6月12日。


どうなるかと思っていた最終報告会、無事終了した。
州政府、ベラクルス州保健省、保健監督署、病院、地域保健所、事務所の関係者約20名が集まった。

前日に、保健監督署の人から、事務所の調整員をどうもてなすかという相談を受けた時、どうなることかと心配したけど、何事も起こらず。
ライチを用意するとかって言っていたけど、なかった。
楽しみにしていたんだけどな。


最初に保健監督署の署長からあいさつがあり、その後私のプレゼン、そして活動先の人たちからのコメントと、保健省や州政府の方や事務所からのコメント。
そして、懇談会。

いつもと同じ流れ。


私だけのために、これだけの人達が集まってくれたのかと思ったら、感謝の気持ちでいっぱいだった。


懇談会の最中、いろんな人と写真を撮り、ふっとした時に、これで全部終わったんだ~っていう感情があふれてきた。

全部、全部、全部終わった。
残るは帰国のみ。


病院の上司達よりも、地域保健所の上司達の方が私との別れを惜しんでくれていた。
やっぱり地域保健所で活動してよかった。



お手伝いのおばちゃんと海産物のレストランへ昼食に出かけた。
一時帰国前にも御馳走してもらったのに、今回も。
申し訳ないっていう思いと、嬉しさが。
レストランへ行き、私のちょっとした買い物に付きあってくれ、その後公園でアイスを食べて帰宅。
ゆっくり街中を歩き、いろんな話もした。
おばちゃんは、あっちこっち住居を変えるらしく、住所を教えてくれなかった。
大家さんを通じて連絡をとるしか方法がない。
直接連絡がとれたらいいんだけどな・・・・
仕方がない。


夕方5時半。
友達が来た。
アニータとルシー。
先週末に会った時、何とかしてまた会える時間を作ってくれないか?
そんなことを言われ、私も会いたかったから、また会うことに。
1時間くらいしかなかったけど、いつもと同じように楽しんだ。
いつもと同じように冗談をいいまくり、写真を何回もとりまくり。
街中まで一緒に歩き、別れの時は、また明日にでも会えるようなそんな別れだった。
だけど、それはあっさりした別れなんじゃなく、さびしさのあふれた別れだった。

7時。
知り合いに会いに。
あまり会う機会はなかったけど、会うたびに、家族の誕生日パーティーに誘ってくれたり、お店をやっていて、その前を通ると必ず声を掛けてくれた。
家族みんなと知り合い。
元気のいい伝統的産婆さん。

8時。
地域保健所の送別会へ。
集まったのは、本当に少なかった。
同僚は6人しかいなかった。
そして、その家族も合わせても15人くらい。
だけど、そうやって集まってくれたことだけでも嬉しい。
ずっと折り紙を折り続けた。
ずっと。
もう会えないかもしれない人もいるかもしれない。
だけど、必ずまた会えるって信じて別れた。

夜中の1時に帰宅。

帰宅後、急に、
「本当に終わったんだ・・・・」
という思いがあふれ、力が抜けた。
脱力した。

やることがいろいろあって、取りかかろうとしたものの、疲れやらいろんな物が重なって、何もできず、寝た。

6月11日。


今日は、病院での活動最終日だった。
明日の最終報告会はお昼過ぎからだから、朝だけでも行こうかと思ったけど、やめた。

そして、もう自分から地域保健所と病院へは行かないことにした。


1日かけて、あっちこっち挨拶にまわった。

もう2年たったっていうことに驚いていた人たち。
戻ってきたばっかりなのにまた去ってしまうことに驚いていた人たち。

みんな驚いていた。

そして、日本人がもう来ないことをとても寂しそうにしていた。
ありがたいことに。

別れを惜しんで、ギューーーっとハグをしてくれた人。
いつも以上に声を掛けてくれた人。
嬉しかった。
泣きそうだった。
でも、寸前のところで泣かなかった。


ふっと病院の周りを見てみたくなって、駐車場を歩きながら何気なく真っ青な空を見上げた時、
「あ~、終わったんだなぁ。」
という感情があふれてきた。

2年間、本当にいろんなことがあった。
辛かったこともたくさん。
楽しかったこともたくさん。

苦労したことが多かったけど、その分いい思い出もいっぱい。


病院へはもう行かない。
明日、もし報告会の後に行くことにでもならない限り。



午後から、以前ホームステイをしていた家へ行った。
そこのホストマザーの誕生日祝いに。
私の母からのTシャツと、日本で買ってスペイン語訳したメッセージカード、くす玉などをプレゼント。
そして、前回帰国した時にも贈り物をもらったのに、今回もハロチョの飾りをもらってしまった。
そこの家の子供は、私に大きな船の飾りをプレゼントしようとしてくれたらしい。
しかし、それはスーツケースほどの大きさがあり、持ち帰れないから、いつか郵送してくれるって。
別れる時は、もう最後だね~って言いながら、ギューーーーっとハグ。
子供とは、何回もハグした。
そして、近所の子供達と一緒に、木の葉をライスシャワーのように私に投げ掛け、最後お別れをした。
振り返ると泣いちゃいそうだったから、振り返らなかった。


次に、その近くに住む同僚の家へ。
ここの家族と会うのは、1年ぶりくらい。
だけど、突然帰国しちゃった私のことを心配してくれていたみたい。
久しぶりに会ったのに、ちゃんと名前を覚えていてくれていた。
タマーレスを食べ、いろいろ話をした。
どうしてメキシコにいるのか、帰国後どうするのか、などなど。

そうこうしていたら、他の同僚が、私に贈り物を届けに来てくれた。
その同僚は、以前から隊員に対する病院の待遇の悪さを心配してくれていた。
それもあってか、前任者や私への待遇の悪さを話し、写真を持って、JICA本部に訴えるべきだ、とまで言われた。
訴えるかどうかは別として、そこまで本気で心配してくれるこの同僚に感謝してもしつくせないくらいに気持ちと、嬉しさがあふれた。

同僚の家を出発する時、家族が全員外に出て私を見送ってくれた。


マルティネスの人達は、本当に心が優しい。
本当に、いい。
素敵すぎ。

6月10日。


今日は地域保健所での活動の最終日だった。

この保健所がなかったら、ここの人たちがいなかったら、今の私はなかっただろう。
それくらい、この保健所で活動できたことは、私にとって大きかった。

最初、活動させて欲しいってお願いに行った時、即座に返事をくれた所長に対して、メキシコ人らしい返事だな~としか思わなかった。
しかし、すぐに糖尿病担当医師について仕事ができるように手配してくれ、何かの時には、私の活動をプッシュしてくれていた。
たった1年で、ここまで達成できるとは私自身思ってもいなかったくらい仕事が順調に進んだ。それもこれも、ここの人たちの協力が不可欠だった。
「必要とされていない」
そう思っていた私を救ってくれたのは、ここの同僚達と患者さん達だった。

ちょっとした雑談も嬉しかったし、行事の時は、当たり前のように私にも声を掛けてくれた。
11月の死者の日に、私のことが書かれた詩みたいなのが貼り出されていたのを見た時、あまりの嬉しさに写真をとりまくった。
病院ではそういうことが全くなかったから、余計に嬉しかった。


明後日、私の送別会を開いてくれる予定。
だけど、出席できる人が少ないみたい。
本当に仲良しの同僚も行けないかも、と。
仕方がない。
寂しいけど。


きっと大泣きしちゃうんだろうな~、送別会。

6月9日。


今日は、親友のアニータとルシアとの別れのはずだった。
が、そうはならず。

昼食にいなり寿司とお味噌汁を作り、3人で食べた。
賑やかに。

アニータは、麦茶をコーヒーだと主張し、砂糖とミルクがないって。
たしかに、香ばしいけど、麦茶とコーヒーは違う飲み物だよ?って言っても、聞く耳持たず。

ルシアは、前任者のNさんとも仲がよく、この9月に出産予定のNさんにお祝いを渡したい、と以前から言っていた。そのため、私がそれを預かり、Nさんに届けることに。
そのお祝いを明日私に預けに来る、と。
それだけなら、すぐに済むしいいかな、って思っていたけど、そこにアニータも来るって言いだした。
アニータは、一時帰国前にも、私の予定に関係なく私に会う、と勝手に日時を決定したことがあった。それがあったから、他の日よりは、同じ日がいいかな、と思い、また明日会うことに。
時間があまりないって話したけど、たぶん、遅くまでいるんだろうな・・・・。


その後、2人が帰るのと一緒に家を出て、先輩のホームステイ先へ。
今日でお別れ。
本当に、お別れ。

3歳半の子供、ガエルに折り紙で飛行機やコマを作って遊んでいたら、あっという間に時間が過ぎ、気が付いたら9時だった。
本当は、もっとママや息子のチェコと話をしようかと思っていたけど、話題もなく・・・。
チェコは、この10月にアメリカのシカゴへ働きに出るらしい。
もう一人の息子、マリオは近所にいるものの結婚して家を出ている。
他にも家族がいるけれど、やはり息子2人がいなくなるっていうのはかなり寂しい。
1年前に先輩が帰国し、私が帰国し、そしてついにはチェコも。

泣かないかな・・・・って思っていたけど、別れの時は泣いた。

明日は、保健所での活動最終日。
そして、明後日は病院最終日。

6月8日。


すっかり、ブログの更新をため込んでしまいました。
忙しかった訳ではなく、かといって、暇だったわけでもないけれど。

任地にいられる日がちょうど1週間になった。
1日1日を有効に、そして楽しくすごしたい。

病院を少しだけ早めに出て、保健監督署へ。
4月分の報告書を提出し、今週金曜にある最終報告会の話を少しだけした。
今まで、事務所が作成していた関係各所への招待状を、今回はなぜか保健監督署の担当者シルビアが作成することになったらしく、シルビアが
「いつもは私の仕事じゃないのに・・・」
とこぼしていた。今週金曜のことなのに、いつ頼まれたのか分からないけれど、まだその招待状は作成中。
そして、事務所から追い立てられている。
シルビアが、仕事を頼んでから1週間以内にそれに取り掛かるっていうこと自体が私にはすごいことだと思う。いつも、「明日」とか、「今週中には」って言って、待っても待ってもいつまでたっても仕事ができないのがシルビアだから。そう事務所の人に話したけれど、そんな悠長なことは言ってられないらしい。ま、そうだろう・・・。
依頼する前に私に一言相談してもらえれば、こんなことにはならなかっただろうに・・・。


その後、急いで先輩がいた地域保健所へ。
先週行った所とはまた別の所。
ここの保健所の人達には、本当にお世話になった。
悩んだり落ち込んだりしている時に、いつもそっと励ましてくれた。
先輩が帰国する時も、自分達だって寂しくて仕方がないのに、私のことを元気づけようとしてくれた。
写真とプレゼントを渡し、しばらくいろいろと話をした。
帰る時には、目がウルウル・・・


そして、帰宅後急いで昼食を摂り、運動クラブへ。
もうここに来るのも最後。
「戻って来たよ~!。」
っていうあいさつと、
「実は、もう帰国するんだよね。」
っていうのが同時になってしまったため、嬉しさと寂しさが入り混じった再会・別れとなってしまった。
この運動クラブの人達には、本当に助けられた。
何をっていう具体的な物はないけれど、その存在に助けられた。
最後、糖尿病患者会の会長さんと話をしていたら、涙が出てきた。

患者さんに誘われて、帰りは近道をした。
しかし、その近道。
「山へ行こう、山へ。」
って言うから、どこを通るのかと思ったら、道なき道、だった。
初めて通った道で、マルティネスにもこんな所があったのか、と新たな発見。


慌ただしい1日だった。