6月15日。


お土産を買いに、民芸品の市場へ。
なぜか分からないけれど、買い物をしまくった。

使ったお金約1000ペソ。
約8000円。

最後には小銭しか残らなかった。


楽しかった。
3時間くらいいた気がするけど、これが最後だって思ったら、買わないと・・・・
そんな勘違いが働いたのか、何かが私の中で働き、買いまくった。

スーツケースに余裕があるっていうのは結構大きいのかも。


連絡所へ戻ったら、もう夕方の5時を過ぎていた。

オアハカのSさんが仕事の研修とやらでシティへあがってきた。
4月にマルティネスに来た時は、何やらとっても悩んでいて、カルロス相手に号泣してしまったSさん。
この一時帰国がいい気分転換になったのか、すっきりした表情をしていた。

みんなで食事。

生春巻きを食べた。
簡単に作って、というか自由に作って食べた。


1日中歩きまわり、ヘトヘトに疲れ、でも標高差からか熟睡できず、疲れがピークに達していた。

6月15日。


大使館、外務省、そして事務所への表敬訪問へ行った。


大使館では、活動内容よりも、インフルエンザについてどう思うか聞かれた。
大使にお会いしたのは初めて。
穏やかそうな方だった。

だけど、2年の任期を終了しての表敬訪問なんだから、活動内容についてもうちょっと聞いてもらえてもよかったんじゃないかなぁ。
と思う。


外務省では、それぞれがスペイン語で活動発表をした。
非識字者用自己管理手帳を見せたら、とても興味深そうに見てくれ、保健省に伝えて、導入できるようにならないか、といったことを言われた。
途中まではスラスラ話していたプレゼン。
なぜか、途中からたどたどしくなってしまって、本当に2年間もスペイン語を使っていたのか?ってな状態だった。
恥ずかしい。。。。


事務所では、所長・次長・調整員・健康管理員・事務職員の7人の方々に日本語で発表をした。
所長に、グループ派遣の活動についてたくさん突っ込まれた。
母子保健は、開発途上国において第一に課題であるのにも関わらず、なぜ任地の人たちがそれほどに感じていなかったのか、妊産婦死亡率が高いことに対し任地の人達はどう考えているのか、などなど。
鋭い質問ばかりだった。
健康管理員さんが最後に、
「この活動は隊員レベルでは困難で、シニアや専門家が保健省などで働いていたら、もしかしたら違う結果が出たかもしれない」と話してくれたのが嬉しかった。


これで、事務所へ行くのは最後。
それなのに、きちんと挨拶をすることができなかったのが残念だった。

そして、今までの隊員にあった、修了証がなかったのも。

6月14日。その2。


午前10時15分のバスでマルティネスを出発した。

K君は、私に気を遣ってくれたのか、朝早くに荷物を持って、街中をプラプラすると言い、出かけていった。

大家さんへ、大家さんの兄弟と友達への贈り物を預け、今までのお礼のあいさつをした。
大家さんは、さびしそうにしていた。
本当に、さびしそうだった。

「ここにね、私の娘がいるんだよ。もう一人の娘が。」
そう工事のお兄さんに言いながら、ギューっとハグ。

ここに住んでよかった。


見送りに来てくれる約束をしていたお手伝いのおばちゃんが家に来なくて、ギリギリ待ったけど会えず。

どうしよう・・・・


そう思ったけど、バスの時間が来てしまったため、出発した。


バスターミナルに到着し、バス案内のアナウンスを聞きながら、K君を待っていたら、お手伝いのおばちゃんが来た。

会えてうれしかった。
最後に、ちゃんと感謝の気持ちを伝えられたし、愛犬のコニーにも会えた。

おばちゃん、少し前に約束した蜂蜜を忘れないで持って来てくれた。
私はすっかり忘れていたのに。


10時15分。
マルティネスを出発。
街中を眺めるにつれ、いろんなことを思い出し、いろんな人の顔が浮かび、涙が自然に流れ。
トラパを通過する時には、いるはずがないのにカルメンの姿を探し。

その後、気が付いたら、もうシティ近郊まで来ていた。


思ったより早くに着いた。
着いちゃった・・・。


続々と同期が集まり・・・
と言いたいところだけど、それぞれに都合があって、ポツポツと集まった。

夕方6時半から送別会。

でも、他の隊員はみんな一時帰国から任地へ戻ったばっかり。
そんな状況だったから、ないって思っていた。
それなのに、シティ隊員のゆうちゃんとK君が中心となって、開催してくれた。
感謝の気持ちでいっぱい。

準備も片づけも、私達も一緒にみんなでした。
っていうか、人数が少なすぎて、一緒にやらないとかなり大変そうだった。

集まったのは、隊員3人と、事務所の人達が4人、そして私達。

少人数だったけど、いろいろな話を全員でできて楽しかった。


贈り物のメッセージカード。
全員ひとり残らずあった。

おそらく、一時帰国で戻ってきた時に準備してくれていたのだろう。


明日は大使館、外務省、事務所への表敬訪問。
その後3日間はフリー。

6月14日。その1。


昨日の夕方、首都隊員のK君が遊びに来た。
目的は、亀の産卵を見ること。

だけど、亀がおらず、産卵を見ることはできなかった。


夕方、友達のアルフレドの家へ。
いなり寿司を作り、みんなでいろいろ話をした。
私が一時帰国をした時のことも。
本当にバタバタしたお別れだったから、今、ここで会えてよかった。

アルフレド一家は亀の保護センターへは行かないため、ここでお別れをした。
カルロスが、マルティネスの名前入りTシャツを探したけど見つからなかった、とかでトラパコジャンの写真と名前入りのTシャツにみんなのサインやメッセージを書いた物と、マグカップをくれた。
これがまた、仲間全員の名前がある訳じゃなく、というかその半分しかなかったから、中途半端に感じたけど、一生懸命探してくれたみたいだし、カルメンにも書いてもらおうとしてカルメンを必死で探したりしてくれたみたいだから、その気持ちで充分だった。


夜8時すぎ、暗くなってから出発。
カルロスの友達が迎えに来てくれた。

カルロスは、この日のために、いろいろ考え、車を出せる人を探し、私が任地引上げに合わせてマルティネスにちゃんと戻って来られるようにしてくれた。


亀の保護センターでは、カルロスがみんなに説明を。
私は、何回も聞いたことがあったから、保護センターのリカルドと奥さんへプレゼントを渡したり、話をしたりしてその時間を過ごした。

海辺で寝転んで星が一面に広がる夜空を眺めながら、いろんなことを考えた。

任地引上げのこと。
帰国後のこと。
進路。

波の音を聞きながら、静寂につつまれた海辺での時間は、とても素敵だった。
心を穏やかにさせ、落ち着かせてくれた。



夜中の1時。
亀の産卵を見に出発。

私、なんでここにいるんだろう?
任地でのんびり過ごした方がよかったんじゃないかなぁ?

って思うこと数回。

8キロ歩いたものの、亀に出会うことはなく。

ただ、帰り道、カルロスとゆっくりいろいろと話が出来たのはよかった。


夜中5時すぎに帰宅し、荷物をまとめ、6時に就寝。

6月13日。


明日、任地引上げ。
荷物のほとんどを調整員さんに運んでもらったから、今、私の部屋にはほとんど何もない。
そして、その少ない荷物ももう片付きつつある。

今日は朝から最後のくす玉作りをした。
亀の保護センターでお世話になった友達へ。

その後、時間ができたから、街中を散歩。
写真をとりまくっていたら、
「ちょっと!ちょっと!」
って後ろから追いかけられたけど、無視してしまった。
街中を撮っていただけで、個別にとった写真はないから、何も後ろめたいことなかったし。
でも、面倒だったから、無視しちゃった。

もうここをこんなにゆっくり歩くこともないんだろうな・・・・

そう思ったけど、それも30分が限界だった。
1時間もしないうちに、暑さで体がだるくなり、歩けなくなって帰宅。


少し休憩しようかと思っていたら、午後から約束をしていた仲の良い同僚ジャケリンから電話があり、今から迎えに行く、と。
時間通りだった。
ジャケリンは、地域保健所の私がいた診察室で働いている看護師。
私の活動を理解してくれ、協力してくれた。
そして、よく悪ふざけも一緒にした。
落ち込んでいた時も、彼女が来るだけで、パッと明るくなり、気分が晴れた。
そんな存在。

ジャケリンの娘11歳が、私のためにいろいろきれいな手作りの作品を用意してくれていた。
食事をし、折り紙をし、おしゃべりをし、あっという間に時間はすぎた。
帰り道、ジャケリンの娘さんが、とても寂しそうにしていたのが、印象的だった。