M子さん(57歳)初診日:平成24年11月、診断名:パニック障害、恐怖症性不安障害

 昭和61年9月(25歳)、突然のパニック発作に襲われ、以後、予期不安が強くて、一人での外出が困難になった。

 昭和63年4月、○○医大精神科初診。その後も通院服薬は継続。しかし、ある程度まで改善するが、様々な広場恐怖が残り、不自由な生活を強いられていた。

 平成7年8月、結婚して、△△市に転居。○○医大の外来には、年2回通院(帰省時)するだけで、知人の看護師に薬を送ってもらっていた。

 その後、エビリファイ(3)1錠、ジェイゾロフト(25)1錠で、ある程度の外出が可能になったが、乗り物をはじめとする苦手な場所には、娘を同伴させるようになっていった。また、夏になって28℃以上の部屋に一人でいると、「最初におきたパニックがまた起きるんじゃないか不安で・・・」毎年夏になると、涼しくなるまで実家に帰省していた。

 平成24年の夏も、例年どおり実家に帰省した。しかし、「来夏は娘が高校受験で、娘に、私はここに残るからね、実家には行かないからね、と迫られて、やっと近くの精神科に転院するふん切りがついた」という。

 

 平成24年11月、当クリニック初診。「電車に一人で乗れません。△△市内の、血圧の病院だけは、タクシーで一人で行く。誰かと一緒なら電車に乗れるけど、トイレがないとダメ。夏が苦手。最初にパニックが出たのが夏だったからかも。夏、28℃以上の部屋に一人でいると、動悸が出て、悪くなった後のことを考えると不安で、今までは実家に帰っていたけど、来夏は娘が絶対に行かないというので・・・」と。

 以後、前医で処方されていた、エビリファイ、ジェイゾロフトに加えてメイラックス1mg(恐怖突入時ソラナックス(0.4)1錠服用)を追加投与。さらに、不安階層表、恐怖のSUD(パニック障害の治療(3)参照)を使ったCBT開始。診察の度に<広場恐怖症は、勇気をもって恐怖突入しない限り、進展はありませんよ>と恐怖突入を促すハッパをかけ続けた。しかし、どういうわけか?ソラナックスを使うこともなく、広場恐怖の改善は期待されたほどではなく、回避傾向が強かった。

 平成27年12月、「本で、ソラナックスは危険と知ってから、これまで怖くて飲めなかった」ということが判明。ソラナックス頓用の意味や安全性について、再度説明。詳しくは、過去ログ:不安障害における“頓服薬”とは、を参照ください。

 

平成29年1月 手動瞑想導入(手動瞑想認知療法)。以来、昼食後1回15分間の手動瞑想を、毎日欠かさず続けることが出来ています。

 

平成29年10月、「マッサージベットに寝ていて、リラックスできていないな、肩と首にこんなに力が入っているな、とは今まで気づかなかった。私はそんな性格だわ、と思った」と。<自分の体の状態に気づけるようになったのは良いことです。それがわからないと、対処法を考えることもできないでしょ>と。

 平成29年11月、「手動瞑想やってて、次々と家事のことが出てくる。次あれやらなきゃとか。とりあえず家事をやって、そのあと10分と、計15分やっています」と。<今は、それでもいいんじゃない。とにかく、継続することが大切です>と。

 平成30年2月、受付に何度も電話が入る。「今日は血圧が高い。174/84。トイレのレバーが故障して、依頼しなきゃと思っている。手が震えて口が渇く。血圧、怖くて測れない」と。<ソラナックス飲んで、呼吸コントロール法(過去ログ:パニック障害の治療(2)参照)を30分でも40分でも続ければ、必ず血圧は下がってきます。血圧を測る必要はない。内科に行く必要もない」と。

 平成30年3月、「電話した後、1時間くらい呼吸コントロール法をやったら、落ち着いた。血圧の薬も飲まなかった」と。<今回の成功体験は大きな成果でしたね>と。

 平成30年5月「その日はプールだったので、親友の誘いを断った。今までは何をおいても断らなかった。その日は、ちょっと用事があるので、と言って断れた。娘がびっくりして、どうしたの、お母さん(友人に会いに)行かないの、といってた。どうしてか?そのこと(断ったこと)に悩まなかった」と。このエピソードは、Mさんに手動瞑想の成果が出てきている、と実感できた最初のものです。過去ログ:“行動の変化”こそ本物の成果で紹介。

 平成30年8月「この頃、外出先でのトイレの回数が減った。近所のスーパーによっても必ずトイレに寄っていたのが、寄らなくても済むようになった。まあいいやと思える」。

 平成30年12月「右眼だけ物が2重に見えた。血圧が170。眼科に行ったら、異常なかった。軽度の白内障があると言われた。プールは血圧が高いので休んでいた。」<スマホを見ていて、物が2重に見えただけなのに、くも膜下出血じゃないかと心配したから、血圧が上がったんでしょう。それが現実に起こったことなんです>と。

 平成31年1月「年末、コンサートに行った。朝起きた時に不整脈が出た(期外収縮)。内科に電話したけど休みだった。自分で測ってみたら、血圧が134/72。脈拍が52~57(おそらく計測ミス)で、三回目に元に戻って、70~80だったので、まあいいやと思えた。前だったら、病院を探し続けたと思う。このクリニックにも電話しなかった。コンサートでも、トイレに行ったのは一回だけで済んで、楽しめた」。<よかったですね。こういう成功体験をすると、自信がつくんですよ。ソラナックス飲んで、成功体験を積み重ねてください>と。

 平成31年2月「正月に実家に帰ったけれど、母も妹も私もみんなインフルエンザのA型に罹って、39.2℃の熱が出た。でも考え方が変わったみたいで、瞼が腫れても、いつもこれくらいだよ、熱で水を一杯飲んだから腫れぼったいだけだよ、と思って病院には走らなかった(笑い)。・・・タクシーに乗っていて、青い点が2つ見えた時も、『またそう来たか』目の病気だから病院に行かなきゃと思っているな、と分かった。本当に悪ければ、寝るまでずっとそうだろうし、ずっとそのままなら病院に行けばいいと思えた。『またそう来たか』、そのまま放っておけと、また違う見方ができるようになった。私は前よりは少し良くなったんでしょうか」と。<少しどころではなく、大きな変化ですよ。なにかにつけても、そういう見方(自分のことを、『またそう来たか』と気づける)がその場でできるようになれば、薬もいらなくなるし、ここにも来なくても良くなるんじゃないの>と。「瞑想も15分連続でやれる。前はやってる最中に、あれもやんなきゃ、これもやんなきゃ、と気になったら、途中で止めてそれを済ませて、5分やったから、あと10分というやり方だった。今は、後からやれば今やらなくてもと思うのかどうかわからないけど、手動瞑想をつづけることができる」と。

 平成31年3月「前よりは、出るのに(外出する)抵抗がなくなったという気がします。ハードルが低くなったというか」。<プールには行ってますか>。「行ってます。でも、血圧が160以上ある時はやめてます」と言うので、<行った方が血管が拡張して血圧が下がるんじゃないの。内科の先生はなんと言ってるの>と伝えたところ、「行くのが不安ならやめた方がいい、と言ってます」と。<そうかなあ・・・>と。しばらく間が開いたところで、「私も、プールがあるから血圧が上がるんじゃないかと思って、プールに行かない日に、血圧を測ってみたんです。そしたら、いつもと同じ、140くらいだったんです。予想通りでした」と。・・・<ずいぶん科学的に分析しましたね。今、私が言おうとしていたことです。先を越されて、言われてしまいましたね。ところで、2月の診察の時に、『またそうきたか』と言ってたけど、その時の気持ちや考えは、どんなものだったんですか>と訊いてみると、「普通と違う感情で、病んでる感情が頭をよぎっているのが分かって、それに気づいたら落ち着いてきて、ああなったらどうしよう、こうなったらどうしようとか考えなくて、落ち着いて、どうするかを考えられた」という。

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 M子さんが手動瞑想を始めてから、丸2年が経ちました。始めて1年半くらいは、その成果を感ずることができませんでした。しかし、ここ数か月前からの変化には驚かされています(本人はあまり実感がない?)。

 M子さんに対して、認知行動療法の重要概念である自動思考適応的思考について、これまで取り立てて説明したことはありません。また、自動思考を捉えるべく、<回避行動の直前の思考をメモしてきてください>といった宿題を出したこともなかった。しかしながら、平成31年2月以降のM子さんの話を聴いていると、明らかに自動思考を捉えて、それに対する適応的思考を自分で考えだしているようにみえます。そして、彼女が捕まえた自動思考?には、単なる思考(言葉)だけでなく、恐怖場面における感情、イメージ、過去の記憶など、もろもろのものが含まれていて、それらを、ひっくるめて丸ごと捕まえているようにみえます。とりわけ、自分のことを、『またそうきたか』と表現したことに、私は大いに注目しています。いかにも他人事のように。もしもその場に私がいたら、<またそうきましたか、いつものパターンですね>と言いそうです。すなわち、外から自分を眺めている物言いのようにも見え(脱中心化)、自分を客観視できた時の呟きのようにも思えます。いったい何が起こったのか?その考察は、次回のブログで述べたいと思います。読者の皆さんも考えてみてください。

 

(補足)

自動思考:困った出来事が起こったときに、瞬間的に頭に浮かぶ考えやイメージのこと(詳しくは、過去ログ“おじいちゃん流”の認知行動療法(5)を参照)。

適応的思考:困った出来事を、客観的・現実的に観ることでうまれる、自分の役に立つ考え方。