金城をさらに二日北に駆けると、武威郡に出た。隴西郡に比べると土地も荒涼とし、これより北は、砂漠が広がっているだけだ。
武威郡は、産物も人も少ないが、漢の文化の色は薄くなり、行き交う人の表情もどこか軽い。これが中華の中心に行くほど、権力の圧力が増し、民は役人の顔を窺いながら生活している。長安など酷いものだった。
人はたとえ貧しくとも、心に自由を抱き生きるべきだ。馬超はずっとそう思っていた。権力が心の自由を奪うのなら、戦うのみである。権威や権力が、実に虚ろで滑稽なものであることは、今の都を見ればよくわかる。
董卓は、霊帝の跡継ぎ問題で何進と十常侍が争った時、たまたま劉弁を保護しただけで朝廷の権力を掌握し、その意思ひとつで、劉弁を廃し劉協を即位させ、都を洛陽から長安に遷都させた。その董卓も呂布にあっさり殺されると、呂布は直後に李傕、郭汜に敗れ長安を追われた。その李傕、郭汜は長安で賊のような振る舞いで民を苦しめた。それを見かねた父は李傕の襲撃を劉焉と企てるが、上手くはいかなかった。李傕が狄道に戻った父を討伐しなかったのは、単純に父の軍閥としての力を恐れたからだ。官位を降格させただけで、それ以上の罪は問わなかった。
馬超は大して学問を修めたわけではないが、この中央の政争が極めて愚かで、愚劣なことはわかる。そして自らの領土は、自らの力で守っていかなくてはならないことも。
「若いの、お主どこへ行くつもりじゃ」
馬超が食堂で食事をしていると、老人が声をかけてきた。襤褸を纏い、髪も髭も乱れているが、眼差しには力があった。
「ご老人には関係のないことだとは思うが」
ひと際大きい大刀を背負う馬超に声をかけたのだ。ただの襤褸ではないのだろう。少なくとも、物乞いには見えなかった。
「お前さんのようなよそ者、放っておくと災いの元じゃ」
「まるで俺が疫病神のような言い方だな。この城郭には悪人でもいるのかい?」
「悪人のいない城郭がいるなら、教えて欲しいものじゃ。中央が乱れておるせいか、ごろつきも我が物顔で歩いておるわ」
「俺はこの城郭で暴れたりはせんよ」
「ふむ、お主はごろつきの類ではない様じゃな」
ただの爺さんではないようだ。言葉と所作の端々に、知性と教養を感じる。襤褸を纏って何かを隠しているのか。しかし馬超にとってこの老人が何者なのか、関心はなかった。
「不敵だな、爺さん。だが俺はあんたみたいな爺さんが嫌いじゃない。馬さ。俺が探しているのは」
「表につながれているのは、お前さんの馬ではないのか?」
「俺が探しているのは汗血馬だ。こんなものを背負って乗るのだ、いい馬を探している」
馬超は大刀を背負った背中を、老人に少し向けて言った。
「ならば匈奴の地に行くしかあるまい。砂漠を北東に千里(約四百㎞)、頭曼城をめざすがよい。泉の位置なんかも教えといてやろう」
馬超は、老人に礼を言うとその手に銀一粒を握らせ、勘定を卓に置くと、食堂を後にした。
馬超の背に、老人の視線がいつまでも刺さっていた。